眩惑のミステリ  パオロ・マウレンシグ『狂った旋律』
4794208634狂った旋律
Paolo Maurensig
草思社 1998-12

by G-Tools

 オークションで、17世紀に作られたバイオリンの名器を手に入れた語り手の前に、小説家を名乗る男が現れます。彼はヴァイオリンを譲ってくれないかと申し出ます。理由を尋ねる語り手に対し、小説家はそのバイオリンの元の持ち主の数奇な生涯を語り始めます…。
 こんな魅力的なプロローグで始まるのが、イタリアの作家、パオロ・マウレンシグの『狂った旋律』(大久保昭男訳 草思社)です。語りの中に語りがあり、さらにその中に語りがあるという重層的な構造。真実はいったいどうなっているのか? 読者はそんな疑問にとらわれつつ、物語を読み進めることになります。
 小説家が酒場で出会った、うらぶれた男。しかし彼の弾くバイオリンは超一流でした。イエネー・ヴァルガと名乗る男は、自分の生涯を話し始めます。ハンガリーの片田舎に生まれたヴァルガは、私生児として母親に育てられました。父親が残していったバイオリンに触れるようになったヴァルガは、才能をめきめきと現します。やがて名門の音楽学校に入学を許されたヴァルガは、そこで親友となるクーノと出会います。貴族の子弟であるクーノの屋敷に招かれたヴァルガでしたが、やがて二人の間に軋轢が生まれ始めます…。
 貧しい家に生まれながら、音楽の才能によりその環境から抜け出す主人公。閉鎖的な学校での行き詰まるような生活。身分違いの友との軋轢。そして、音楽に情熱を燃やし続ける少年の前に近付く戦争の足跡。
 単純に、少年の成長物語として読んでも、充分に面白い作品です。ことに、友情を誓い合ったヴァルガとクーノが、やがて袂を分かつことになるまでの、心理的な描写は読みごたえがあります。そしてクーノの父親の屋敷でヴァルガが出会う希望と幻滅。
 結末に至って、物語はその様相を変えてきます。ヴァルガ少年の生涯を語り終える前に、ヴァルガは行方をくらましてしまいます。やがて明かされる意外な事実により、ヴァルガという男は本当に存在したのかさえもが曖昧になってくるのです。そしてバイオリンを手に入れた語り手もまた、ヴァルガと関わりのある人間だということが明かされます…。
 結末でそれまでの物語が反転してしまうという重層的な語り。目眩を起こさせる、不思議な味わいの音楽ミステリです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
これまた面白そうですね
妥当な例えが浮かばないのですが、『驚異の発明家の形見函』やロバート・ゴダードの過去語り系の話、『死の泉』などを連想しました。
(ただ、これは反転のあるメタフィクションなんですね)
買ってみようかな…
何が謎なのか、何が物語のキーであるのか分からないまま不可思議な話を聞かされる趣向は「騙り手」系の話や一部サスペンスでときどき見られますが、結局はその語られる内容の面白さが全てということになりますよね。

ところで、少年二人の成長物語かつ数奇な物語というので連想したのが、ピーター・ストラウブの『シャドウランド』なのですが、困ったことにこの作品、なぜかネットでもあまり好意的な評価を目にしないんですよね。。。
個人的には描写や幻想世界と現実世界の捩れかた、心理的な現実をベースにしたような物語展開など、ストラウブ作品の中で実は最も好きなのですが……
自分の読書趣向が変わってるのかもしれないな、と(何だか哀しく(笑))感じるのはこんなときですね。

(変わってること自体は哀しくないが、以後この手の好きな作品を読める機会はあまりないのかもしれないという意味で…(笑))
【2010/02/22 00:36】 URL | Green #- [ 編集]

>Greenさん
そうですね。『驚異の発明家の形見函』なんかと近い感じかもしれません(わりと小粒ですが)。この作品を読んでいて、似ているなと思ったのが、じつはレオ・ペルッツ『最後の審判の巨匠』でした。合理的に謎は明かされず、いく通りもの解釈が可能な結末をむかえる…という、実質は幻想小説ですね。
正直、本格ミステリ好きの人には勧めにくいですが、幻想小説とかアンチ・ミステリーとかが好きな人には楽しめると思います。

