欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその2
怪奇幻想の文学 幻想と怪奇1 幻想と怪奇2 恐怖と幻想 怪奇と幻想
 『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)と同時期もしくはそれ以前で、重要な怪奇小説アンソロジーといえば、『怪奇幻想の文学』(全7巻 新人物往来社)と『幻想と怪奇』(都筑道夫編 ハヤカワ・ミステリ 全2巻)、『恐怖と幻想』(矢野浩三郎編 全3巻)が挙げられるでしょう。
 『怪奇幻想の文学』は、荒俣宏と紀田順一郎が、平井呈一を監修として企画したアンソロジーで、今でもこれだけの質と量を誇るアンソロジーはないんじゃないでしょうか。各巻がテーマ別になっているのが特徴で、例えば1巻は「真紅の法悦」と題して吸血鬼小説を、2巻は「暗黒の祭祀」と題して、黒魔術を扱った小説を集めています。4巻目までは、わりと正統派の英米怪奇短編を集めているのですが、後に増補された5~7巻のセレクションがかなり凝っているのが印象的です。
 5巻「怪物の時代」は、怪物をテーマにしたセレクション。『恐怖の山』(E・F・ベンスン)、『ウイリアムスン』(H・S・ホワイトヘッド)、『沼の怪』(J・P・ブレナン)、『海魔』(ゲアハルト・ハウプトマン)など。この巻から、フランスやドイツの作家も混じってきます。
 6巻「啓示と奇蹟」は、『ジュリアン聖人伝』(フローベール)、『聖母の軽業師』(アナトール・フランス)などの聖人譚、サンタクロースを扱った『道』(シーベリイ・クイン)、『郵便局と蛇』(A・E・コッパード)などの宗教的ファンタジーを扱っています。
 そして最終巻7巻「幻影の領域」が、これまた独自のセレクションになっています。『死んでいる時間』(マルセル・エイメ)、『黒い玉』(トーマ・オウエン)、『続いている公園』(フリオ・コルタサル)、『白いひと』(フランシス・ホジスン・バネット)などの異色作に混じりながらも、さらに異彩を放つ『宇宙を駆ける男』(ロバート・リンドナー)が、いちばんの要注目作です。これはなんと精神を病んだ男のドキュメンタリーなのですが、その妄想はほとんどスペース・オペラの域に達していて、物語としても一級品になっているのです。
 収録作品の充実度はもちろん、各巻の懇切な序文と解説も読みどころです。種村季弘、澁澤龍彦、紀田順一郎、由良君美らによる論考は非常に読みごたえがあります。さらに最終巻には怪奇幻想文学の年表がついているなど、通して読めば欧米の怪奇小説の流れをつかめるという、非常に質の高いアンソロジーです。今では入手難になっていて、古書でも揃いで2~3万はするようですが、その位出しても惜しくないぐらい良質のアンソロジーだと思います。
 『幻想と怪奇』(都筑道夫編 ハヤカワ・ミステリ 全2巻)は、前回の記事でも紹介した『幻想と怪奇』(仁賀克雄編 ハヤカワ文庫NV)と同名タイトルですが、内容はまったく異なります。1956年発行と、おそらくわが国最初期のアンソロジーになりますね。
