人生が変わる夜  トマス・スターリング『ドアのない家』
ドアのない家
ドアのない家 (Hayakawa pocket mystery books)
トマス・スターリング 佐倉 潤吾
早川書房 1984-05

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 アメリカの作家トマス・スターリングは、わが国では2作品しか邦訳がありませんが、そのどちらも異色な味わいのミステリになっています。たくらみに満ちた『一日の悪』も面白い作品ですが、シチュエーションの奇抜さでは『ドアのない家』(佐倉潤吾訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)に、軍配があがるでしょう。
 初老の女性ハンナ・カーペンターは、34年前からずっとホテルの一室に引きこもって暮らしていました。父親の死と婚約者との別れをきっかけに、気分転換のつもりで落ち着いたホテルにいるうちに、外界に対する恐怖から、出られなくなってしまったのです。
 ある日突如として、街に出てみたいという衝動にかられたハンナは、現実の街の変わりように驚き、当惑しますが、ふと入ったバーで出会った男デイヴィッドと友人になります。
 デイヴィッドは恐喝者でした。これから自宅で催すというパーティには、恐喝されている富裕な人々が集まるというのです。彼らに殺されるかもしれないと恐れるデイヴィッドですが、彼に奇妙な友情を覚えたハンナは、デイヴィッドを守るため、パーティに出かけることを決心します。
 しかし、飲みなれない酒に酔ったハンナが目を覚ますと、デイヴィッドは殺されていたのです。恐怖から逃げ出すハンナでしたが、犯人はハンナを狙いはじめます…。
 あらすじを聞くと、主人公の老嬢ハンナが探偵役だと思うでしょうが、実は探偵役は別にいて、それが警察官のコレリ警部です。
 殺人が起こってからは、コレリ警部が容疑者を、ひとりひとり地道に調査してゆく過程が描かれます。対して、ハンナは何をしているかというと、パーティ会場から逃げ出し、ホテルにこもってから、ずっと外に出ないのです。
 引きこもっていたハンナは、外界に対する興味はずっと持ち続けていて、本や雑誌などで、世間のことや世界情勢などを勉強していた、という描写もあります。その意味では、主人公の設定が、謎解きに関与してこないという点で、ひじょうにもったいない作品なのですが、主人公ハンナのキャラクターの魅力は、それを補って余りあります。
 ハンナという人物が非常に掘り下げて描かれており、彼女が一人ひきこもることになった理由や、デイヴィッドに共感を抱くようになった過程、また外界に対する恐怖感などが丁寧かつリアリティをもって描かれます。
 殺人事件自体の動機は普通であり、謎解きもことさら変わったものではありません。いわゆる「普通の殺人事件」にからむことになった主人公の設定のみが変わったものであるという、珍しい作品です。
 ミステリというよりは、異常心理を扱ったサスペンスとして読んだ方が魅力的な作品でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

この作品は読んだことがありますが、内容をすっかり忘れています。
紹介を読むと、再度(借りて)読もうかなと思ったりします。

本当は、読んだ本の内容を記録しておくべきだったなとか、今更思います。
【2013/10/15 22:40】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
「ミステリ」としてはどうかな、という面もあるんですが、「小説」としては、すごく面白い作品だと思います。
【2013/10/16 08:11】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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