欧米の怪奇小説をめぐって  『世界怪談傑作集』
世界怪談
 先日、ある雑誌を古本で手に入れました。『別冊宝石』の1961年9月号です。別冊ではない『宝石』の方は、江戸川乱歩が協力していたことでも有名な探偵小説誌です。それに対して『別冊宝石』は、主に翻訳ものを中心に掲載していた雑誌ですね。
 『別冊宝石』だけでも100冊以上が刊行されているのですが、今回その中でも1961年9月号を手に入れたかったのには理由があります。特集内容が怪奇小説だったからです。『別冊宝石1961年9月号 世界怪談傑作集』。今回はこの特集号について、ご紹介したいと思います。
 今でこそ、ホラー、怪奇小説はひとつのジャンルとして認知されていますが、まだこの時代、1960年代には単独のジャンルとして市民権を得てはいませんでした。後に毎年恒例となる『ミステリマガジン』《幻想と怪奇》特集も、まだはじまっておらず、単行本の翻訳紹介も散発的、単発的なものにとどまっていました。そんな中、刊行されたこの号は、日本の怪奇小説にとってトピックとなるべきものだったといえるでしょう。
 とりあえず、掲載作品の全リストを掲げます(小説作品のみ)。

アルジャーノン・ブラックウッド『秘密礼拝式』
ロバート・ブロック『子供にはお菓子を』
E・F・ベンスン『アムワース夫人』
アンブローズ・ビアース『考える機械』
J・S・ル・ファヌ『ハーボットル判事』
W・W・ジェイコブズ『井戸』
マイクル・アレン『アメリカから来た紳士』
ブラム・ストーカー『牝猫』
M・R・ジェイムズ『マグナス伯爵』
A・J・アラン『怪毛』
アントニー・バウチャー『噛む』
ジョン・コリア『ビールジーなんているもんか』
ジェローム・K・ジェローム『ダンシング・パートナー』
H・G・ウェルズ『故エルヴシャム氏の話』
H・P・ラヴクラフト『冷房装置の悪夢』
サキ『開いた窓』
トーマス・バーク『唖妻』
ロード・ダンセイニ『遥かなる隣人たち』

 刊行時から約50年を経て、翻訳も進んでいるため、ほとんどの作品は別の形で読めるようになってはいます。ただ、当時これだけの作品を一挙に掲載したというのは、ある種の事件といっていいかと思います。
 古典的な作品が中心になっており、そのため現代の怪奇小説ファンには既読のものも多いかと思いますが、いまだにこの雑誌でしか読めない作品もあります。僕の調べた限りでは、W・W・ジェイコブズ、マイクル・アレン、トーマス・バークの作品はこれ以外に翻訳はないようです。A・J・アラン『怪毛』なんて作品も、長らくこれ以外に読めなかったのですが、『怪奇礼讃』(中野善夫・吉村満美子編 創元推理文庫)に『髪』として新訳が収録され、読めるようになりました。
 古典作品をあらためて紹介するのも何なので、前記の、この雑誌でしか読めない作品を、簡単に紹介しておきます。

 W・W・ジェイコブズ『井戸』 資産家の娘と婚約中の男のもとに、金に困ったいとこが現れます。脅迫を始め、金を要求するいとこを男は殺して井戸に投げ込みます。いとこは失踪したことにされますが、娘が形見の腕輪を井戸に落としてしまったことを知った男は…。
 筋立ても展開も予想の範囲内なのですが、安心して読ませるのは作者の筆力ゆえでしょうか。他人が井戸に入ろうとするのを必死で止める主人公の姿は、ひじょうにサスペンスフル。

