夢のなかへ  W・サマセット・モーム『人生の実相』
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 今回はW・サマセット・モームの短編集『人生の実相』(田中西二郎訳 新潮文庫)。本書に収められた作品は、モームとしてはあまり有名なものではないのでしょうが、その物語づくりにはいささかの手抜きもありません。面白さは保障付きです。では、どうぞ。
 『獅子の皮』は、人間の性格に対する寓話。財産家の婦人と結婚した男が、裕福になり紳士を気どっていますが、ある日近所に越してきた貴族に、身分を偽っているのを看破されます。そんなおり自宅が家事になり、妻の愛犬が取り残されているのを知った男は、躊躇いなく家に飛び込む…という話。ある役を演じ続けるうちに、人間はあたかもその役になりきってしまうのではないか? という作品。
 『山鳩の声』傲慢だが才能ある若い作家メルローズは、大歌手ラ・ファルテローナに引き合わされます。利己的で俗悪そのもののラ・ファルテローナに失望すると思いきや、彼は自分の見たいものだけを歌手の中に見て、理想主義的に美化された作品を書き上げる…という皮肉な話です。
 『人生の実相』成績優秀でテニスプレイヤーとしても秀でた息子を、モンテ・カルロに学びに行かせた父親。賭け事や女には手を出すなという父親の願いも空しく、息子は賭にも女にも手を出すのですが、ことごとく成功してしまいます。父親は、教訓を学ばない息子に腹を立てるのですが…。運命の皮肉をとことんポジティブに描き、非常に読後感のよい作品です。
 『幸福』口うるさい妻を殺したルイ・ルミールは、逮捕され、植民地に送られます。模範囚で人当たりのいい彼は、家を与えられ死刑執行人の役目をおおせつかります。死刑を執行するごとに支給される金、気ままに魚を釣る生活、ふとルミールは自分が「幸福」であることに思い至ります。だが六人もの死刑を控えた前日の夜、自宅に帰る途中でルミールは自分を恨む人々に囲まれてしまうのです…。服役中にふと幸福を覚えてしまう男の皮肉な運命を描いた物語。
 そしてモームにしては珍しく超自然的な要素の見られる作品「マウントドレイゴ卿の死」
 狷介で傲慢ながら、並ぶ者のない才能を持つ政治家マウントドレイゴ卿は、精神科医オードリン博士を訪れ、奇妙な夢の話を始めます。それは驚くべき話でした。以前より自分に対してうらみを抱いていた平民出身の代議士グリフィスが、夢の中で毎回マウントドレイゴ卿に恥をかかせ、嘲弄するというのです。卿は、グリフィスは自分と同じ夢を見ているに違いないと断言します。
 毎夜の夢に苦しめられているマウントドレイゴ卿は、もはや自分が死ぬかグリフィスが死ぬか二つに一つだと言います。なだめるオードリン博士に対し、卿は驚くべきことを言い出します。

 「いや、刑罰のことを仰しゃるのなら、わたしは死刑にならずにすみますよ。わたしがあの男を殺したことが、誰にわかるでしょう。わたしの見た、あの夢が、方法を教えてくれたではありませんか。わたしがビール瓶であいつの頭を殴った翌日、あいつは頭痛のために顔もあげられないほどだったとお話しましたね。」

 夢の中でグリフィスを殺してやると息巻くマウントドレイゴ卿に対し、グリフィスに対してとった無礼な態度が、無意識に自ら罰を与えているのだと考えたオードリン博士は、グリフィスに謝罪するように暗示をかけるのですが…。
 夢をテーマにした奇妙な味の作品です。マウントドレイゴ郷だけでなく、脇役に過ぎないオードリン博士の描写までが精密かつ印象深く示されるのが、異様な雰囲気を高めています。そして驚くべき結末。現実では割り切れない気味の悪さを残す、鬼気迫る一編です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
こんばんは。
『マウントドレイゴ卿の死』のあらすじを拝見し、kazuouさんの文章力には脱帽です。「そうそう、私もそう言いたかったの~」と何回もうなずいちゃいました^^;

夢の中の殺人の続きが現実に・・・あり得ないと思っていても、もしかしたら?なんて思えてくるのはどうしてでしょ。

実は「奇妙な味」という言葉、ダンセイニ『二壜のソース』を読んだ時に初めて知ったんです。ちゃんとした定義はイマイチ理解してないんですが^^;、読んだ後に割り切れない気味の悪さを残す作品ってことでしょうか?一風変わった作品ってことかしら。Wikipediaで調べると、ちくま文学の森シリーズには「奇妙な味」の代表作家が数人収録されてるみたいですね。これは偶然?!

P.S TBさせていただきました^^
【2008/03/23 20:54】 URL | TKAT #- [ 編集]

>TKATさん
じつはこの『マウントドレイゴ卿の死』という作品、某雑誌の「好きな短篇」特集で取り上げられていた人がいて、それで興味を持って、読みたいと思ったんですよね。でもモームのこの短編集はなかなか手に入らなくて、結局、初読は『恐ろしい話』だったと思います。
僕はこういう「夢」を扱った作品が大好きなんですけど、なかでもこの作品のインパクトは強烈でした。まさに「悪夢のような…」という形容が似合う作品だと思います。

「奇妙な味」というのは、江戸川乱歩が命名者でしたっけ? 結局、既存のジャンルにおさまらない不思議なテイストの作品をひっくるめて言ったものだと、個人的には理解してます。表現しにくい作品に出会ったときって、この言葉、けっこう便利なんですよね。
【2008/03/23 22:09】 URL | kazuou #- [ 編集]


モームも守備範囲だったんですね!
モームは絶対短編だと思います。連作長編の「秘密諜報部員」で最期に「イギリス」と言って亡くなる老婦人の話が印象的でした。
新潮文庫の昔の短編集を根気強くあつめました。秘蔵の品です。
一時ちくま文庫でモームが出たときは全部でるかとも思ったんですが、結局、途中でおわり(でもコスモポリタンズが入手できたたので良しとします)
最近、何かが映画化されたので、短編もでるかなとおもったんですが、不発だったような。
【2008/03/26 17:44】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
僕もモームの短編集は、目に付くかぎり集めてるんですけど、なかなか手に入りにくいですよね。ちくま文庫のシリーズもほとんど全滅だし、新潮社の昔のモーム全集にいたっては、すさまじい古書価がついてますし。

「秘密諜報部員」はあんまりピンとこなかったんですが、『コスモポリタンズ』は、すごく面白かったです。
モームの短篇はどれを読んでもほとんどハズレがないので、短篇の全集でも出してほしいところですね。
【2008/03/26 19:14】 URL | kazuou #- [ 編集]


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『恐ろしい話』 ちくま文学の森7   編者:安野光雅/森毅/井上ひさし/池内紀  訳者:堀口大学/大山定一/山口清/阿部主計   ... TK.blog【2008/03/23 20:48】

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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