理想の人生  ディヴィッド・アンブローズ『リックの量子世界』
4488735010リックの量子世界 (創元SF文庫)
渡辺 庸子
東京創元社 2010-02-20

by G-Tools

 最愛の妻が死んでしまったとき、あなたはどうしますか? どうにもならない現実を前に、現実を変えてしまった男を描いたのが、ディヴィッド・アンブローズ『リックの量子世界』(渡辺庸子訳 創元SF文庫)です。
 最愛の妻と、信頼できる友人。出版の仕事も順風満帆だったリックは、ある日突然、異様な感覚に襲われます。妻が危ないと感じた彼は、会議の席を抜け出します。たどり着いた場所で見たのは、事故にあった自動車。そしてその中には、息をひきとる寸前の妻の姿がありました。
 認めたくない現実を前に、リックは必死で現実を否定します。そして気が付いたときには、妻は無事で、なぜか自分が事故で大怪我をしていたのです。妻が生きていたことに安堵するリックでしたが、周りの世界がどこかいつもと違っていることに気がつきます。
 自分達の息子のチャーリーは存在せず、仕事も異なる。そして妻や親友までもが、どこか今までと違っているのです。精神を病んでいると判断されたリックは、盲目の精神科医エマの診断を受けることになります。エマの催眠療法にかかったリックは、自分がいた世界とは異なる別の世界に来ていることを知るのです。
 この世界の自分は「リチャード」と呼ばれており、リックの精神はその別の自分の体に同居しているらしいのです。しかも同時に体の支配権を得ることはできません。リックは、リチャードと協調し、元の世界に帰る方法を模索し始めます…。
 大まかには似ているものの、少しずつ異なった別の世界、パラレルワールドに来てしまった男を描く物語です。妻の死を否定した主人公は、その死を回避したものの、また別の困難に出会ってしまいます。
 妻や親友を含めた周りの人間たちが、自分の知っているのとは微妙に異なる人間であること。だからと言って、もとの世界に戻れたとしても、そこはやはり妻が死んでいる世界なのです。新しい世界に適応しようと考えるリックでしたが、なかなか思うようにいきません。自分が知っているよりも淡白であるらしい妻、皮相的なつきあいでしかない友、そして何よりこの世界での自分自身(リチャード)が、リックにとっては俗物に感じられてしまうのです。
 やがて起こる愛憎問題を境に、悲劇的な事件を起こしてしまうリチャード。切羽詰まったリックがとった手段とは…?
 パラレルワールドが出てくるものの、その科学的な仕掛けよりも、主人公リックの内面描写が重視されていて、心理サスペンス的な要素が強くなっています。なかでも、ひとつの体に同居しているリチャードとリックのやり取りは、じつにユニーク。冷静なリックに対して、リチャードは短気に描かれています。リックを邪魔者とみなすリチャードに、自分の存在を認めさせることができるのか? このあたりの展開は興味深いですね。
 正直、最後の方で、ご都合主義的な部分はあるのですが、それを差し引いても、なかなか面白い作品だといえます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
思ったより普通でした
 「覚醒するアダム」でファンになった作家なのですが、近所の書店になくて、ようやく入手。
 ただ、もっと吹っ飛んだ話かと思いきや、他の作品と比べて、意外と普通のちょい古めなSFといった印象。
 平行世界移動の辺りはSFとしてはどうかと思いますが、そこはあまり大切ではなく、その結果や影響に重点が置かれているのでしょう。上手くまとまっていますし、読んでいて面白かったことは事実なんですが、なにか物足りない読後感です。
【2010/04/07 19:39】 URL | ガンビー #QjXkvAxw [ 編集]

>ガンビーさん
初期作品ということなので、アンブローズの持ち味がまだ出きっていない、というべきでしょうね。今までの邦訳作品がかなり「吹っ飛んで」いたので、その意味では物足りないといえるかもしれません。この作品みたいに、「かちっとした」アンブローズ作品もこれはこれで楽しめましたが。
【2010/04/08 22:23】 URL | kazuou #- [ 編集]

読了
先ず、買うまでこれは新作かと思っていたんですが、初期作品だったんですね。
巻末のリストを見ると、「~ラビリンス」の次の作品、それも2003年の作品までになっていますね。
作者、まだ亡くなっていないですよね…? あるいは筆を折ってしまったんでしょうか。

この作品、私は結構面白く読みました!
確かにあれこれご都合主義ですし、あの「迷宮の暗殺者」「偶然のラビリンス」と比べてしまうと…というところは確かにあって、唖然とさせる力技で強引に持って行けてない分弱みが露呈したのかな、という気もします。あと、催眠術で…という辺りもご愛敬かと。
でも、どんでん返しの展開、読者の振りまわし方などはもうこの時点で完成されているのではないかと思いました。
(バカミス大いに結構!と思わせてくれる作家ですね)
あと1作で終わりだと惜しいなぁ…
【2010/04/29 03:02】 URL | Green #- [ 編集]

>Greenさん
ツッコミどころは満載だと思うのですが、とにかくリーダビリティとサービス精神の高さはすごいと思います。
「迷宮の暗殺者」「偶然のラビリンス」と比べると、たしかに弱いという感じはしますが、初期作品だし、そもそもこの時点でこれだけの作品を、って考えるべきなんでしょうね。
催眠術は確かにどうかな…、という感じはしました。
【2010/04/29 09:01】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/413-eea7199f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する