 マイクル・アレン『アメリカから来た紳士』 アメリカからやってきた剛胆な男ピュース。ひょんなことから、イギリス人の男二人組と賭けをすることになります。その賭けとは、幽霊屋敷で無事に一晩過ごせたら、大金を進呈する、というものでした。夜中のつれづれに、屋敷内にあった「少年少女のための怪談集」を読みはじめたピュースは、暗闇から何者かが近付いてくる音を耳にします…。
 オーソドックスな幽霊話かと思わせておいて、じつは…という、なかなか手のこんだ作品です。幽霊屋敷の雰囲気もなかなかですね。主人公が読む「少年少女のための怪談集」の中の話が話中話としてはさまれているのですが、これが都市伝説を思わせるショッキングなスリラーになっています。
 全体のプロットが、現代のホラー映画のようです。これ、発表当時はすごい斬新だったんじゃないでしょうか。

 トーマス・バーク『唖妻』 貧しい生まれの娘モイ・トゥーンは、若い航海士と恋いに落ち、男の子をもうけます。航海士に捨てられたモイは、生活のために富裕な老人と結婚します。しかし、病的に嫉妬深い老人には子供の存在を隠していました。ある日隠れて子供と会おうとしたモイは、それを老人に男との密会と勘違いされてしまいます…。
 怪談というよりは、奇譚といった方がいいでしょうか。超自然的な現象は起こりませんが、哀感のある人情話として出色の出来栄え。

 さて、小説以外では、座談会として『夏の夜の恐怖を語る』が掲載されています。出席者は、渡辺啓助、星新一、双葉十三郎。内容はさすがに時代を感じさせるものですが、そのあたりも含めて、今読むとなかなか興味深いです。
 怪奇小説ファンとしては、今でも読む価値のある一冊かと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

すごい雑誌ですね。やはり行くべき人のところに行ったというか(笑)

どうせ読めないのですから、全部筋紹介していただきたいですね(笑)
雑誌は持っている図書館も少ない&さすがに相互貸し出し対象外だったりします。
わたし「別冊 宝石」借りようとして断られました。

さすがです。

【2010/10/17 21:32】 URL | fontanka #- [ 編集]


 ご無沙汰しています。
 座談会に星新一さんも参加されていましたか。すっかり忘れていて、慌てて書庫をごぞごそ。久しぶりに再読いたしました。
 それぞれの出席者の示唆に富んだ発言は興味深いですし、読書案内としても楽しめますね。
 忘れていたことを思い出させてくれて、ありがとうございます。
【2010/10/18 14:27】 URL | 高井 信 #nOdkmSi2 [ 編集]


「アメリカから来た紳士」は「ヒッチコック劇場」で映像化されている(http://geshicchi.web.fc2.com/main/hitch/pre/epi/Season_1/season1_4.html)ので、原作も読みました(他にも何度か映像化されているようです)。ドラマの方はオチの部分を強調している感じで、原作の持つおどろおどろしさというか、幽霊譚としての雰囲気が薄くなっている気がしました(まあその分、ヒッチコックの口上が冴えているわけですが)。
【2010/10/18 19:50】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

>fontankaさん
『別冊宝石』自体はわりとよく見るんですけど、この『世界怪談傑作集』は全然見かけないですね。定番作品が多いのが玉にきずなのですが、ものすごくレアな作品がいくつか入っているのが嬉しいです。
【2010/10/18 22:19】 URL | kazuou #- [ 編集]

>高井 信さん
座談会も興味深く読みました。星新一さんが怪談が好きだと言っておられたのがちょっと意外でしたね。
今回、この号と『ショート・ショートのすべて』号もいっしょに入手したのですが、合わせて読んで、楽しい時間を過ごすことができました。
【2010/10/18 22:28】 URL | kazuou #- [ 編集]

>げしさん
『アメリカから来た紳士』は、『幻想文学』誌の稲生平太郎氏のエッセイで取り上げられていて、ずっと読みたいと思っていた作品でした。
前半の雰囲気がすごくいいんですよね。ああいう風に盛り上げておいて、あのオチ…というのは、気に入らない人もいるかと思うんですが、個人的には楽しめました。
幽霊譚というよりはサイコ・スリラーでしょうか。
映像化されていたのは初耳です。映像作品もぜひ見てみたいですね。
【2010/10/18 22:38】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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