欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその3
恐怖の1ダース (1980年) (講談社文庫) 恐怖通信 (〔1〕) (河出文庫) イギリス恐怖小説傑作選 (ちくま文庫) 乱歩の選んだベスト・ホラー (ちくま文庫) ロアルド・ダールの幽霊物語 ウィリアム・ワイマーク ジェイコブズ
 中田耕二編『恐怖の一ダース』(出帆社 後に講談社文庫で再刊(一部差し替えあり))は、「恐怖」の範囲を広くとったものか、サスペンスやミステリ調の作品も多く含まれています。コーネル・ウールリッチ、 ロス・マクドナルド、レイモンド・チャンドラーが出てくる怪奇アンソロジーというのも珍しいですね。収録作品中では、暗示を多用した幻想小説『塔』(マーガニタ・ラスキー)が秀作。
 比べて、同じく中田耕二編の『恐怖通信』(河出文庫 全2巻)は、娯楽性重視の楽しめるアンソロジーに仕上がっています。ロマンスの味の濃い『犠牲(いけにえ)の年』(ロバート・F・ヤング)、淡々としたタッチが戦慄度を高める『おぞましい交配』(ウイリアム・バンキアー)、民話風のファンタジー『猫の王さま』(スティーヴン・V・ベネット)、人を喰った奇妙なコメディ『ヘンリー・マーティンデールと大きな犬』(ミリアム・アレン・ディフォード)など。
 橋本槙矩編による二冊のアンソロジー『猫は跳ぶ イギリス怪奇傑作集』(福武文庫)と『イギリス怪奇傑作集』(福武文庫)は、量・質ともにハイレベルなアンソロジーです。レ・ファニュ、コナン・ドイル、ヘンリー・ジェイムズ、H・G・ウエルズと、収録作品はクラシックかつオーソドックスな作品が中心なのですが、時折はさまれる異色作の存在がアンソロジーをピリリと引き締めます。『猫は跳ぶ』では、『月に撃たれて』(バーナード・ケイペス)、『イギリス怪奇傑作集』では、『園芸上手』(R・C・クック)がそれにあたります。とくに『園芸上手』は、ある意味馬鹿らしい設定を使いながらも、恐るべき筆力で読ませられてしまう意欲作。この作品のためだけでも、このアンソロジーを読む価値があります。
 西崎憲編『怪奇小説の世紀』(国書刊行会 全3巻)は、未訳だった名作怪談を集めた感のある、重量級のアンソロジーです。悪夢のような『夢魔の家』(エドワード・ルーカス・ホワイト)、民族色豊かなノルウェー作家の異色作『岩のひきだし』(ヨナス・リー)、カトリックの禁忌をテーマに生かしたゴーストストーリー『アルフレッド・ワダムの絞首刑』(E・F・ベンスン)、不思議な力のある兜をめぐる奇譚『ターンヘルム』(ヒュー・ウォルポール)、リドル・ストーリーの名作『失われた船』(W・W・ジェイコブズ)など、傑作佳作揃いのアンソロジー。怪奇小説好きなら、ぜひ手元に置いておきたいシリーズです。
 南條竹則編『イギリス恐怖小説傑作選』(ちくま文庫)は、この編者らしい、凝ったセレクションのアンソロジー。いさかかとっつきにくい作品があるものの、H・G・ウエルズ『不案内な幽霊』とエルクマン=シャトリアン『人殺しのヴァイオリン』の二作品は、非常に物語性が強く楽しめる作品です。
 岡達子編『イギリス怪奇傑作集』(現代教養文庫)は、イギリスのオーソドックスな怪談を集めた、地味ながら手堅いアンソロジー。ただ収録作品は、他で読めるものが多いです。『ビュイックにつきまとう声』(アン・ブリッジ)、『ウォッチャー』(J・シェリダン・レ・ファニュ)あたりが読みどころでしょうか。
 森英俊・野村宏平編『乱歩の選んだベスト・ホラー』(ちくま文庫)は、江戸川乱歩が随筆「怪談入門」でとりあげた作品を集めたというアンソロジーです。もともと「怪談入門」は、乱歩が自身の「入門」について書いたものなので、今となってはアンソロジー・ピースとなっている定番作品が多くとりあげられています。結果として、このアンソロジーでも『猿の手』『蜘蛛』という、超有名作も多くなってしまっているのが残念ですが、この企画でなければ拾われなかったであろうマイナー作品、『専売特許大統領』(W・L・アルデン)などが読めるのが嬉しいところです。
 ロアルド・ダール編『ロアルド・ダールの幽霊物語』(ハヤカワ文庫NV)は、短編の名手として知られるダールが、テレビのオムニバス企画のためにセレクションした原作小説をまとめてアンソロジーにしたもの。文学的香気の高い、上質のゴースト・ストーリー集になっています。情感にあふれる書き手として知られるA・M・バレイジの作品『遊び相手』『落葉を掃く人』、時間をめぐるファンタスティックな怪談『クリスマスの出会い』(ローズマリー・ティンバリー)あたりが印象に残ります。
 翻訳家であり、アンソロジストでもある風間賢二の編んだアンソロジーは、収録作品の質といい丁寧な解説といい、どれもひじょうにコストパフォーマンスのいいものに仕上がっています。怪奇小説を扱ったものとしては、『フランケンシュタインの子供』(角川ホラー文庫)、『天使と悪魔の物語』(ちくま文庫)あたりが挙げられます。『クリスマス・ファンタジー』(ちくま文庫)もファンタジー寄りですが、ホラー的な作品もいくつか収録されています。
 『フランケンシュタインの子供』は、タイトル通り「フランケンシュタイン」をテーマにしたアンソロジーです。『フランケンシュタイン』の原作者メアリー・シェリーの短編二編をはじめ、ジェローム・K・ジェロームの人形怪談『ダンシング・パートナー』、ロボットと人間のふれあいを描くヒューマニスティックなSF短編『愛しのヘレン』など、バラエティ豊かなセレクションになっています。
 『天使と悪魔の物語』は、これまたタイトル通り、天使と悪魔を扱った作品をそれぞれ集めています。悪魔編は、だいたいが「悪魔との契約」をテーマにした作品で、その意味ではあまり新しさはないのですが、人間と悪魔とのやり取りに工夫を凝らしたものが多く、楽しめる作品が多くなっています。わが国の芥川龍之介『煙草と悪魔』を入れているのもにくいところ。パターン化した感のある悪魔編に比べ、天使編の方がよりユニークな構成になっていますね。『天使』(アンデルセン)、『不条理の天使』(エドガー・アラン・ポオ)、『落ちてきた天使』(ジョン・コリア)など。アナトール・フランスの長編『天使の反逆』の抜粋を入れているのも面白い試みです。
 『クリスマス・ファンタジー』は、クリスマスをテーマにしたアンソロジーで、トーンは全体に明るめなのですが、サンタクロース伝説を扱ったファンタジー『道』(シーベリイ・クイン)と、メタフィクショナルな構成を持つ、入り組んだユーモア怪談『サーロウ氏のクリスマス・ストーリー』(ジョン・ケンドリック・バングズ)は必読。

