清澄なファンタジー  コッパード『天来の美酒/消えちゃった』
4334751970天来の美酒/消えちゃった (光文社古典新訳文庫)
Alfred Edgar Coppard
光文社 2009-12

by G-Tools

 イギリスの作家、アルフレッド・エドガー・コッパード。本邦では、いくつかの怪奇小説の翻訳を通して親しまれてきました。例えば、『アダムとイヴ』『怪奇小説傑作集』創元推理文庫収録)や『消えちゃった』『恐怖の愉しみ』創元推理文庫収録)などは、このジャンルのファンにとってはお馴染みでしょう。
 今回刊行された『天来の美酒/消えちゃった』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)は、1996年刊行の短編集『郵便局と蛇』(西崎憲訳 国書刊行会)に続く、二冊目の作品集になります。

『消えちゃった』 フランスへ旅行にやってきた夫婦ものとその友人。車を走らせているうちに、どことなく不安にとらわれた彼らは、近くの町に立ち寄ります。フランス語もできない友人が、買い物に行ったまま姿を消してしまったのを心配した夫婦は…。
 不安げな雰囲気につつまれた、奇妙な味の作品。なぜ人が「消えて」しまうのか? 結末の素っ頓狂さには一読の価値があります。

『天来の美酒』 親との反目から、独立独歩で生きてきた男ラッチワース。父親の死で財産を受け継いだ彼は、それを機に故郷へと戻ります。蔵にしまわれていた酒をふと飲んでみると、その味わいは絶品でした。残り一本を残して、あっという間に酒を飲み干してしまいます。最後の一本は、おばが亡くなったときに飲もうと誓いを立てます。そんな折り、美しい女性が屋敷を買いたいと、ラッチワースのもとを訪れます…。
 序盤から、まったく予想のつかないストーリーが展開され、結末に至っては奇妙なクライムストーリーに。酒はいったいどこから来たのか? 女性の目的は何なのか? いくらでも深読みのできる、ミステリアスな味わいの作品。

『ロッキーと差配人』 頭が弱いと皆から馬鹿にされているロッキー。しかし彼には不思議な力がありました。牛の疾病に悩む差配人は、駄目で元々だと、ロッキーに治療法を相談しますが…。
 ロッキーの使う魔術の描写がじつに楽しい一編。愛すべきファンタジーです。

『マーティンじいさん』 マーティンじいさんは昔、母親の言ったことを信じていました。最後に墓場に入った者は、奴隷になって他の者に仕えなければならない。愛する姪のモニカが死に、彼女が苦しんでいるのではないかと悩むじいさんは、牧師に助けを求めますが…。
 素朴なマーティンじいさんの願いは届くのか?「死」を扱っていながらも、どこか暖かさにつつまれた一編。

『去りし王国の姫君』 小さな王国を治める姫君は、美しい若者に恋をします。しかし若者は死に、姫君は悲しみに沈みます…。
 清澄なイメージにあふれた詩的な作品です。

『レイヴン牧師』 信徒たちを引き連れて天国の門にやってきたレイヴン牧師。全ての人間が罪のないものかと訊ねる天使に対して、逡巡しながらも牧師は「はい」と答えますが…。
 「いい話」かと思いきや、じつに皮肉な結末へ。単純な善悪問題に帰着させないところにコッパードの思想が垣間見れます。

『おそろしい料理人』 料理の腕は確かながらも傲慢な料理人は、地主の主人以外には、心を許さず、ついには地主夫人までをも罵倒します。解雇を言い渡した主人に対して、料理人はしつこく食い下がりますが…。
 終始、どこか調子外れなトーンで描かれる作品ですが、結末の一瞬に繰り広げられるシーンの美しさは絶品です。

『天国の鐘を鳴らせ』 農家の息子に生まれながら、俳優にあこがれる少年フェントンは、やがて望み通り俳優になります。しかし怪我をきっかけに俳優を諦めたフェントンは、ふとしたことから宗教団体の名演説家として名声を博することになります…。
 少年フェントンの生涯の遍歴を描いた、長めの短篇。宗教的、思想的な要素の強い作品ですが、読みごたえがあります。

