吐き気のするような  クエンティン・クリスプ『魔性の犬』
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魔性の犬
クエンティン・クリスブ 望月 二郎 船木 裕
4150200467

 今回はイギリスの作家クエンティン・クリスプの『魔性の犬』(望月二郎・船木裕訳 ハヤカワ文庫FT)を紹介しましょう。このクリスプなる作家、ゲイカルチャーの分野ではかなり有名な人物だそうです。サリー・ポッター監督の映画『オルランド』では、なんとこの人、男性ながらエリザベス女王役で出演しています。これだけで作者の奇人ぶりがうかがえますが、本書『魔性の犬』も、それに劣らず奇っ怪な作品です。
 かって栄華を極めた名門エムズ家は、歴代の度重なる放蕩で、見る影もなく落ちぶれていました。現当主ヘンリー・エムズ卿は、人間嫌いで知られる奇人ですが、極端な節制と財産目当ての結婚で、ある程度財産を回復していました。妻と子供に先立たれたエムズ卿は、親類から遺産として贈られた、雑種の半シェパード犬フィドーをかわいがるようになります。
 遺産相続の望みを抱いていた使用人のデーヴィス夫妻は、ある日主人が犬に話しかける声を聞いて驚愕します。もしや人間嫌いの主人は、動物に遺産を残すつもりなのではないか。あせった夫婦は、屋敷中の動物を全て抹殺する計画を立てます。亀を手始めに、猫、魚、オウムと着実に始末してゆくデーヴィス夫妻。ところが最後に残してあった犬フィドーを殺そうとする直前に、エムズ卿は階段から落ちて急逝してしまいます。遺産はフィドーに贈られてしまうのです! 夫婦は犬が生きている間、世話をする限りにおいて、以前同様の給与が得られるとされ、犬を主人として仕えることになるのですが…。
 登場人物全てが奇人だという、恐るべき作品です。エムズ卿はいうまでもなく、俗物で傲慢なデーヴィス、無知で臆病だが感傷的なデーヴィス夫人、天衣無縫な娼婦、こすからい詐欺師、他の登場人物もみな、作者の皮肉な目を逃れられません。例えばエムズ卿の妻子に対する態度は次のように描写されます。

 娘は仕返しとして結婚に踏みきり、すぐに男の子と女の子を一人ずつ産んで夫に背負いこませた。息子は、十一歳というもどかしい年頃で亡くなり、娘はどうにか二週間生きのびたのちに、よくはないとしても、まんざら悪くもないあの世へと旅立っていった。エムズ卿はあまり悲しまなかった。

 またデーヴィスは次のように描写されます。

 デーヴィスの容貌は、鉛筆で描いた主人の似顔絵のようで、それも下手くそな画家が羊皮紙に書きつけたという趣があった。

 全編を通して、登場人物は皆このような扱いです。欠点を誇張するかのような辛辣な描き方、そこには滑稽さはあってもユーモアは全くありません。そしてそんな彼らが繰り広げる物語も不愉快そのもの。愚かな人物たちが、愚かな行為を繰り返す物語なのです。人間性に対する信頼など全く感じられません。唯一人間的な情を持つ人物として描かれるのはデーヴィス夫人ですが、彼女も周りの人間たちの醜い争いに巻き込まれ、悲惨な結末をたどるのです。
 胸のむかつくような、圧倒的に不快な読後感。これほど胸くそ悪い作品は、空前絶後ではないでしょうか。とはいえ、決してつまらないわけではないのです。その奇想天外な展開は一読の価値があります。ただ、気分が悪いときには、読むのは避けた方がいいでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんばんは。これ「幻想文学」で紹介されてたのを見て読んでみたいと思ってたんですが、やっぱりやめておこう(汗 なんだかすごくおどろおどろしい感じですねえ…。
【2006/03/17 23:18】 URL | そら #- [ 編集]


そうですね。これを愉しく読む人は、そうとう変わった人でしょう。
暴力とか性描写が不愉快とかいうのとは、全く別次元の不愉快さです。あまりにも登場人物に対して作者の目が残酷なんですよ。そういう意味では究極の客観化といえるのかも。この本に限っては全くオススメしません!
【2006/03/18 00:09】 URL | kazuou #- [ 編集]


不愉快なんだけど、でも目は離せない
全然愉しくはないんだけど、面白くないわけではない…
ほんとすごい作品ですね。
クエンティン・クリスプ本人に興味が湧きます。(笑)
【2006/11/23 06:10】 URL | 四季 #Mo0CQuQg [ 編集]

カルト作品
この作品、絶版になって久しいようですし、あんまり知名度もないようですが、知る人ぞ知る、というカルト作品になっている感じですね。僕も読書ガイドに載っていたのを見て、興味を持ったんですが、そこでも不快な作品とあったので、ぜひ読みたくなりました(笑)。
紹介どおり、かなり不快な作品でしたね。
【2006/11/23 08:40】 URL | kazuou #- [ 編集]


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「魔性の犬」クエンティン・クリスプ

 [amazon] [bk1] 徹底した人間嫌いの主人、エムズ卿には身寄りがないことから、いつか自分たちが遺産を相続をする可能性があるのではないかと淡い期待を抱... Ciel Bleu【2006/11/23 05:38】

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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