世界を革命するために  アーシュラ・K・ル・グィン『天のろくろ』
4835442210天のろくろ (fukkan.com)
アーシュラ・K. ル=グウィン Ursula K. Le Guin
ブッキング 2006-04-01

by G-Tools

 もし世界がこうだったら…、誰もが一度は考えたことがあるはず。そんな願望を実現する能力が、与えられたとしたら、あなたはどうしますか? 今回は望まずしてそんな能力を手に入れてしまった男を描く物語、アーシュラ・K・ル・グィン『天のろくろ』(脇明子訳 サンリオSF文庫)です。
 精神科医ヘイバー博士は、奇妙な患者の訪問をうけます。ジョージ・オアと名乗る、その温厚な青年の症状とは、自分が見た夢が現実になるという妄想でした。

 「そ、その、つまり、ぼくが何か夢を見ると、それが本当になるということなんです」

 目覚めると、夢に見たとおりに現実が改変されており、周りの人々の記憶もつじつまの合うように変わっているというのです。彼はその例をあげます。十七のとき、まだ若い叔母が性的ないたずらをしかけるのにうんざりした彼は、叔母の存在を消してしまったというのです。改変以前の世界の記憶があるのはオアただ一人。しかも夢はオア自身、コントロールできず、無意識が世界を変えていることに恐怖を抱いていました。
 ヘイバー博士は、妄想だと一蹴し、目の前で催眠実験をすることで証明しようとします。ヘイバー博士の暗示の結果、オアは夢を見ます。目覚めると部屋の壁にかけられた絵が変わっていました。初めからこの絵がかかっていたと語るヘイバー博士ですが、オアの指摘によりそれが改変されたことに気付き愕然とします。オアの能力が真実だと確信したヘイバー博士は、その能力を使って世界を改善することを考えるのです。
 ヘイバー博士に自分の夢を操作されることを恐れたオアは、弁護士のミス・ルラッシュに助けを求めます。しかし、ルラッシュの立ち会いのもと行われた実験で、今までになかったような重大な世界の改変が起こってしまうのです!

 そして彼と同様に、彼女もまた振り向いて窓の外に起こったことを見てしまった。塔の群れが夢のように薄れ、なんの痕跡も残さずに消え失せるのを。

 ヘイバー博士の暗示は、人口過剰が文明と生態系を圧迫していることの解決を求めるものでした。オアが見た夢の結果、それまで地球にいた70億の人口のうち、疾病により60億人が死亡したという世界に作り変えられてしまったのです!
 その後もヘイバー博士はオアを使い、世界を改変してゆきます。多大な人口を消滅させてしまったことに対して、オアは苦悩します。ヘイバー博士の影響から逃れようとするオアに、今や多大な権力を持つにいたったヘイバー博士はその影響力を強めていくのですが…。
 ものすごい設定の作品です。夢を見た通りに世界を変えることができる、というある意味、何でもありという能力なのですが、何でも思い通りになるわけではなく、そこにはやはり制限があります。夢の内容は無意識によるものであり、ヘイバー博士の暗示も直接コントロールがきくわけではないのです。改変の結果、それまでの記憶も修正される人々と異なり、何重もの記憶を持つオアの孤独感、恐怖感は想像するだに恐ろしいものです。
 絶大な能力を持つオアが、それとは対照的な性格を与えられているところが特徴的です。誠実で感性豊かであり、心が弱くつけこまれやすいオアは、自らの能力に対する責任感を抱えこんでしまうのです。そんなオアに対し、ヘイバー博士は、その意図は道徳的であるものの、独善的で世界を支配しようとする権力欲の強い人物です。ヘイバー博士の影響から脱しようとしながらも、ずぶずぶと博士の支配下に入ってしまうオアの姿が印象的です。
 題名は有名な荘子の翻訳から取られているそうです。ただ、その翻訳の誤訳部分からイメージをふくらませたというところが興味深いですね。そんな老荘思想に影響されたとおぼしい考えが、主人公オアを通して語られます。世界を改良し続けようとするヘイバー博士に対し、オアはあるがままの世界を受け入れろ、と答えるのです。
 作品のメインアイディア自体は、SFでは比較的よく使われるテーマです。例えばフレドリック・ブラウンの『火星人ゴーホーム』『事件はなかった』『唯我論』、ロバート・A・ハインライン『彼ら』、フィリップ・K・ディックの作品などにもよくあるパターンではあります。この種の作品では、世界改変の能力が真実であるか否かは、結末近くまで飽かされないのが通例です。なにしろ思った通りに世界を変えられる、というのがすぐわかってしまったら、何でもあり状態になる可能性がありますから。
 その点で、本書は独創的です。序盤でオアの能力が真実であることが示されてしまいます。後はその改変が許されるのかどうか、改変はいいことなのかどうか、という倫理的な問題が追求されていくのです。オアとヘイバー博士はその両極端のそれぞれを代表する人物として描かれています。しかも複雑なことに、ヘイバー博士もそれなりに倫理的な人物であり、その目的自体の善は否定できないのです。その点はっきり白黒がつけられるわけではなく、物語に厚みをもたらしているといえるでしょう。
 設定の面白さとテーマの倫理性とが見事に溶けあった、ル・グィンの傑作といえるのではないでしょうか。ちなみに本書は、長らく絶版だったのですが、もうすぐ復刊されるそうです。