 正式な学校教育を受けず、独学で学んだという経歴も影響しているのでしょう。どの作品も先が読めないというか、自由闊達な広がりを持っています。ジャンル分けを拒否する、まさに「ワンアンドオンリー」の作品群。贅沢な読書時間を楽しめます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
消えちゃった!
こんにちは。
こちらで本書が刊行される情報を得て、購入。昨日、読み終えたばかりです。

どの作品も先が読めないというのは、まさにそのとおりですね。
とりわけ面白く読んだ「消えちゃった」などは、ラストで作者に置き去りにされてしまう「ひゃっ!」という妙味もあって、とても面白かったなー。
平井呈一の名人芸というしかない訳文で、『怪談の愉しみ 上』で読んで以来、すごく気に入っている逸品です。
今回、この南條訳で読んでいる道中、なんだか、果てしのない“時間”の中を旅しているみたいな、途方もない気分に駆られました。
ほんと、不思議で、風変わりな奇想の味がします。

版元の光文社古典新訳文庫には、「どんな特別料理を出していってくれるかなー」と、これからも期待したいです。

今は、大森 望が責任編集した『NOVA 1』を読んでいて、ちょっと小休憩して抜け出してきたところ。田中啓文のバカSFの中に、また遊びに戻りまーす。

また、面白そうなアンソロジーや短篇集など、紹介してくださいね。
では、また。

東の風
【2009/12/13 15:24】 URL | 東の風 #- [ 編集]

間違えちゃった!
ごめんなさい。

さっき書いたなかで、平井呈一の編んだ怪奇・幻想アンソロジー本のタイトルが間違っていました。
『怪談の愉しみ 上』ではなく、正しくは、『恐怖の愉しみ 上』(創元推理文庫 ※絶版)ですね。同じ創元推理文庫で読んだ南條竹則訳のアンソロジー『怪談の悦び』と、ゴッチャになっていました(汗)
【2009/12/13 15:35】 URL | 東の風 #- [ 編集]

>東の風さん
東の風さん、こんにちは。
以前はあんまりわからなかったけれど、今回読んでみて、コッパードの「型破りさ」が、すごく魅力的に見えてきました。物語の展開の仕方が、ほんと「天衣無縫」なんですよね。
いちばん気に入ったのが、『天来の美酒』なんですけど、これなんか、同じ題材を使っても、普通の作家が書いたら、まったく違う話になるような気がします。
『消えちゃった』も、以前読んだときはオチだけ印象に残ってましたが、今回読み直してみて驚きました。途中の雰囲気づくりがとんでもなく上手い!
ほんとうに極上の贈り物でした。

怪奇小説アンソロジーは、似たタイトルが多いので間違えますよね(笑)。
【2009/12/13 19:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんばんは。
「消えちゃった」→読んでいるはずなのに思い出せない。
kazuouさんの紹介で面白そうと思ったので
この本を読んで(借りて)みようと思いました。


「買います」と言わない自分は、出版業界に貢献していないと反省してしまいます。
同級生が作家と結婚した時のパーティで幹事さんが「みなさん、彼の本を買わなくても、図書館にリクエストして下さい」と言って、開場が笑いにつつまれていませした。。。
【2009/12/13 19:44】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
コッパード、オススメですよ。この作家に関しては、ほんとうに「古典」の風格があると思います。翻訳の良さもあるんでしょうが、語り口の上手さは絶品です。

リクエストで、図書館が購入するものもありますからね。ただ、本が売れたときに比べたら微々たるものでしょうけど。
古本屋をよく利用する自分もあんまり偉そうなことはいえないのですが、国書刊行会とか論創社とか、マイナーな出版社の本は新刊で買うようにしています。やっぱりいい本を出してくれる出版社にはずっと残っていてもらいたいですから。
【2009/12/13 20:23】 URL | kazuou #- [ 編集]

買いました
きょう買いました。
帯の文句が凄いですね。
――短篇の神。
いやあ、すごい。
読むのが楽しみです。

【2009/12/14 18:17】 URL | タナカ #- [ 編集]

>タナカさん
これは絶対にオススメ。
以前出た国書刊行会の短編集は、少しピンとこないところもあったのですが、今回の短編集は大当たり!天馬空を行くイマジネーションが素晴らしいです。
【2009/12/14 18:45】 URL | kazuou #- [ 編集]

