マリー・セレスト号その他の旅  大量消失の物語
トライアングル [DVD] ドイル傑作集 2 海洋奇談編 (新潮文庫 ト 3-12) 新・幻想と怪奇 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1824) ランゴリアーズ (文春文庫―Four past midnight)リセット [DVD]
 先日、『トライアングル』(クリストファー・スミス監督・脚本 2009年 イギリス・オーストラリア)という映画を観ました。こんな話です。
 自閉症の息子を持つジェスは、友人に誘われヨットセーリングに出かけます。しかし嵐に襲われ、ボートは転覆してしまいます。乗員の1人は行方不明、他の乗員は助かったものの、転覆したヨットの上で助けを待つばかりでした。
 そこへ突然、巨大な客船が現れます。助かったと安心したのもつかの間、船内には人間がいた形跡があるものの、人影は見当たりません。船内を探索しているうちに、覆面をつけた人物が現れ、次々と仲間は殺されていきます…。
 単なるスプラッターホラーかと思いきや、実に入り組んだ脚本で驚かされます。詳しくあらすじを書くと、ネタバレになってしまうので書けないのですが、前半の登場人物たちの何気ない行動やセリフが、全て伏線になっており、後半で上手くその謎が回収されるようになっています。佳作といっていいかと思います。
 さて、この映画のシチュエーションを聞いて、知っている人は思い浮かべるであろう実話があります。そう、「マリー・セレスト号事件」です。
 「マリー・セレスト(メアリー・セレスト)号事件」とは、海上で漂っていたマリー・セレスト号を見つけた他船の船員たちが、船内に入ると、乗員も乗客もおらず、それにもかかわらず、食べかけの食事がまだ暖かかった…という話です。世間に流布する間に、話の細部にかなり尾鰭がついていて、実際の事件とは異なるそうですが、そうであるとしても、とても不思議で、魅力的な話ではあります。
 非常に有名な話であるせいか、フィクションの世界でも、これと似たシチュエーションの物語にときおり出会います。大量の人間が突然消えてしまう…というパターンですね。僕はこのシチュエーションの物語がすごく好きで、この手の話に出会うとうれしくなってしまいます。
 古くは、「マリー・セレスト」自体に材をとった、コナン・ドイルの『ジェ・ハバカク・ジェフスンの遺書』(延原謙訳『ドイル傑作集2 海洋奇談編』新潮文庫 収録)、万霊節の日に、屋敷の人間がいなくなってしまうという、イーディス・ウォートン『万霊節』(薗田美和子、山田晴子訳『幽霊』作品社 収録)などがあります。
 『ミステリーゾーン』の1エピソード、ロッド・サーリング『だれもいなくなった町』は、次のような話。目を覚ました男は、記憶を喪失していました。今いる場所の記憶も知識もないのです。とりあえず町を歩きまわりますが、人間の気配はないのです…。
 夜更けまでの運転で疲れた男は、コーヒーでも飲もうと食堂に立ち寄りますが、そこには誰もいませんでした。食堂だけでなく、町自体に人気がないのを知って驚きます…というのは、リチャード・ウィルスン『ひとけのない道路』(仁賀克雄編訳『新・幻想と怪奇』ハヤカワ・ミステリ 収録)。
 スティーヴン・キング『ランゴリアーズ』(文春文庫)は、魅力的な出だしの物語です。旅客機の中で、突如数人を残して乗客全員が消えてしまいます。残った人間の中に、偶然運転ができるものが居合わせたため、何とか最寄の空港に降り立つことができますが、降り立った地上にも人影はまったくありませんでした…。話の展開が遅いといわれるスティーヴン・キング作品中では、屈指の疾走感を持つ物語です。
 日本の作品では、12歳以上の人間が全て消えてしまうという、小松左京『お召し』。突如、一部の人間を残して、世界中から人間が消失してしまうという、山本弘『審判の日』『闇が落ちる前に、もう一度』角川文庫 収録)。「マリー・セレスト」を反転させたような、藤子・F・不二雄のマンガ作品『ヒョンヒョロ』(藤子・F・不二雄『異色短編集1』小学館文庫 収録)なんてのもありました。
 映画でもいろいろありそうですが、今思い浮かぶのは、ブラッド・アンダーソン監督『リセット』(2010年 アメリカ)。突然の停電の直後に、世界中から人間が消失していまいます。電力は復旧せず、夜の時間がどんどんと長くなっていきます。暗闇や影に入るたびに、人々は消えてしまいます…。消失現象に合理的な理由が示されず、かなり不条理な感じのする作品で、評判はあまりよくなかったようですが、僕は好きな作品です。
 ミステリでもこの手のシチュエーションがありますが(列車の中から乗客が消えてしまう、とか)、ミステリの場合は、当然のことながら、合理的に謎が解かれてしまいます。その意味では、個人的にあまり魅力を覚えません。やはりこの「大量消失」のテーマの場合、「不条理感」というのが魅力の要因の一つのようですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
消失ものって
メジャーで魅力的なテーマだなと思う割に、具体的なタイトルが上がらないのは、
私の場合、子供時分にどちらかというと実話怪談的なものでよく目にしていたからなのかも
しれないです。
幽霊船ものとか(マリー・セレスト号の話そのものか、亜種?)、バミューダ魔のトライアングルとか・・・
バミューダトライアングルは、子供の頃結構心をとらえられた話でしたね・・・