 1巻目は、『緑茶』(レ・ファニュ)、『上段寝台』(F・マリオン・クロフォード)、『アムワース夫人』(E・F・ベンスン)など、わりとオーソドックスな怪談を集めています。なかでは、性的な幽霊に取り憑かれる『魅入られたギルディア教授』(ロバート・ヒチェンズ)が、ユニークな味付け。2巻目は、三つの願いを描いた超有名作『猿の手』(W・W・ジェイコブス)、ロボット怪談の古典『マクスンの人形』(アンブローズ・ビアース)などに混じって、『開いた窓』(サキ)、『蛇』(ジョン・スタインベック)、『ミリアム』(トルーマン・カポーティ)などが入っているのが特徴。厳密には怪奇小説とは言いがたい『蛇』『ミリアム』を入れたところに、当時のアンソロジーとしては、新しさがありました。
 『恐怖と幻想』は、主に『ミステリ・マガジン』に訳載された怪奇短編を集めていますが、それだけにひねりのきいた作品が多く集められており、楽しめます。後に内田善美の漫画作品『星の時計のLiddell』の原案となった『家』(アンドレ・モーロワ)、どこか詩的な雰囲気を持つ『十三階の女』(フランク・グルーバー)、ディケンズの珍しい合作作品『殺人事件公判』(チャールズ・ディケンズ& チャールズ・コリンズ)、ユニークな吸血鬼を登場させた『噛む』(アントニー・バウチャー)、陽気な幽霊物語『幽霊船』(リチャード・ミドルトン)など。良質なアンソロジーです。
 『恐怖と幻想』を母体にして再編集されたのが『怪奇と幻想』(矢野浩三郎編 角川文庫)ですが、収録作品が大分変更されているので、ファンなら両方揃える必要がありますね。こちらも良いアンソロジーです。ことに3巻は、予知能力をもつ少年の悲劇を描く『木馬を駆る少年』(D・H・ロレンス)、偏執狂的な母親に育てられる少女を描くサイコ・スリラー『ロバータ』(チャールズ・ボーモント)、義眼をめぐる怪奇譚『義眼』(ジョン・K・クロス)など、佳作揃いです。
 かって刊行されていたハヤカワSFシリーズは、SFの叢書ですが、何冊か怪奇小説のアンソロジーが含まれていました。『宇宙の妖怪たち』(ジュディス・メリル編)と『宇宙恐怖物語』(グロフ・コンクリン編)の二冊です。
 『宇宙の妖怪たち』は、SF的なテーマによる恐怖小説のアンソロジー。狼男小説の新機軸『狼は泣かず』(ブルース・エリオット)、スラップスティックな妖怪物語『男が悲鳴をあげる夜』(フリッツ・ライバー)、常人とは異なる思考方法を持つ男の物語『ある思考方法』(シオドア・スタージョン)など。今読んでも面白い作品が目白押しですが、時間の檻に閉じ込められた男がそこから脱出しようとする様を描く『倦怠の檻』(リチャード・R・スミス)が、飛び抜けた面白さ。
 『宇宙恐怖物語』は、恐怖小説というよりは、サスペンス味の強いSF作品を多く集めています。異星人に作られたロボットに間違えられた男の逃避行を描く『にせ者』(フィリップ・K・ディック)、無限に膨らんでいく宇宙生物「ひる」をめぐる『ひる』(ロバート・シェクリイ)、不条理な悪夢から抜け出せない男の物語『悪夢の兄弟』(アラン・E・ナース)など。名作揃いなのですが、収録作品は他の本でも読めるものが多いです。
 ヒッチコック編『私が選んだもっとも怖い話』(後に『一ダースの戦慄』に改題再刊 徳間書店)は、ヒッチコック好みのツイストのきいたホラーが集められています。『幽霊ハント』(H・R・ウェイクフィールド)、『羽根を持った友だち』(フィリップ・マクドナルド)、『ぼくはだれだ!』(リチャード・マシスン)、『悪夢のなかで』(ロバート・アーサー)など。