はじめまして
はじめまして。書き込みははじめてですが、随分前から読ませて頂いています。
かなりマニアックな域にはいっていて、個人的にかなり楽しませて頂いています。
ホラーアンソロジー紹介みたいなところは、知らないようなアンソロジーがかなり緻密に載っていて、それだけでも十分に楽しいくらいです。
気になる新刊、もかなり役立たせてもらっています。
コッパードなんか、ここではじめて知りました。
わたしも短篇が好きなのですが、翻訳もののホラー短篇集は売れないようで苦々しく思っています。
古典新訳文庫のコッパードの短篇集は、もちろん買いました。図書館で『郵便局と蛇』を借りてそれが、とてつもなく面白かったので。いいと思ったものは、わたしも基本的に新刊で買うようにしています。
全体から見れば個人がかったものなんて微々たるものなのでしょうが、塵も積もれば山となる、です。

わたしはこういったブログを探して回っているのですが、知っているなかでこのブログは最高に詳しく面白く読めるものです。ボーモントやマシスン、ミステリマガジンの埋もれた傑作を発掘しているところは、みたことがありません。
どうか、これからもどんどんマニアックな作家を紹介し続けてください。


追伸:
わたしも先日から、似たようなブログを作って、現在2回更新しています。機会があればちょいとでも着て頂ければ嬉しいです。このブログに比べたら、かなりショボイものですが。定期的に更新していくつもりです。
【2009/12/18 15:38】 URL | save #eqP7eH0Y [ 編集]

はじめまして
わたしからも、はじめまして。
わたしも翻訳もののホラー短編集、というか
怪奇幻想短編が好きなのですが、
なかなかそのテーマを扱われているサイト、ブログを
見かけないので少々寂しい思いをしていました。
そんなとき、自分と同じfc2のブログの中で、
思いがけずこちらkazuouさんのブログを見つけて、
とても嬉しく思っています。

コッパードはその国書刊行会の「魔法の本棚」の
『郵便局と蛇』を持っているのですが、
光文社古典新訳文庫のこちらもまた
素晴らしいラインナップですね。
kazaouさんのレビューが素敵です。
南條竹則さんの翻訳だし、これは買わねばと、
こちらのリンクからAmazonへ飛んで発注しました。

のこれからもちょくちょく拝見させていただきたいと
思います。
 
【2009/12/18 19:49】 URL | progfanta #2oWVJYvU [ 編集]

>saveさん
saveさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

コッパードがお好きだとは嬉しいですね。知る人ぞ知る作家、という感じでしたので、今回文庫で、短編集が出たのも嬉しいような悲しいような…(もちろん嬉しいですが)。
saveさんのブログも拝見させていただきました。好まれる作家の傾向が、僕と似ているようなので、とても親近感を感じます。
これからも、どうぞよろしくお願いしますね。
【2009/12/18 22:50】 URL | kazuou #- [ 編集]

>progfantaさん
progfantaさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

一日に二人も、コッパード好きな方に会えるとは驚きです!
コッパード、とてもいい作家ですよね。『郵便局と蛇』が出版されたときは、もう嬉しくてしょうがなかったのを覚えています。最初に読んだコッパード作品はたぶん、平井呈一訳の『消えちゃった』なのですが、同じ本に収録されていた他の作家のゴースト・ストーリーとは一線を画した語り口に魅了されてしまいました。
そういうわけで、今回の短編集も期待しつつ読んだのですが、期待以上の素晴らしさで、コッパードの魅力を再確認する結果となりました。この作品集で、コッパードのファンが増えることを祈りたいです。


ミステリやSFのファンはわりといるけれども、怪奇幻想文学(とくに翻訳もの)のファンって、あまりいないので、同好の士に会えると、とても嬉しいです。これからも、よろしくおつきあい願います。
【2009/12/18 23:01】 URL | kazuou #- [ 編集]

ありがとうございます
kazuouさん、当ブログにもお越しくださり、ありがとうございました。
よければリンクをさせていただければ嬉しく思います。

私も初コッパードは『恐怖の愉しみ(上)』の『消えちゃった』でした。
平井呈一さんの訳も素晴らしく、奇妙な味わいも格別の作品です。

amazonから『天来の美酒/消えちゃった』が届くのが愉しみです。
【2009/12/19 00:29】 URL | progfanta #2oWVJYvU [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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