アンソロジーの作り方  北村薫『自分だけの一冊 北村薫のアンソロジー教室』
北村薫のアンソロジー教室
自分だけの一冊―北村薫のアンソロジー教室 (新潮新書 345)
新潮社

by G-Tools

 北村薫といえば、小説作品の他に、アンソロジーの編者としても、いい仕事をしています。そんな彼がアンソロジー作りの楽しみ方について語った本が、『自分だけの一冊 北村薫のアンソロジー教室』(新潮新書)です。
 高校生時代に作ったアンソロジー・リストや、小学生時代に書いたノートの話など、若き日の話から始まって、編集に関わった創元社の《日本探偵小説全集》のエピソード、実際に作ることになったアンソロジーの話など、話題が盛りだくさんで楽しめます。
 本職がミステリ作家だけに、ミステリの話ばかりかと思いきや、俳句や詩の話題なども盛り込んでいたりと、話題は多岐に渡ります。興味のない人にとっては、退屈になりがちな俳句や詩の話題でも、話の進め方やトピックの出し方が上手いので、興味深く読むことができます。
 例えば、名句として記憶していたある句を、ネットで検索してみると、凡句だったというエピソード。記憶違いかと思い、調べていくと、その句が字余りだったために、一字抜けたままネット上に間違って記載されている例が多かったというのです。しかもその一字があるかないかで、その句の意味がまるで変わってしまう…。このあたりの話の進め方は、「謎解き」であり、ミステリ読者には嬉しい趣向です。
 ミステリファンにとって興味深いトピックは、ルヴェルとビーストンの読み比べ、《日本探偵小説全集》編集のいきさつ、《謎のギャラリー》編纂秘話、あたりでしょうか。
 ルヴェルは、近年短編集が刊行されたので、ご存じの方も多いでしょうが、ビーストンはなかば忘れられていますね。ドンデン返しを得意とした短篇作家で、昭和初期にはルヴェルと並んで、当時の探偵作家に強い影響を与えた作家です。あまりに通俗的な設定や、人物描写が薄いなど、かなり古くなってしまっている部分もありますが、ストーリー展開などは、今読んでも面白い作家だと思います。
 《日本探偵小説全集》編集のいきさつの部分では、監修の中島河太郎と、どの作家を入れるか相談したという問題について書かれていますが、ここが非常に面白いです。

 例えば、蒼井雄です。戦前の本格ミステリについて考えた時、蒼井雄の『船富家の惨劇』は落とせない。長編が入るなら、巻名に『蒼井雄』と入る方が自然ではないかと思いますよね。実際、原案ではそうなっていた。確か『浜尾四郎・蒼井雄』だった。
 ところが先生は、《専門作家で名前が巻名にならない人がいるのに、アマチュアの名が出たりすると反発がある》とおっしゃるんです。《全集で、どういう扱いをされるかは作家にとって、とても大きな問題なんだ》と。


 作家の扱いに注意しろという、現実的なアドバイスなのですが、現実に編集をするときには、単純に机上のプランを実現できるわけではない、ということがわかって興味深いですね。

 もちろん実際にアンソロジーを作る際に参考になるアドバイスもところどころに出てきます。

 超傑作ばかりだと、読者が疲れてしまう。駄作ではないんだけれど、《これはいいな》程度のものが入っていないと傑作がきらめかない。

 作品というのは、固定されたものとしてそこに《ある》わけではない。読みによって、その姿を変えるわけです。そこに読書の味がある。

 読み終えて、自分でもアンソロジーを作ってみたくなる…。そんな気にさせる一冊です。
この記事に対するコメント
最近、北村ファン
今日買ってきたところです。
北村薫、私にとってはどちらかというと、詩歌集のアンソロジストですね。
今までありそうでなかった本のように思いました。
【2010/01/17 19:22】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

アンソロジスト北村のファン
これはさっそく買って来なくては。
『謎のギャラリー』編纂秘話も載っているのは嬉しいですね。
実は、北村さんの小説はほとんど読んでいなくて、もっぱらアンソロジストとしての北村さんのファンです。
kazuouさんの仰るように、“話の進め方が謎解き”というのが北村さんの魅力ですよね。
【2010/01/17 19:54】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

