欧米の怪奇小説をめぐって  怪奇小説の三大巨匠
M・R・ジェイムズ怪談全集〈1〉 (創元推理文庫) 怪奇クラブ (創元推理文庫 F マ 1-1) 白魔 (光文社古典新訳文庫) 心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿 (創元推理文庫) ブラックウッド傑作

 欧米怪奇小説の三大巨匠として、名前が挙げられるのが、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、アーサー・マッケンの三人の作家。人によっては、ラヴクラフトや、他の作家を加えて四大巨匠とする場合もあったりするようですが、上記三人に関しては、ほぼ衆目が一致しています。
 幸い、日本でもこの三人は翻訳があり、主だった作品にふれることができます。ジェイムズに関しては、作品数が少ない関係もあり、ほぼ全作品を読むことができます。
 今回は、この三大巨匠に関して、一通り見ていきたいと思います。

 まず、M・R・ジェイムズから。三人の中では、最も怪談らしい怪談を書いた作家といえるでしょう。本職は学者で、怪奇小説は余技として書かれました。純粋に趣味で書かれたという経緯もあり、いい意味でのアマチュアリズムが感じられます。
 平凡な日常から、だんだんと怪異が起こっていく様を丁寧に描いていく、という手法は、現代の「モダンホラー」の源流とも位置づけられています。クライマックスに幽霊が出現したり、怪奇現象が発生したりするのですが、そのクライマックスに向かって、淡々と物語を盛り上げていく演出はまさに絶品。
 学者だけに、舞台を学校や古い遺跡にとったり、主人公が研究者だったりするのも、雰囲気を高めるのに一役買っています。
 作品は、長編ファンタジー『五つの壷』を除けば、全て短篇の怪奇小説です。魔女狩りをテーマにした『秦皮の樹』、あるはずのない部屋をめぐる『十三号室』、奇怪な銅版画をめぐる奇譚『銅版画』、ジェイムズにしては動きのある、オカルト小説『人を呪わば』など。
 創元推理文庫の『M・R・ジェイムズ怪談全集』(全2巻 紀田順一郎訳)で、その全貌がつかめます。

 アーサー・マッケンは、三人の中でもっともユニークな作家でしょう。彼の作品に現われるのは、牧神であったり妖精であったりと、人ならざるものたち。しかもそれらは「可愛らしい」ものではなく「邪悪」なものなのです。触れてはいけない超越的な存在に触れてしまった人間はどうなるのか? そんなテーマに憑かれた作家です。しかし作者自身、それらのものたちへの「官能性」に惹かれているところに、一種なまめかしい魅力もあるのです。
 宗教的、秘教的な面が強く、その面があまりに強く出てしまっている作品はかなり読みにくいため、読者を選ぶところがあります。かって出ていた『アーサー・マッケン作品集成』(全6巻 平井呈一訳 牧神社、後に沖積舎より復刊)で、主だった作品が読めますが、格別のファンでない限り、読み通すのは難しいかもしれません。
 最近刊行された『白魔』(南條竹則訳 古典新訳文庫)もなかなかいいセレクションなのですが、まず読むべきは、代表作とも言える短篇『パンの大神』(平井呈一訳『怪奇小説傑作集1』収録)、スティーヴンソンの『自殺クラブ』を意識したという、連作短篇『怪奇クラブ』(平井呈一訳 創元推理文庫)でしょう。
 『パンの大神』は、脳外科手術の失敗で白痴と化した娘が牧神の子供を身ごもり、その娘が男たちを破滅させる…という物語。『怪奇クラブ』は、主人公たちが大都市ロンドンで出会う怪異を描いた連作短篇小説。なかでも『白い粉薬のはなし』のインパクトが半端ではありません。
 これらの作品を読んで、マッケンが気になるようになった方は、『作品集成』に進まれるとよいかと思います。

