血を分けた仲  エヴァンズ&ホールドストック編『アザー・エデン』
20060325175223.jpg
アザー・エデン
クリストファー エヴァンズ ロバート ホールドストック 浅倉 久志
4150108277

 今回紹介するのは、イギリスの書き下ろしSFアンソロジー、エヴァンズ&ホールドストック編『アザー・エデン』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)です。面白かったものを紹介しましょう。
 まずは巻頭作、タニス・リー『雨に打たれて』。おそらくこれが集中で一番の力作です。近未来、核によって汚染された世界での母娘の触れ合いを描いています。汚染によってほとんどの人間が三十にならずに死んでしまう世界で、生きのびる手段は〈センター〉に迎えられることのみ。娘を〈センター〉に入れようとする、一見強欲な母親の本当のやさしさが明らかにされる結末には、ほろりとさせられます。
 ブライアン・オールディス『キャベツの代価』は、オールディスらしい皮肉の効いた作品。植民した惑星から、商売のために宇宙船で往復する父親。しかし「ウラシマ効果」のために、12年ごとに戻ってくる父親はほとんど年をとりません。自分より遙かに老けてしまった妻と、若さあふれる美しい娘、彼らと父親との間の奇妙な三角関係の行方は…。
 グレアム・チャーノック『フルウッド網』は奇妙な味の作品。「偶然」を人為的に引き起こそうという画期的な実験。その結果やたらと偶然が多発するようになります。しかし実験のミスから予期せぬ結末が…。シリアスなタッチで、ある意味ホラーとも読める作品。
 リサ・タトル『きず』は、フェミニズムSF。恋をすると性転換が起こってしまう世界が舞台。ここでは「女」になるということは、敗北者を意味するのです。離婚した主人公の男性は、同僚の青年と親しくしている内に、自分の体に変化が起こりつつあることに、とまどいを覚えるのですが…。直接的な男性批判の作品ではなく、主人公の変化に対する心理の綾が読みどころです。
 そして本アンソロジーの中で一番の怪作ギャリー・キルワース『豚足ライトと手鳥』。キルワースの作品は『掌編三題』として、三編の作品が並んでいるのですが、他の二編は不条理なカフカ風短編であまり面白くありません。くらべて『豚足ライトと手鳥』は異様な設定と奇天烈な展開で楽しませてくれます。
 近未来、高層ビルの高みに住む老婆は飼っていた猫を亡くしたばかりでした。猫は高価でまた買う余裕はありません。そこで老婆の要望を聞いた福祉機械はあることを提案します。片足を切除して、それを使って子豚に似たペットを作れますよ。老婆はその計画に同意します。

 こうして、老婆の右足が切除され、おおざっぱな形と生命を与えられた。その生きものを、老婆は豚足ライトと名づけた。いかにも小さな動物らしく、そいつが床の上をちょこまか走りまわったり、部屋のすみをくんくん嗅ぎまわったりするのを見ていると愉しかった。

 しかし、つむじまがりで、いうことをきかない豚足ライトに老婆は飽きてきます。そこで老婆は今度は左足を切除してペットを作ります。左足はバジルと名づけられ、豚足ライトと仲良くなります。成功に気をよくした老婆は、動物園を拡張することにします。ふたつの耳はくっつけられて蛾になり、両手は鳥になります。動物たちとの暮らしに老婆はとても満足します。
 しかし、ある晩、物音で老婆は目を覚まします。侵入者に気づいたペットたちが戦っているに違いないと考えた老婆ですが、照明をつけた途端、恐ろしいことに気づきます。

 部屋の中央で、手鳥と豚足ライトがとっくみあっている。そのまわりに、血を流し、傷を負ったほかのペットたちがいる。耳蛾のちぎれた体が、ぐしゃっとなって床に落ちている。