>迷跡さん
北村氏のエッセイや評論はどれも面白いですね。詩歌を扱っていても、語り口が上手いので、退屈しません。
読者参加型的な視点で書かれていて、実用性も抜群。ひじょうに眼のつけどろこのよい本だと思います。
【2010/01/17 20:10】 URL | kazuou #- [ 編集]

>タツナミソウさん
僕もじつは、北村氏の小説は読んでないんですよね。でもアンソロジーやエッセイについてはファンです。
この方、もと教師という経歴も影響しているんでしょうけど、語り口がものすごく上手いんですよね。ある作品のすごさや面白さを伝えるときの、言葉の選び方が絶妙だと思います。
短篇ファン、アンソロジーファンなら必読でしょう。
【2010/01/17 20:16】 URL | kazuou #- [ 編集]


ご無沙汰しております。
最近、日下三蔵氏がビーストンを取り上げていて(http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20091124/1259003121)、興味を覚えてちびちび読んでいるところです。確かに通俗風味なんかが古臭くなっていて読みづらいところが多いんですが、ところどころに「おっ」と目にとまる場面とかが出てきて、飽きることがありません。
本書を読めばまた新しい発見や見所が出てきそうですね。私もさっそく買ってきます。
【2010/01/17 22:29】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

>げしさん
ご無沙汰しています。
ビーストン、通俗的といえばそうなんですが、エンタメに徹しているので、今読んでも面白いですね。日下氏が関心を示しているということは、復活もありえるんでしょうか。
本書は、アンソロジーの裏話とかも出て来て面白かったです。一般向けの新書という性格上、ミステリの話題ばかりでないのが残念といえば残念ですが。
【2010/01/18 21:19】 URL | kazuou #- [ 編集]

本が本を呼ぶ楽しみ
kazuouさん、こんにちは。
ここでの紹介文に心惹かれて、北村薫のアンソロジー教室、早速読んでみました。

アンソロジーを読む楽しさって、私は、それからそれへと本が繋がっていったり、気になった作家の別の作品を読んでみようって気にさせてくれたり、そういう本が本を呼ぶ楽しさにあるかなあと思ってたんですが、まさにそうしたことが本書に書かれていて、「うんうん、そうなんですよね」と頷きながら、あっという間に読んでしまっていました。

講演を聞きに来ている人たちの中に、東京創元社の戸川安宣さんがいたり、新潮文庫の編集担当者の方がいて発言されたり、その辺のゲストと著者との対話なんかも楽しくて、わくわくしました。

《日本探偵小説全集》編集のいきさつを語っていく件り。私にとっても、ここは面白かったです。全集に取り上げる作家の選択や、収録作品の配列に心を砕くところなど、アンソロジスト冥利に尽きるというか、舞台裏の苦労と心意気が伝わってきて、読みごたえがあったなあ。

岡本綺堂の《半七捕物帳》シリーズが好きな私は、宮部みゆきと北村薫それぞれの推薦作がほとんど重なっていないってところも、「へーっ、そうなんだ」と意外でもあり、興味を誘われました。「あっ。あの作品を入れたのは、そうか、宮部さん(北村さん)だったのか」という、同じ半七ファンでも贔屓にしている作品が違うんだっていう、そのことが面白くもあり新鮮でもありました。

でもって、本書に挙がっていた本の中から四冊、ネットで注文してしまいました。北村薫さんには、「ああ、おまえも(ネットで注文)か! (古)本屋さんに行って探すとかしないのか」と慨嘆されそうだけれど(苦笑)
【2010/01/20 18:32】 URL | 東の風 #- [ 編集]

>東の風さん
そうですよね。アンソロジーは、他の作家や作品への橋渡しにもなるという点で、読書の楽しみを広げてくれる格好の素材だと思います。
小学生のころから、アンソロジーもどきをやっていたというのは、三つ子の魂百まで、という感じですね。短篇好きの方なら、いちどは自分だけのアンソロジーを考えたことがあると思うのですが、そうした読者としては、すごく楽しい本でした。
ゲストとの会話もそうですが、ところどころなるほどと思わせる箇所があって、薄い新書ながら、充実した本でしたね。

読後、読みたい本が増えた、というのは著者冥利につきると思いますよ(笑)。
【2010/01/20 20:55】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/406-303cd094
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する