 アルジャーノン・ブラックウッドは、三人の中でもっとも作品数が多いため、未訳の作品も多数あります。知名度もいちばん高い作家でしょう。純粋に怪奇小説を「生業」にしたという点でも、特筆すべき作家だといえます。
 全体に汎神的、神秘主義的な傾向が強く、大自然や運命に対する畏敬の念が、たびたび作品の中に現れます。そのせいもあって、背景描写に独自の魅力が感じられます。例えば、『柳』(宇野利泰訳『幻想と怪奇1』ハヤカワ・ミステリ収録)や『ウェンディゴ』(紀田順一郎訳『ブラックウッド傑作選』創元推理文庫収録)といった自然を背景にした作品では、怪異そのものよりも、舞台となる自然の描写だけでも「怖く」なります。
 翻訳はたくさんあるのですが、ほとんどが絶版で、手に入りやすいものというと、『ブラックウッド傑作選』(紀田順一郎訳 創元推理文庫)と『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』(植松靖夫訳 創元推理文庫 角川ホラー文庫版は『妖怪博士ジョン・サイレンス』)ぐらいでしょうか。
 『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』は、オカルトに通暁する医師、ジョン・サイレンスが巡り会う不可思議な事件を描いた連作短篇です。萩原朔太郎の『猫町』と比較されることもある『いにしえの魔術』『秘密の崇拝』『犬のキャンプ』あたりが力作ですね。
 『ブラックウッド傑作選』『ジョン・サイレンス』の収録作品が、かなり密度の濃い作品ばかりなので、ブラックウッドってこういう作家なんだと思いがちなのですが、意外とオーソドックスな怪談も多数書いています。例えば『幽霊島』『世界恐怖小説全集2』東京創元社)に収められた諸作品を読むと、それがよくわかります。呪いの人形をめぐる怪奇譚『人形』、ふと泊まったホテルの部屋での戦慄を描いた『部屋の主』、ヴァイオリンに執着する男の生霊を描く『片袖』など、エンタテインメントとしての完成度が非常に高くなっています。
 怪奇小説とはまたベクトルが違うのですが、長編『ジンボー』(北村太郎訳 月刊ペン社)、『妖精郷の囚われ人』(高橋邦彦訳 月刊ペン社)は、愛すべきファンタジーに仕上がっています。とくに『妖精郷の囚われ人』は、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』とも通底する作品なので、日本人には親しみやすい作品かと思います。
 比べて『ケンタウルス』(八十島薫訳 月刊ペン社)は、かなり思想色が強い作品なので、読者を選ぶところがありますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
相互リンクのお願い
突然のコメント失礼致します。
小説のサイトを運営している者なのですが、失礼ながら、相互リンクしていただきたくて、コメントさせていただきました。
もしよろしければ、相互リンク登録していただけましたら幸いです。
http://hobby.link-z.net/novel/link/register

ご迷惑でしたら申し訳ございません。よろしくお願いします。
yLu
【2009/12/06 14:39】 URL | 相互リンクのお願い #Eu7sNn1I [ 編集]


こんばんは。
kazuouさんの紹介を読んでたら、私は全然読んでないなぁ~
ブラックウッドは「ジョン・サイレンスもの」で飽きてしまった部分があるのでですが、「幽霊島」読んでみようかしら?(読んでいるかすら覚えていない)という気になりました。
【2009/12/06 18:06】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
たぶん、わが国でいちばん読まれたブラックウッドの本って創元の『ブラックウッド傑作選』だと思うのですが、あれって今考えると、かなり重厚な作品が集めてあるんですよね。『ジョン・サイレンス』も多少その傾向があって、ブラックウッドって読むのが面倒くさい、って思ってました。
でも最近、ブラックウッドの怪談集を何冊が読みなおしてみて、以前よりもずっと面白く読めたんですよね。「娯楽怪談作家」としてのブラックウッド、とでもいいますか、そうした面での紹介をもっとしてほしいなあと思ってます。
【2009/12/06 18:55】 URL | kazuou #- [ 編集]

こんばんは
 私の怪談嗜好の入り口となったのはM.R.ジェイムズでした。創元の「傑作選」で、やはり「トネリコの木」を読んでこの道(笑)に入りました。「ハンフリーズ氏とその遺産」も印象的な作品だと思っています。

 マッケンは・・・苦手です(笑)。とにかく「重い」ですよね。読後の後味の悪さが、やはりその手の好事家のツボを刺激するのでしょうか。

 ブラックウッドは、まだまだ未訳のものも多いようですが、おっしゃる通り私も彼の「自然描写」を特に評価したいです。代表作は選者それぞれの思い入れはあると思いますが、私は「ランニング・ウルフ(メディシン湖の狼)」を強く推したいですね。純文学としてもとても印象的な好作品だと思います。

