偶然は怖い  埋もれた短編発掘その13
 偶然というものは、どの程度まで人生を左右するものなのでしょうか? 本編の主人公は偶然を味方につけていました。ある女性に会うまでは…。今回は、偶然の恐ろしさを描いた奇妙な味の作品、ロバート・トゥーイ(本編の表記はトウイ)『階段は怖い』(東野満晴訳 早川書房 ミステリマガジン1969年4月号所収)です。
 
 ヘンリー・ラケット夫人はおそろしい音をたてて地下室の階段をころげ落ちていった。ラケット氏の耳には、それはちょうど階段をころげ落ちる塵芥入れの罐の音のように聞えた。

 衝撃的な一文で、物語は始まります。夫人が死んだにもかかわらず、ラケット氏は平然と警察に電話を入れます。やがて警察が到着し、夫人の遺体も運び去られた後、ひとり残ったのはダークスーツに身をつつんだ痩躯の男、チェンバーズ警部でした。チェンバーズは、不審の目を持ってラケット氏を眺めますが、その態度は理由のないことではありません。ラケット氏が妻を失うのは、これが初めてではないのです。今回死んだ夫人は四人目の妻でした。ラケット氏が妻殺しを繰り返していると考えているチェンバーズ警部ですが、その動機はつかみかねています。

 「しかし、金のためではない。むろん最初のときは-あのおかげであなたは金持ちになりました。けれどもあとのお三方はあなたになにも残していません。ええ、なにかの保険すらもね。それなのにあなたはなぜこんなことをするのです?」

 ラケット氏は、今までの妻の死は全て偶然だと主張します。最初の妻が崖から車ごと墜落して死んだのも、二番目の妻が三階の窓から墜落して死んだのも、三人目の妻が四人目と同じ地下室の階段から落ちたのも偶然であると。チェンバーズは、ラケット氏に面と向かって、あなたは殺人者だと指弾します。しかし、その最中にも、ふと恐怖にかられるのです。あなたは、まさかまたあの地下室をつかうつもりではないでしょうね? ラケット氏は平然と答えます。

 「二度あったことです。もう一度起こりえないとはだれが確信をもって-一片の疑念ももたずに-断言できるでしょう?」

 その場はおとなしく引き下がったチェンバーズでしたが、地方検事にラケット氏は連続殺人犯だと進言します。しかし逆に証拠がなければ捕らえることは不可能だと、たしなめられてしまいます。チェンバーズは、ラケットの動機はもしや自分に対する挑戦ではないかと考えます。
 数ヶ月後、下町でラケット氏と偶然出くわしたチェンバーズは、思いがけない話を聞かされます。なんと再び結婚したというのです。チェンバーズ警部は、新夫人を訪問し、ラケット氏の過去をぶちまけると脅しますが、ラケット氏は妻には全てを話してあると歯牙にもかけません。
 その晩、夕食の席でラケット氏は妻に言います。私の人生は信じがたい偶然に支配されている。おまえも死ぬかもしれないと。夫人は平気な顔をして、そんなことはナンセンスだと言い放ちます。
 そして二日後、ラケット氏の家を訪ねたチェンバーズは、夫人に迎えられます。夫人は、驚くべき事をチェンバーズに告げるのですが…。
 ラケット氏を襲った偶然とは? ラケット氏の言葉に対して平然とかまえる夫人の真意は? そしてチェンバーズは恐ろしい事実を知るのです。
 四度も事故で妻を亡くす。誰もがそれは殺人ではないかと疑うでしょう。しかし読者の疑念を裏切り、物語は驚愕の結末を迎えるのです。ミステリなどにおいては、作品中の偶然の使い方は難しいとよく言われます。それはあまりに偶然が過ぎると、物語が作者のご都合主義になってリアリティを失ってしまうからです。ところが、本作品は、それを逆手にとっています。不自然なほど偶然に支配された物語を作るとどうなるのか? 作者の意図は驚くべき成功をおさめているといえるでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

京極夏彦の「陰摩羅鬼の瑕」でもこの作品と同じように「結婚した妻が次々と死ぬ」という事件を扱っていたのを思い出します。あの話は偶然ではなく、経験的問題でしたが…。
新夫人が全ての殺人の犯人だ!最後にラケット氏を殺して終了。と言いたい所ですが、2つ目の殺人以降の説明がつきませんよね。偶然を逆手にとる…うーん、何だろ?
【2006/03/23 20:36】 URL | 加納ソルト #- [ 編集]


本格推理として考えると、唖然とする結末ですよ。そもそも通常の意味で「犯人」が存在するかどうかさえ、わかりません。
この作品、すさまじい傑作だと思うんですけど、単行本に収録されたこともないみたいですね。ジャック・リッチーを出した晶文社ミステリが続行してたら、ロバート・トゥーイの本も出たかもしれないんですが…。
【2006/03/23 22:27】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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