悪夢の実験  ボアロー、ナルスジャック『私のすべては一人の男』
私のすべては一人の男
私のすべては一人の男 (1967年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
中村 真一郎
早川書房 1967

by G-Tools

 巧緻なサスペンスを得意とするフランスのコンビ作家、ボアロー、ナルスジャック。彼らの作品の中でも、とりわけ異色な味わいを持つのが『私のすべては一人の男』(中村真一郎訳 ハヤカワ・ノヴェルズ)です。
 臓器移植の大家マレック教授は、政府の協力を得て、大胆な実験を計画します。それはひとりの人間の体を、複数の人間に移植しようというものでした。しかし、それには五体満足な体が必要でした。そこで選ばれたのは、残虐な死刑囚ルネ・ミィルティル。改悛の情を見せているミィルティルの体は、死刑執行後、即座に移植手術に使われることが決定します。
 事故で重傷を負った、7人の患者たちに施された手術は全て成功し、患者たちは命を取り留めます。死刑囚の体を手術に使用した事実を伏せたまま、彼らの様子を見守るように指令を受けたギャリックは、患者たちの様子を見守ることになります…。
 題材が猟奇的なものなので、どぎつい物語を期待しがちですが、意外と淡白なトーンで話は進みます。手術が終わった後は、語り手のギャリックが手術後の患者たちを観察するくだりが続くのですが、このあたりもなかなかの読みどころです。
 うだつの上がらなかった画家は、腕を移植されたことによって独自の画風を生み出し、肺を移植されたミュージシャンは活力を取り戻します。足を移植された男は、同じくもう一つの足を移植された女に恋情を抱くようになるのです。
 観察者のギャリックもまた、かってのミィルティルの恋人レジィーヌと出会うに及んで心をかき乱されます。いまだミィルティルに執着を抱くレジィーヌは、恋人の体が移植された患者たちに会ってみたいと言い出し、ギャリックを困惑させます。
 しばらくは何の問題もなかったように見えたものの、やがて患者のひとりジュモージュが自殺したのを皮切りに、患者たちの自殺が続きます。ギャリックは疑問を抱きはじめるのですが…。
 死刑囚の体を移植された患者たちに、異常が起こり始める…。ホラーの愛読者ならば、超自然的な展開を予想しますが、面白いのは、あくまで合理的に謎が解き明かされるという点です。その解決には、ミステリ慣れした人も驚かされるはず。一読の価値はある怪作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんばんは。
この本読んだ&後味悪かった記憶しかないです。
ボアロー、ナルスジャックはスゴイからということで、トライしてみて挫折というのをおもいだしました。
【2010/03/14 22:10】 URL | fontanka #- [ 編集]


ああ、これずっと探してるんですけど未入手なんですよね。一度は読んできたいのですが、これに大枚はたくのもなんだかなぁという気はしますし。ま、気長にがんばります。
【2010/03/15 00:10】 URL | sugata #8Y4d93Uo [ 編集]

四肢に感謝
はじめまして。ユキノさんのブログから流れ着いたものです。面白そうな作品ばかりで興奮しております。この作品も面白そう。ぼくのような臆病者には荷が重いかもしれませぬが・・・・・

そうだ。ディーン・ホイットロックの
「百万ドルの一発」
をご存じですか?近未来の戦争を描いた重苦しい短編です。どこか、この作品を連想させるものがありました。機会があったら試してみてください。SFマガジンの1989年9月号に収められていました。

【2010/03/15 19:46】 URL | サカキ #nLnvUwLc [ 編集]

>fontankaさん
個人的にこういうテイストは嫌いじゃないんですけど、合わない人もいるかもしれないですね。ボアロー、ナルスジャックは、これ以外の作品でも面白いのがいっぱいありますよ。
【2010/03/15 22:07】 URL | kazuou #- [ 編集]

>sugataさん
僕も最近手に入れたばかりなんですが、わりとリーズナブルなお値段でした。
ミステリファンの間では、幻の作品みたいな扱いですけど、そこまでの大傑作かというと、ちょっと考えてしまいますね。いわゆる「バカミス」だと思うんですが、個人的には楽しんで読みました。
【2010/03/15 22:09】 URL | kazuou #- [ 編集]

>サカキさん
サカキさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
『私のすべては一人の男』は、題材はホラーっぽいんですが、謎解き主眼のサスペンスなので、あんまり猟奇味はないです。でも面白いですよ。

ディーン・ホイットロックの『百万ドルの一発』は、うろ覚えなんですが、たぶん読んだことがあります。兵士が何度も再生されて戦場に送られる話ですよね。あれもインパクトの強い作品でした。
【2010/03/15 22:22】 URL | kazuou #- [ 編集]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2010/03/18 19:53】 | # [ 編集]

ボアロー/ナルスジャックとフランス・ミステリ
この本、千街晶之氏のガイドでみて図書館で借りて読んだのですが(図書館の閉架書庫にはこうした本が案外眠っているので探す価値ありと思います。東京都など、他区からの取り寄せが可能なケースもありますし)、
実は内容があまり記憶に残っていません… 途中謎に引っ張られて読めたものの(その意味では楽しめたのだと思います)、あまりこれはすごい!とは感じずに、結末を見て、いやそれはちょっと無理があるでしょう…というように感じた記憶がありますが…