 豚足ライトが狂ってしまったに違いない! しかし体中を切除した老婆になす術はありません。ペットたちの争いを不安気に見守ることしかできない老婆でしたが…。
 体の一部をペットにしてしまうという発想が独創的です。グロテスクなイメージながら、異様なおかしさをも醸し出しています。ホラーともファンタジーともつかぬ妙な味わいの作品。
 本アンソロジー、編者の言葉は自信に溢れているのですが、読後感は意外と玉石混淆だなというのが正直なところ。とはいえ、イギリスSFらしい渋い味はなかなかです。上に紹介した作品だけでも一読の価値のある作品集です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
どこか星新一を感じさせる…
「恋をすると性転換」
同性愛的素養がないとなかなか恋が成就しない世界ですね。片想いは同じ性別になってしまうので危険です。お互いが同時に恋におちれば、性が入れ替わるけれど、結局男と女の関係が維持されるわけで大丈夫かと思いますが、浮気した方はすぐバレますね(笑)。この世界は長続きしそうにありません。
「自分の体の一部をペット化」
自分の体の一部なのに「何故なつかないのか?」これが一番不条理で笑えます。

ハヤカワSF文庫は手に入りやすそうなので、読めるかも!?
【2006/03/26 10:37】 URL | 加納ソルト #- [ 編集]


リサ・タトル『きず』の世界は、かなり魅力的ではありますね。長編にしてもいいぐらいのネタだと思います。でもこの作品は、主人公の男性が女性化しつつあるのに気づきながらも、偏見からそれを認めるのを拒む、というものなので、飽くまで男女の社会的な位置を問いかける作品となってます。あんまり恋愛という面が強くは出てこないんですよね。
『豚足ライトと手鳥』は筒井康隆風のスラップスティック作品で、本当に面白いです。
あと、この本、古本屋では割とよく見ますが、たぶん絶版です。なかなか面白いアンソロジーなんですけどね。
【2006/03/26 12:03】 URL | kazuou #- [ 編集]


なぜか本書に収められた作品が掲載された時期のSFマガジンを、当時毎月購入しておりまして、いくつか読んでおります。逆にこのようにアンソロジーでまとめられていたというのを知ったのが最近であるという…(笑)。
その中でも個人的には、やはりリサ・タトル「きず」が印象深いですね。特にラストの一行がなんともいえず味わい深いものでした。
…ホントにもう、男って(笑)。
【2006/03/26 19:08】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

そうでしたか
SFマガジンにいくつか訳載されていたとは初耳でした。この時期のSFマガジンにはあんまり手をつけてないもので。
そうですよね…。『きず』これ、男にとっては素直に楽しみにくい作品ではあるんですが、何ともいえない魅力がありますね。この短編ひとつで終わらせるには勿体ないネタだと思います。
【2006/03/26 19:58】 URL | kazuou #- [ 編集]

見落としました
 オールディスのいけずさもよいのですが,やはり,「雨にうたれて」が,一番心に残りましたね。
 「豚足ライトと手鳥」,実は飛ばしておりましたが,このような不条理ものとは知りませんでした。ちゃんと,全部読まないとあきませんねえ。反省。さっそく,読んでみようと思います。
【2006/03/26 20:09】 URL | おおぎょるたこ #- [ 編集]

雨にうたれて
おおぎょるたこさん、コメント及びTBありがとうございます。
この本すでにお読みとは、さすがですね。『雨にうたれて』は間違いなく傑作だと思います。結末のイメージは実に鮮烈でした。今回の記事を書くときに、これと『豚足…』とどちらをメインにすえるか迷ったのですが、やっぱりマイナー好みのくせが出てしまいまして。
キルワースの掌編三編は最初の二つがつまらないので、途中でとばそうかと思ったのですが、読んでみて正解でした。この本のほかにキルワースという作家の名前は見たことがないのですが、こういう発見があるので、マイナー漁りはやめられませんね。
【2006/03/26 20:26】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/52-c4553844
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

雨にうたれて~タニス・リー①

 町に警報が鳴り響く。放射能やあらゆる毒素を含んだ鉛色の雨が降り注いでくる危険を知らせているのだ。 わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?【2006/03/26 20:11】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する