『SFマガジン』バックナンバー拾い読み
 忙しいときは、一冊通して本を読むのも、なかなか難しいもの。そんなときにちょうどよいのが、雑誌のバックナンバーの拾い読みです。そんなわけで、『SFマガジン』のバックナンバーを何冊か読んでみました。その中で面白かったものをご紹介しましょう。

 まずは、パット・マーフィー『恋するレイチェル』(猪俣美江子訳『SFマガジン』1989年1月号収録)。妻と娘を亡くした科学者は、生前記録していた娘の脳の記録を、チンパンジーの子供に移植します。その結果、チンパンジーは人間の女の子レイチェルとして育てられます。幸せに暮らす二人でしたが、或る日心臓発作で父親が死んでしまったことから、レイチェルは、動物の実験収容所に収容されてしまいます。収容所で出会った監視の男と、意思の疎通を重ねるうちに、レイチェルはその男に恋をしてしまいますが…。
 人間の記憶を植え付けられたチンバンジーが、人間の男性に恋をする、という話です。チンパンジーとしての記憶と本能も残っている主人公はまた、同房のチンパンジーのオスにも惹かれてしまうのです。人間性と獣性に引き裂かれる、主人公のアイデンティティーの揺らぎが読みどころでしょうか。

 パット・キャディガン『ふたり』(幹遙子訳『SFマガジン』1989年5月号収録)は超能力者をめぐる物語。 
 相手の心の中を読み取る能力を持つ少女は、自分の念を受け止めてくれる人間を探し、ようやくその人間を見つけます。しかしその男は詐欺師でした。能力をイカサマにしか使おうとしない男に、嫌気がさしながらも、少女は彼から離れることはできないのです…。
 特異な能力ゆえに、周りから疎外される主人公。いわゆる超能力者悲話なのですが、後半の展開がユニークです。続編を意識したような作りですね。

 バリントン・J・ベイリー『大きな音』(大森望訳『SFマガジン』1989年7月号収録)。
 異様な音楽的才能を持つ主人公は、究極の音楽を作ろうと目論みます。オーケストラ団員を数千人も集め、彼らだけでひとつの町を作ってしまうのです。そして訓練の結果、彼らが奏でた音楽は、人類がまったく聞いたことのない音でした…。
 究極の音楽はすでに音楽ではないものになっていた…という、ナンセンスSFです。

 今回の一番の収穫は、ティム・パワーズ『丘をおりる道』(浅井修訳『SFマガジン』1989年11月号収録)でしょうか。
 その一族には、ある特別な能力がありました。肉体が死んでも、その魂は別の胎児に宿り、再び別の人間として生を受けるのです。しかもそのとき魂が入る器はランダムであり、性別も生まれた環境も千差万別なのです。
 半永久的に生きる彼らは、定期的に会合を持っていました。久しぶりに会合の場所を訪れた主人公のソールは、一族の一人マーカスから驚くべき話を聞かされます。皆から敬われていた族長のサム・ヘインは既に死んでおり、その事実を隠すために、族長そっくりのロボットを作って皆を欺いているというのです。自分たちの存在は、一般の人間たちの人生を奪っているという認識を持つサム・ヘインは、なるべく老齢までその肉体を通じて生きることを勧めていました。
 マーカスはこの機会をとらえて、自分たちの都合の良いように一族の掟を作ることを目論んでいました。それは一般人の妊婦を用意し、健康な胎児を常に準備しておくという環境を作ることでした。妊婦に触れた状態で自分の命を絶てば、魂は必ずその胎児の中に宿るのです。ランダムな環境に生まれ変わるリスクを嫌った彼らは、自分たちの転生後の環境を整えておこうというのです。サム・ヘインと同じ考えを持つソールは、それに反対しますが…。
 転生の能力を持つ一族をめぐる、スケールの大きな伝奇物語です。一族の秘密、族長の謎、そして謀略。長編にしてもいいぐらいの密度を持った作品です。人間の命を何ほどにも思わない一族を通して、生きるとは何なのか、人生とは何なのか、というテーマをも盛り込んだ意欲作。「丘をおりる道」とはいったい何なのか? 寂寥感に満ちた結末も味わい深いです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
古いSFマガジン
私も、私の所属するサークル(星群の会といいます)
のホームページで「SFマガジン思い出帳」というコラムを書いております。
そのため1960年代や1970年代のSFマガジンを読んでおりますが、
忘れ去られるには惜しい作品がいっぱいありますね。
久野四郎なんかは、再発見されてもよい作家だと思うのですが。
【2010/04/20 09:14】 URL | 雫石鉄也 #- [ 編集]

>雫石さん
『SFマガジン』のバックナンバーを読み返すと、こんないい作品があったのか、と思わされますね。メジャー作家だけでなくて、翻訳がそれ一つきりとか二つきりとかの作家の作品でも、いい作品がたくさんあります。
久野四郎は今読んでも面白いですよね。復活する価値のある作家だと思います。
【2010/04/20 23:21】 URL | kazuou #- [ 編集]

今頃になっての書き込みですが
うち3名は私でも名前を知っているのだから、ビッグネームぞろい、かなぁ…と。
ベイリーやパワーズは長編が有名ですよね。マーフィーは評論で有名なのかな?
長編作家の短編は、全般にはあまり面白くないことが多い気がしますが、でもときおり光る玉に当たるのでないがしろにできないような。
ワンアイディアものっぽいベイリーの作品を除くと、ある特殊な状況に対して人・心はどう反応するか?みたいな作品が多いのかなと感じました。
マーフィーの作品はアンブローズの某作品を、キャディガンの作品はキングのファイアスターターを何だか連想。
パワーズは「アヌビスの門」などで何となく信頼感もあって、それだけにこの「丘をおりる道」も読んでみたいですが、この辺の3作品は題材としては何となく長編向きにも感じます。そこをどう短編として処理しているかにもちょっと興味がありますね。

バックナンバー拾い読みや、埋もれた秀作のご紹介は、読むのが難しいこともあって面白そうだというほか反応しにくくはありますが、想像力がくすぐられてそれはそれで楽しいです。
場所とかでなく小遣いがネックで本を多く買えなかった時期には、刊行リストのあらすじ紹介や「これから出る本」などを眺めて想像をたくましくしたものでしたが、そんな楽しみがあるような。
もっとも、想像があまりに膨らんで、実物との落差にがっかりなんてこともありましたが(笑)
【2010/06/14 04:11】 URL | Green #- [ 編集]

ビッグネーム…かな
いずれも名の知られた作家だとは思いますが、ビッグネームというほどではないかも。中堅作家といったところでしょうか。
僕は長編よりも短編主体で読んでるので、短編が面白い作家とそうでない作家、という分け方をしてしまいますね。
キャディガンの作品はキングのファイアスターターを連想した、というのは確かにそんな感じです。僕も読んでいて連想しましたから。逆に言うと、こうしたSFの伝統的なテーマをキングが長編で再現した、ということなんじゃないでしょうか。
『丘をおりる道』はすごく良い作品でした。短編で収めてしまうにはすごくもったいないテーマと密度があって、これを長編化したものが読んでみたかったですね。

「あらすじ」って、やっぱり本好きにはたまらない魅力がありますよね。以前、植草甚一の本で未訳のミステリ作品が紹介されていて、すごく面白そうだったのですが、これどう考えても訳されないよなあ、と頭の中では考えつつ、あらすじ紹介を楽しんだ覚えがあります。
実際に読んだときの落差もそれはそれで面白いです。
【2010/06/15 22:54】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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