私の場合、ボアロー/ナルスジャック作品にはあまり相性が良くないです… というより、前に読んだ作品が面白く感じられなくても、タイトルや作品紹介の内容が何とも魅力的で、これこそは面白いかもしれないと思ってまた手を出してしまう、といったことを性懲りもなく繰り返した結果、さほど好きでもないのに読んだ冊数だけが増えていったという不幸な経緯を辿ってしまったという…
「女魔術師」「死者の中から」「技師は数字を愛しすぎた」「牝狼」… タイトルや設定はどれも魅力的ですよね。
中では「影の顔」がとても面白く読めました。盲目になってしまった主人公(確か社長か資産家)が周囲の(起きているかどうかもわからない)変化をそれとなく感じ取って怯える話ですが、皮肉な結末まで含めこれぞサスペンスという感じでした。
kazuou さんはボアロー/ナルスジャック作品と相性がいいようですが、お好きな作品はどれでしょう?

フランスミステリではシムノンなどは割と印象が良いのですが、だからといってどんどん読み進んでいるかというと全くそんなこともないんですよね。なんとなく肌に合わなくて敬遠してしまうところがあります。
文章のせいなのか、英米のものと比べて、何となく思わせぶりな一方、いつまでたっても明瞭なイメージが結べなくて何となく苛立ってしまう(笑)というか......
幻想系の作家ではマンディアルグや、お隣りベルギーのオーウェンなんかもいますが、こちらは短編なのと幻想小説であることもあってか、気にならないというかこれはこれで一つの味と思って読めるのですが。
もしかしたら単に英米のミステリの味に馴染み過ぎているだけなのかもしれないです。
【2010/03/22 19:52】 URL | Green #- [ 編集]

>Greenさん
『私のすべては一人の男』は、ちょっと過大評価されすぎているかな、という感じはします。絶版で入手困難な状況が続いている間に、名のみ上がってしまったというか。
確かに、結末は無理と言うか無茶ですよね。SFとして読めば陳腐な話だし、ホラーとして読んでも肩すかし。正直な話、ミステリの枠内でやったからこそ価値があるような気はします。ただ個人的な好みで言えば、こういうトンデモ系の作品は大好きなので、あんまり貶すのもどうかな、とは思うんですが。

Greenさんは、シムノンと相性がいいみたいですね。僕は逆にシムノンは全然駄目で、一冊も読み通したことがないです。ボアロー、ナルスジャックはかなり肌合いが合いますね。『影の顔』『死者の中から』『ひそむ罠』『嫉妬』『ちゃっかり女』『呪い』あたりが好きです。ボアロー、ナルスジャックはまだ未読のものがかなりあるので楽しみです。
フランスミステリで「明瞭なイメージが結べない」というのは同感です。英米の作家なら細かく描写するところを、さらっと流してしまうというか、全体にふくらみが足りないとでもいうんでしょうか。これはこれで味があるんですが、英米ミステリに慣れた人からすると、物足りない面もあるんでしょうね。
【2010/03/22 21:11】 URL | kazuou #- [ 編集]

(今頃追記…)
kazuou さんが面白いと挙げられた作品、実は後半の4作は未読です。
「銀のカード」まで、結構読んだ気でいましたが、大半は文庫リストの番号の若い方から数作読んだだけなので(創元/早川)作品全体からするとまだまだ一部なんですね。
外れくじを引いただけなのか… 「影の顔」くらい面白ければ、また読んでもいいような気もちょっとしますが…

因みに、「死者の中から」は、ヒッチコックも映画化した名作なのは知っていましたが、でも何だか面白いと感じられなかったんですよね。
これは相性なのか、今読んだらまた印象が違うのか…

フランスミステリ、描写が少ないのもあるのでしょうが、文章に描き出している内容自体も、何だか欧米のものとは違って感じます。
何というのか、ああなのか、いやこうだった気がする…というような独り言を延々と聞かされているような印象がなぜかあるんですよね。。。
外界の具体的な描写がないわけではないので、どうしてこう感じるのか自分でもよく分からないのですが…
日本の作品なんかも、内面を表したものが多い気がしますが、独り言というよりも「想い」を具体的に描いて(説明して)いる感じで、印象は曖昧模糊であるよりむしろクリアではないかと。 (してみると、フランスものはやっぱり説明が少なめなのか?)
【2010/04/11 03:06】 URL | Green #- [ 編集]

心理小説?
フランス作品は、もともと「人間心理」に関心が深いですから、ジャンルはどうあれ「心理小説」的な側面があるのだと思います。そのために、ミステリでも「本格推理」より「サスペンス」に相性がいいんでしょうね。ボアロー、ナルスジャックはその最たるものだと思います。
実を言うと、以前は僕もフランスもの(というよりボアロー、ナルスジャックですか)は、あんまり肌に合いませんでした。面白く読めるようになったのは、ここ数年ですね。内面描写なんか、かなりねちっこく描いているものが多いので、そのあたりも含めて、年を重ねた方が面白く読めるのかもしれません。
【2010/04/11 18:21】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/414-2497dbe8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する