バベルの塔のある風景  フランソワ・スクイテン、ブノワ・ペータース『闇の国々』

4796871012闇の国々 (ShoPro Books)
ブノワ・ペータース フランソワ・スクイテン
小学館集英社プロダクション 2011-12-17

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 近年、フランスのコミックである「BD」(バンド・デシネ)の邦訳が盛んになってきています。そんなBDの魅力といえば、第一に「絵」の素晴らしさでしょう。1コマ1コマ丁寧に描かれた「絵」は、それ自身がすでにアート。
 ただ「絵」の魅力に比べて、ストーリーがわかりにくい作品が多いのも事実です。漫画の文法が日本のものとは異なるので、日本人にはとっつきにくいという面もあるのでしょう。そういう意味で、「絵」と「物語」、両方が傑作というのは、なかなか稀だと思います。しかしこの作品に限っては、全てが傑作と言い切っていいかと思います。
 フランソワ・スクイテン、ブノワ・ペータース『闇の国々』(古永真一、原正人訳 小学館集英社プロダクション)は、われわれの現実世界とは少し違った世界を舞台にしたSF的な物語です。
 同じ世界観を舞台にした、それぞれ独立した物語がシリーズを構成しています。今回の邦訳では、3つの作品が収められています。
 『狂騒のユルビカンド』 天才建築家のもとに、ある日突然謎の格子状立方体が現れます。最初は小さかったそれは、見る間に増殖・拡大していき、都市を飲み込んでいきます。戸惑っていた人々は、やがてその格子に慣れ、生活の一部に取り込んでいきますが…。
 『塔』 いつの時代に建てられたかもわからない巨大な塔の内部で、数十年にわたって修復の仕事をしている男が主人公。彼は、塔の真実を探るために、最上階を目指して旅を始めます…。
 『傾いた少女』 ある日突如、少女は体が傾いて立つようになってしまいます。一方、地球には謎の星が接近していました。この二つの現象は何か関係があるのだろうか? 少女は自分の体を直せるかもしれないとの期待を持って、科学者のもとを訪ねますが…。
 それぞれの物語は、どれもSF的な要素があり魅力に満ちています。SF的な要素といってもハードSF的なそれではなく、H・G・ウエルズやジュール・ヴェルヌのような科学ロマンス風とでもいったらいいでしょうか。SFが苦手な人でもすっと入っていけると思います。
 建築に造詣のある作者であるらしく、作品世界の中で描かれる都市や建物の存在感が半端ではありません。例えば『狂騒のユルビカンド』では、謎の格子立方体がどんどんと拡大し、都市を侵食している情景が描かれますが、これなど都市を描くためだけの作品といっても過言ではありません。
 そしてそうした要素の極致といえるのが、『塔』です。これは「バベルの塔」をモチーフにしているのだと思いますが(実際、作中にブリューゲルのバベルの塔の絵も表れます)、塔の内部の細部描写がすさまじく細かいのです。解説文で作者がインスピレーションを得たと話している、ピラネージの版画シリーズ「牢獄」の情景も現れますが、それが引用にとどまらず、世界観にとけ込んでいるのが驚異的です。
 カフカ、あるいはボルヘス風の物語自体も魅力的ですが、塔の内部描写を眺めているだけでも、至福の時を過ごせるでしょう。
 異世界を舞台にした作品は数多くありますし、コミック作品でも例外ではありません。しかし、この作品ほど確固とした幻想世界を視覚化した例は見たことがありません。難解になりすぎず、ほどよいエンタテインメント性を持ったストーリーと合わせ、幻想文学の愛好者には、ぜひ一読を勧めておきたい傑作です。
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テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

これは面白そうです。必ずや買って読もうと思います。
「異色作家好き」好みの雰囲気を感じます。

『狂騒のユルビカンド』などはストーリー概要を見てもわくわくしますね。
(同じようなことを思いつく小説畑の人もいていい気がしますが、これは単に紹介されないのか、そういった想像力を持った人の多くがこちらの畑に移ってきているのか・・・・)
『塔』は、似たような展開で推移する話を幾つか読んだ気がしますが、逆に今度はどんな手で来るのか、またマンガとしてどのように展開するのがが楽しみなところです。
『傾いた少女』については、妙なSF的理論などを持ち出されて屁理屈解決(笑)をされると、何だか興ざめしてしまいそうですが、さて・・・

絵つきの話にばかり食いついているような気がしますが、小説の方からも同じくらいおおっと思えるような何かが出てこないかなぁ・・・と。
【2012/07/17 03:52】 URL | Green #- [ 編集]

大傑作!
この作品は、手放しで褒めたいですね。
上のレビューでも触れていますが、世界観が素晴らしいです。建物を見ているだけで楽しいですよ。ストーリーも、海外のSFやファンタジーのそれを読んだときのような読後感です。
まだシリーズの短編がたくさんあるそうなので、続刊に期待したいです。
【2012/07/17 21:47】 URL | kazuou #- [ 編集]

自分なりの感想はといえば・・・
あまり適当な感想でない気がするので、新刊の方に書こうかどうしようか迷ったのですが、やはりこちらに。

・・・という書きだしから想像がついてしまいそうですが、私はkazuouさんのように「これは絶対傑作!」というところまでは行かなかったです。。期待が高すぎたのか。。
もしかしたら建築に関する素養のなさで、あの人工世界を楽しめなかったのかも、とも。
(ただ、ウィーン分離派展のカタログなど持っていたりしますが、ときどきちょっとその世界を連想したりはしました)

一番期待が大きかったのが「狂騒のユルビカンド」でしたが、個人的に一番楽しめたのが「塔」でした。
推理小説的な謎解きを期待して読み進めるも、その辺はあっさりはしごを外されて、そのまま想像していなかった地点に主人公たちとともに着地・・・という展開に唖然としました。
「傾いた少女」は、何だか貴種流離譚(でしたっけ・・?)みたいな感じだなぁと思いつつ読んでいました。現実世界との交錯を思わせる仕掛けもあった気がしますが、あまりそこに感じ入るでもなく読んでしまいました。。
多分、「アライバル」を読んだ時のように、この世界の描写そのものに感動して読むのが正しい読み方なんだろうな、とは思いつつ・・・
(ネットで目につく書評は、どれも称賛していますね)

主人公の多くが中年を過ぎた、ほとんど老境に差し掛かった男のように見えるのに(というのは東洋人の偏見?)、愛人ができたりしてちょっとお色気シーン(?)がでるのはフランス人らしいご愛嬌として、
ちょっと読んでいて違和感を持ったのが、文字の列をひたすら格納するためだけにあるような吹き出しと、中の字の並び。
この辺は日本の漫画に慣らされているからなんでしょうが、逆に日本マンガの吹き出し・セリフ・擬音などの表情豊かさに気付かされたという面もありました。

それにしても、4000円という価格にちょっとひるみ、届いてみたら百科事典の1冊のような厚みにまたびっくりでした。
この厚みは感動した人にはたまらないプレゼントだろうなぁ・・・・
【2012/10/01 03:36】 URL | Green #- [ 編集]


いまいちでしたか…。
僕はH・G・ウェルズとか、古い時代の科学ロマンス小説が大好きなのですが、この『闇の国々』は、まさにそんなタイプのコミックだったので、もう読み始めから虜になった感じですね。
【2012/10/05 22:14】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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