悪魔でも…  アラン・ルネ・ル・サージュ『悪魔アスモデ』
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 今回紹介するのは、『ジル・ブラース』で知られる18世紀フランスの作家、アラン・ルネ・ル・サージュの諷刺小説『悪魔アスモデ』(中川信訳 集英社版世界文学全集6巻所収)です。まだ小説というジャンル自体が女子供の読むものであり、詩歌や演劇よりずっと低い地位に置かれていた時代ですから、この作品もかなり軽いタッチで描かれています。
 舞台はマドリード。十月のとある夜、学生ドン・クレオファスは、追っ手から逃げている最中でした。さる婦人との密会中、踏み込んできた連中に、結婚するか命を捨てるか、迫られたからです。屋根伝いに逃げるドン・クレオファスは、ふと見える明かりを目指して進みます。そしてその明かりのもと、ある屋根裏部屋に入り込みます。人気のないその部屋には、フラスコやら計器類がちらばっていました。さては占星術師の部屋だったかと考えるドン・クレオファスの耳に、妙な声が聞こえます。その声はなんと蓋のついたフラスコの中から聞こえるのです!

 「わたしは六カ月この方、この栓のふさがったフラスコのなかにいるのです。この家の住人は物知りの占星術師で、また魔法使ときています。ほかならぬそいつが術の魔力をつかってわたしをこの狭い牢に閉じ込めてしまったのです」

 アスモデと名乗るその悪魔は、ここから出してくれれば、それなりの礼をしようと申し出ます。逡巡するドン・クレオファスでしたが、今夜彼に起こった災難の首謀者は他ならぬ逢い引きの相手ドニャ・トマーサであるということを聞き、悪魔を解放します。ドン・クレオファスは悪魔の背にのり、復讐かたがた、世の中の人間たちの真実を見に出かけるのですが…。
 悪魔が登場するといっても、人間を堕落させる邪悪な存在ではありません。本書に登場する悪魔アスモデは、むしろ礼儀に厚く、世の中を冷めた目で見る智恵者です。そのアスモデが案内役となって、ドン・クレオファスは、世の中を見て回るのです。彼が見るのは、強欲な金貸し、浮気性の女、吝嗇な老人、傲慢な貴族などの愚かな人間たち。その人間観察はなかなかに辛辣です。ただそれらの短い人間観察のスケッチが、それこそ百を超える数で現れるので、読みにくいのは否めませんが。
 基本的には本書の構成は、短い人間スケッチの集まりです。ただ、それだけでは著者も退屈してしまうと思ったのでしょうか、ところどころに、それだけで独立した短編小説的な物語がはさまれす。それらが、諷刺小説という本書の意図からすると、一見首を傾げるような、ストレートな恋愛物語なのは不思議ですが、皮肉にも、その部分が一番面白いのです。
 作品中に挟まれる物語のうち『ベルフロール伯爵とレオノール・デ・セスペデスの愛の物語』『友情の堅い絆』、この二つの物語が比較的長く、また面白く出来ています。
 『ベルフロール伯爵とレオノール・デ・セスペデスの愛の物語』は、娘に懸想した伯爵が、結婚の意図がないにもかかわらず、その振りをして娘に言い寄るが、結局は真実の愛に目覚め結婚する、という話です。
 『友情の堅い絆』は、親友が恋をしている未亡人に、自分も恋してしまった騎士の話。未亡人もやがて騎士に恋をするようになるが、親友への義理から苦しむのです。そのうち未亡人が、以前から言い寄っていた別の恋敵にさらわれ、それを追いかけた騎士と親友も海賊に襲われてしまいます。このあたり実に波瀾万丈で読ませるのですが、肝心なところで、かなりご都合主義な展開があるので、ちょっと興ざめしてしまうかもしれません。
 そもそも諷刺というのは、時代が変わってしまうと、その意図が通じなくなるのが常です。本書もその例に漏れないのですが、その部分を差し引いても、単純に娯楽小説として楽しめる作品です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
はじめまして
とっても亀レスなのですが、面白い記事を書いておられるので
ご挨拶まで
パリ6区のRue du Vieux-Colombier(鳩小屋通り)に住んでいた
住人を調べている途中でこちらに辿りつきました
アラン・ルネ・ル・サージュ、「ふらんす怪談」いつか読んでみたいと
思いました
kazuouさんの評論の方が面白い気がしますが^^
ありがとうございました
また寄らせていただきます
【2010/07/04 23:17】 URL | rico #14egu8fk [ 編集]

>ricoさん
ricoさん、はじめまして。お褒めいただき恐縮です。
英米作品以外でも、面白い作品はいっぱいありますよね。とくにフランスものは、独特のセンスが感じられて、好きな作家が多いです。
ル・サージュはちょっときついかもしれませんが、「ふらんす怪談」は本当に洗練の極みといってもいいぐらい洒落た作品集なので、機会があったらぜひ。
【2010/07/05 22:03】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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