『シャドウランド』は未読なんですよね。ストラウブはどうも苦手で、何作も長編を読みかけては挫折しています。『シャドウランド』は挑戦してみようかな。
【2010/02/22 22:15】 URL | kazuou #- [ 編集]

おぉ
表紙がかっこいいですね。さっそくアマゾンで買おうかな(笑)
【2010/03/03 23:38】 URL | 椎葉 #7CAo8R62 [ 編集]

読了
普通に、人生を描いた物語として面白かった感じで、最後2転3転するあたり、喜ぶところなんでしょうけど何だか蛇足と感じてしまいました。
特にエピローグのパートは…このころ、この手の話が流行っていたんでしょうかね…
ただ、主人公の運命が、時代そして音楽・音楽家の運命と重なっていくあたり、とてもうまいなぁと唸りました。説明不足かも…と思う個所もありましたが、総じて面白かったです。それだけに…やっぱりエピローグ(の後半)はなくもがなではないかと。。。
(エピローグの展開は、ちょっとゴダードの「リオノーラの肖像」を思わせるといえばそんな気も)

「復讐のディフェンス」 (ディフェンスって何のこと(スポーツ?)かと思ったら、チェスがらみの話なんですね) も図書館で借りられそうなので、これを機会に借りてみようかと思います。こちらが作者の出世作らしいですしね。

作者、イタリアの方だったんですね。確かにこの手の歴史ものや半生ものは、アメリカよりもヨーロッパに多い感じですが、英国作家といわれても気づかなかったかも知れないくらいこなれてると感じました。
まぁ、イタリア作家を語ろうにも、長編を読んだのはせいぜいブッツァーティとかカルヴィーノ(エーコもいましたか)とかくらいだったように思うので、何も言えないのですが。
【2010/04/11 02:57】 URL | Green #- [ 編集]

短すぎる気も…
確かに「こなれて」ますよね。個人的には、後半部分ももうちょっとふくらませてほしかったな、という気はします。英米作家なら、絶対もっと書込みを増やしますよね。でも、逆に分厚い長編が主流の現代で、あのコンパクトさは逆に評価に値すると思います。「長編」というよりは「中編」と呼ぶべきでしょうか。
【2010/04/11 18:25】 URL | kazuou #- [ 編集]

作家の刻印
「復讐のディフェンス」、先日読了していたのですが、実は「狂った旋律」からさほど間をおかずに読んでしまっていて、これがちょっと失敗でした。間を開けて読んだ方がよかった(といっても、間を開けてしまってこの作品のことを思い出すかというと、それもまた微妙なのですが…)

そうはいっても、この作品、構成法も、筋書きも、描かれる世界も「狂った旋律」とは趣向を変えてあって、考え抜かれてるなぁとは思いました。中盤からはリーダビリティもあったと思います。それなのにと不思議な感じもするのですが、読後感としては、何か同じような作品を読んだという感じがしてしまったんですよね…
作品に影を投げかけているユダヤ人テーマのせいか、背景となっている大戦前後の世界の雰囲気によるものか…何だろう…
【2010/06/14 03:42】 URL | Green #- [ 編集]


「復讐のディフェンス」もひじょうに良く出来た作品だと思うのですが、同じような時代やテーマを扱った作品に比べて、飛び抜けた部分がなかった、ということなのかもしれませんね。
個人的には、すごく好きなタイプの作品ですが…。
【2010/06/15 22:45】 URL | kazuou #- [ 編集]

(付記)
読後の第一印象から、結果的に微妙な書き方になっていたなぁと思うので、両作品、面白く読めたことも一応付記しておこうかと(笑)。
因みに、好みから言えば「狂った旋律」の方が好きでしたが (「ディフェンス」の方は視点が多岐にわたる分感情移入しにくかったのと、チェスものといってもチェスの方になかなか戻ってこないもどかしい展開に若干苛立った面があるのかも…)、いずれも欧州の古色漂う街並みやうらぶれた通りを連想させる雰囲気が、なにより魅力でした。そこに浸っていた分、展開の魅力にはさほど呼応できなかったかな…と。
【2010/06/16 03:06】 URL | Green #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/407-71c176ac
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する