※2006年4月、本書はブッキングより復刊されました。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
TBありがとう
幻のサンリオSF文庫ですね!
いいなぁ。
私は一冊も持っていないので、持っている人がうらやましいです。
「天のろくろ」は復刊されるのですね。
とても面白そうです。
ぜひ、読んでみたいな。
【2006/03/14 15:28】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]

実は…
これはほんとうにオススメですよ! ル・グィンの作風が合わない人でも面白く読めると思います。ずっと探していて、ついこないだ手に入れたばかりなんですけどね。ふとネットで調べたら、今月か来月あたりに復刊とかいいうじゃないですか。結構なお値段だったのに…。
【2006/03/14 18:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


まったく知らない作家の方ですが、おもしろそうですね。
復刊された折には読みたいな。
「夢の通り世界が改変する」という設定が絶妙です。
【2006/03/14 20:41】 URL | 加納ソルト #- [ 編集]

かなりいいです
加納ソルトさん、こんばんは。
これ、ものすごい設定ですが、SF臭が薄いので、SFが苦手な人でも面白く読めると思います。センス・オブ・ワンダーが味わえますよ。
【2006/03/14 20:58】 URL | kazuou #- [ 編集]


なつかしいサンリオSF文庫!この本も書棚の奥に眠っているはずです。
同文庫の最近の復刊では創元推理文庫でフリッツ・ライバーの『妻という魔女たち』が出ましたね。私の好きなホラーの上位に入る作品なので早速購入し、サンリオのと並べて悦に入っています。
【2006/03/14 22:39】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

ライバー!
『妻という名の魔女たち』ですね。僕もこれ、大好きですよ。迷跡さんは、サンリオ版もお持ちなんですね。僕はサンリオは持ってなくて、後で探し回ったので、復刊は有り難かったです。
魔女が当たり前の世界を舞台にしたハイファンタジー、かと思って読み始めたら、これモダンホラーじゃないですか。むしろそっちの方が僕の好みで、面白く読めましたが。
サンリオSFは、いまだに復刊されてなくて、コレクターズ・アイテムになってるものがいっぱいありますね。僕はトム・リーミィ『サンディエゴ・ライトフット・スー』をずっと探しているのですが、全然見たことないんですよねえ。
【2006/03/14 22:53】 URL | kazuou #- [ 編集]


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天のろくろ

「天のろくろ」(アーシュラ・K・ル=グィン ブッキング 2006)訳は脇明子。ジャンルとしてはSFになるだろうか。主人公のジョージ・オアは、他人の薬剤カードをつかい、割当量を超えた薬物を服用していた。これは違法なので、精神科の医者に診てもらわなくてはならない 一冊たちブログ【2007/06/04 22:16】

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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