 アンソロジーその3に続きます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
こ、これは総括!?♪
怪奇小説が不遇だとは思わないケド・・・・
皆様、各自自分の趣味がセまいのカナ?(笑)

本ブログでは、多くの名作が指摘されていると思います、流石!!

あ~、お願いですからバレイジの未発表の短編集、どこぞで出版してくだちゃい(笑)
【2009/07/23 22:07】 URL | Whisper #- [ 編集]

多分・・・
『怪奇幻想の文学』、収録されている話もさることながら、kazouさんの仰るとおり
解説が素晴らしいですね。
更にクロス装函・全7巻版には「幻想ギャラリ―」のチラシ、その裏には中島河太郎さんを
最初にいろんな方々のエッセイがあり、このチラシがまた面白いのです。
(VI巻は窪田般彌さんによるシュペルヴィエル!!)


> 1956年発行と、おそらくわが国最初期のアンソロジーになりますね。

怪奇幻想としての最初期のアンソロジーは多分、岡本綺堂による『世界怪談名作集』
(改造社)1929年ではないかと思われます。
それ以前もポツポツと短編小説集の中でいくつかの作品が紹介されているようですが
中身といい訳(誤訳を指摘する声もあるけれど)現在でも見劣りしないと思います。
河出文庫でまだ購入可能みたいですね。
【2009/07/23 23:36】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

無いようで、ある・・・?
改めて、kazuouさんの知識の深さに感銘をうけております。
意外に(?)ホラーの短編集ってあるんですねぇ・・・・
(いえ、もちろん、少ないとは思うんですが)

ちなみに、「幻想と怪奇」ハヤカワのポケミスと文庫→タイトルが違っているんだと、ずっと思ってました(もっているにも関わらずです)
文庫の方は、最初2冊組だと思って持っていたのですが、ある時古書店で3冊セットを見つけて購入という経緯があります。
うーーん奥が深いです。
【2009/07/24 22:10】 URL | fontanka #- [ 編集]

>Whisperさん
「総括」というほどではないですが、欧米の怪奇小説について、一通りの流れを記事にしていきたいなと考えてます。

バレイジはいい作家ですよね。しっとりと情感が豊かで味わい深いゴーストストーリーを書く作家だと思います。
【2009/07/25 07:04】 URL | kazuou #- [ 編集]

>shenさん
まだ怪奇幻想ジャンルにおけるリファレンス的な本があまりなかった時代、『怪奇幻想の文学』の序文や解説は貴重な情報源でした。最終巻の作品年表を見て、どんな作品なんだろうとワクワクしたものでした。

「わが国最初期」ではなく「戦後最初期」というべきでしたでしょうか。ご指摘ありがとうございます。綺堂の『世界怪談名作集』は、今でも充分味読に耐える素晴らしい訳だと思います。翻訳にしろ実作にしろ、綺堂の文章って、おそろしくこなれてますよね。あの文章力は驚異的だと思います。
【2009/07/25 07:09】 URL | kazuou #- [ 編集]

>fontankaさん
過褒なお言葉、ありがとうございます。
たしかに、昔からものすごいブームになることはなかったにせよ、怪奇幻想ジャンルのアンソロジーや本って、コンスタントに出ているんですよね。少数ながら根強いファンがいたことの証左でしょうか。

ポケミスと文庫の『幻想と怪奇』って間違えやすいんですよね。しかも文庫版の方は、全3巻のうち、3巻目だけが絶版の時期があったりしたので、余計にややこしくなってました。基本的には文庫の方は、異色作家中心、ポケミスの方はクラシック怪談が中心になっているので、タイトルはともかく内容的には大分異なりますね。
【2009/07/25 07:29】 URL | kazuou #- [ 編集]

かなり
同じようなタイトルが多いので、だんだん混乱してきました。
これではタイトルから内容を推測するのは難しいですね。
『怪奇幻想の文学』面白そうです。古書で探すのは苦しそうなので、図書館…でしょうか。
とりあえず、『幻想と怪奇』(ハヤカワ文庫のほう)を三冊まとめ買いしたので、読むぞっっ!って感じです。
【2009/07/28 00:01】 URL | green-flow #- [ 編集]

>green-flowさん
そうなんですよ、1970年代ごろまでの怪奇系アンソロジーって、ほんとうによく似たタイトルが多くて混乱します。でも目利きの編者が選んでいたものが多いだけあって、収録作品は今読んでも面白いものが多いと思いますので、読む機会があったらぜひ。
『怪奇幻想の文学』は、『怪奇小説傑作集』を除けば、日本では最良のアンソロジーだと思ってます。このシリーズはなんらかの形で復刊していただきたいですね。
【2009/07/28 12:32】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/381-16e8133d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

「幻想と怪奇 1」/「新・幻想と怪奇」

 気付くとまた1週間も更新を空けてしまった。 何を今さら、50年以上前に初版のアンソロジーをAmazonにて購入。◎「幻想と怪奇 1」 編)早川書房編集部(ハヤカワ・ポケットミステリ刊)◆内容紹介「人間の持つ感情のうち、もっとも古くからあって、もっとも強烈なるも 閑中忙有【2011/02/08 00:43】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する