 ところで・・・・バレイジの短編集はなかなか出ませんナ~~
【2009/12/06 19:24】 URL | Whisper #- [ 編集]

>Whisperさん
ジェイムズはどれを読んでもいいというか、どれも高水準の作品ですよね。『ハンフリーズ氏とその遺産』もいい作品だと思います。いちばん好きなのは『人を呪わば』なんですけど。
マッケンは、厳密に言うと「怪奇小説」からは少し外れるような気もします。ワンアンドオンリー、な作家ですね。癖がありすぎて、一般読者にはちょっときついかもしれないですね。
『ランニング・ウルフ』もいい作品ですね。やっぱり自然を舞台にした作品の方が、ブラックウッドは傑作が多いように思います。

バレイジ作品集は僕もぜひ出てほしいと思ってます。国書の『魔法の本棚』みたいなシリーズがまた企画されればあるいは…、と思ってるんですが。
【2009/12/06 21:43】 URL | kazuou #- [ 編集]

マッケン…
最近『白魔』を読み終えて、しきりに感心していたら、妻が自分の本棚から『アーサー・マッケン作品集成』(牧神社のほう)を取り出してきて、机の上にポンと重ねてくれました。
好意はありがたいのですが、ちょっとプレッシャーかも。
まだ1ページも開いていない…
【2009/12/06 21:43】 URL | 迷跡 #U4pNx0Bc [ 編集]

>迷跡さん
うわあ、『アーサー・マッケン作品集成』を揃えている奥さんも凄いですね。僕も以前読破しようとしたのですが、挫折しています。相当波長が合わないと、マッケンはなかなか読めないですよね。
【2009/12/06 21:50】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんばんわ。
今、手元に創元推理文庫の「M・R・ジェイムズ傑作集」がありまして、1978年に購入して以来、「枕元の書」として何度も読み返し、今では座右に無くてはならない一冊になっております。
一読、強烈な印象を残すジェイムズの作品のなかにあって、私が愛して止まないのは、「一夕の団欒」です。この作品の魅力は、その題名にもあるようにお祖母さんのお化けばなしに固唾を飲んで聴き入る愉しさに溢れていることにあります。M・R・ジェイムズといえば、その作品を発表する際に、大学の同僚たちに語って聞かせたときいておりますが、この作品にはそんなジェイムズの「昔がたり」への憧憬と愛情が満ち溢れ、読む者に「怪談の愉しみ」を与えてくれます。
編み物をするお婆さんの膝元へ集まる孫たちとともに、お婆さんのとっときの怖い話に夢中になり、ときおり交わされるお婆さんと孫たちのユーモラスなやりとりに嬉しくなってニヤニヤしたりして、おはなしが終わって寝床へ追い立てられる孫たちを横目に、こちらもグッスリ気持ちよく寝られること請け合いの一編だと思います。
そしてこのお話に続くのが「ある男がお墓のそばに住んでました」というのがいいですね。
以上、調子にのって長々と書き連ねてしまいました。失礼致しました。

【2010/08/29 05:53】 URL | jetymgc #- [ 編集]

>jetymgcさん
jetymgcさん、こんにちは。
ジェイムズ作品はどれも手堅くて、これといった駄作がないとは思いますが、『一夕の団欒』がお好きだとは、じつに渋いですね。
ジェイムズ作品の魅力は、やっぱり怪談が好きでたまらないと感じさせてくれる、あの語り口だと思います。個人的には、『銅版画』『秦皮の木』『十三号室』『人を呪わば』あたりの作品が好きです。
【2010/08/29 20:20】 URL | kazuou #- [ 編集]


はじめまして・・・

マッケンは私も好きなのですが
一冊を読み終えるのが長い!
必死によんでいるのにページが進んでくれないんです。
マッケンのあの読みにくさって何なんでしょうね・・・
【2012/05/01 21:44】 URL | sem #- [ 編集]

>semさん
semさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

マッケンは、かなり癖がある作家ですよね。いちばん読みやすいであろう『怪奇クラブ』でさえ、読みにくいぐらいなので。
でも、あの読みにくさ、というかもどかしさみたいなものも、マッケンの味ではないかと、個人的には思っています。
【2012/05/03 08:32】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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