 アンソロジーその4に続きます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
もりだくさん!
いやぁー
結構あるもんですねぇ~
自分がどれくらい読んだのかが分からなくなりました。
次々の紹介期待しています!
【2009/07/30 20:11】 URL | fontanka #- [ 編集]

壮観・・・!
いやいや、まさに「総括」ですね。カユいところまで網羅しており素晴らしいですね。

怪談の本質は内容以上に「語り口」。「猿の手」も「信号手」も「ブライトン街道にて」も、訳者によって伝わってくる雰囲気は明らかに違いますよね。

大御所のキングやラウグラフトだけでなく、このようなアンソロジーにのみ挙げられている飛沫作家を愛する方々がいらっしゃることを(コメント欄を見て)再認識させて頂けるだけで、この項は私にとって大成功です!

ありがとうございましたぁ!!!

【2009/07/30 21:48】 URL | Whisper #- [ 編集]

>fontankaさん
いやあ、自分でもそろそろ収拾がつかなくなってきました。モダンホラー系のアンソロジーはあとでまとめて紹介するつもりなのですが、それを差し引いても、クラシック系のアンソロジーがまだ紹介しきれません。
怪奇系のアンソロジーは、いいものが多いんですけど、絶版が多いんですよね。「その2」と「その3」で紹介した本は、ほとんど絶版なんじゃないでしょうか。ひじょうにもったいないです。
【2009/07/30 21:53】 URL | kazuou #- [ 編集]

>Whisperさん
お褒めにあずかり、恐縮です。
大御所作家の作品はもちろん素晴らしいけれど、マイナー作家たちにもキラリと光る作品がある。僕もWhisperさんと同じく、マイナー贔屓なので、そういっていただけると嬉しいです。

「語り口」が重要、というのは僕も同感です。クラシック怪談なんて、あらすじにまとめたら、大したことのない話だったりしますしね。小説の神髄は怪談にあり、なんて言った人もいましたが、むべなるかな、というところです。
【2009/07/30 22:02】 URL | kazuou #- [ 編集]


たまたま「園芸上手」読み直そうと思って「イギリス怪奇傑作集」よんだんですが、コッパード(コパード)の「ハンサムなレディ」がすごく良かったんです。
ブログに書きますけど。
私、他にも読みたいなと調べるまで「消えちゃった」の人だと気が付きませんでした。
【2010/08/11 21:39】 URL | fontanka #JalddpaA [ 編集]

>fontankaさん
コッパードは、厳密に言うと「怪奇小説」とは言えない作品が多いですけど、ジャンルがどうこう以前に面白いですよね。『怪奇小説傑作集3』に入っていた『アダムとイヴ」なんてのも好きでした。
【2010/08/13 09:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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