(理由も分からず)結果的に消えていく話でしたら、「なぞ」とか
マシスンの「蒸発」とか、いろいろ浮かびますが、
初めに消失ありき、それも大人数での話となると、意外と出てこないですね。
今すぐ思いつくもので、クーンツの「ファントム」くらいなんですが、
実はこれにはそんなにわくわくしなかった気が…
一人が消えた話だとマシスンも結構書いているし、それこそ本格ミステリのネタとして
あれこれ浮かびますが・・・

ミステリでは確かにいろいろありそうですね。
先日も、主人公一人を残して一家が失踪するという「失踪家族」というのを読みましたが、
サスペンス主体でなかなか謎が解かれず、不条理感が持続したので結構楽しめました。

ゴーストタウンものなどで、他にあったような気もするのですが、
何かなかったかなぁ・・・・
【2012/01/15 17:00】 URL | Green #- [ 編集]

消失というか失踪なら…
周りの人間が失踪する…というのなら、ミステリでもよくありますし、言ってしまえばありふれたテーマなのですが、大量の人間が同時に消失してしまう…という形にすると、やはりSFとかホラー風味になってくるような気がします。「謎」といっても、スケールの大きな「謎」になるので、読者にとっては魅力的なテーマですよね。
【2012/01/15 18:26】 URL | kazuou #- [ 編集]


『トライアングル』、面白そうですね。ミステリ的な仕掛けもあるのでしょうか。スプラッター系は苦手なのですが、これは激しく気になりました。
【2012/01/17 00:51】 URL | sugata #8Y4d93Uo [ 編集]

>sugataさん
ミステリ的な仕掛けというか、SF的な仕掛けというか。厳密に言うとホラーというより、SFミステリ、でしょうか。ミステリファンの方でも楽しめると思いますよ。
【2012/01/17 22:53】 URL | kazuou #- [ 編集]


『トライアングル』、意外な佳作でしたよね。
似たような…というか、タイムループもので『ハウンター』(2013年)が面白かったです。
繰り返しの毎日から脱出しようとする女の子の話なんですけど、意外な展開でした(私には)。

じつは…子供の頃読んですごく怖くてずっと探している短編があるんですけど、
上記の話と似た出だしで、ある町に立ち寄った主人公が周囲の人間が止まっていて、
全く動かない…と思っていたら毎日少しずつですが動いているのに気づきます。
たしか…主人公だけが周りより早く動けるようになってしまった…というオチだったような。
不的確な情報のみですいません。
もし覚えがあれば教えていただけると、長年の胸の痞えが下りるのですが…
【2015/08/30 21:47】 URL | ゆきやまま #M8wPbJsk [ 編集]

>ゆきやままさん
僕も『ハウンター』見ました。すごく大好きな映画です。
「タイムトラベル」とか「ループもの」とかって、好きなテーマでよく見るのですが、このテーマでホラーをやっているのって、意外と少ないんですよね。その意味で『トライアングル』と『ハウンター』はお気に入りの作品です。

お探しの作品ですが、僕もなんとなく筋に覚えがあるんですよね…。
可能性がありそうな作品を挙げてみます。
主人公だけが速く動ける…というと、H・G・ウェルズの『新加速剤』。
もしくは、光の速度が異常に遅れるようになるという、アレクサンドル・ベリャーエフ『世界の終末』
少しずつ動いている…というところからは、広瀬正の『化石の街』。
思い当たるのは、このあたりでしょうか。
【2015/08/30 22:20】 URL | kazuou #- [ 編集]


さっそくの対応ありがとうございます(まだ他のページ読んでますw)

いろいろ思い当たる話があるんですね。
メモして、探してみます。すいません、図書館で借りる派なので。

短編って、外れても腹が立たないですよねw
長編だと貴重な時間を返せ~となりますが。
逆にこの短いページ数ですごく驚かせてくれたり、不気味な気持ちにさせたり、
作者の力量が問われると思います。
【2015/08/30 22:35】 URL | ゆきやまま #M8wPbJsk [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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