恐怖の喜び  カート・シンガー選『眠られぬ夜のために』
眠られぬ
眠られぬ夜のために―ウィアード・テールズ傑作選 (ソノラマ文庫海外シリーズ)
長井 裕美子
朝日ソノラマ 1986-02

by G-Tools

 ふつう「アンソロジー」といえば、傑作を選んだものという認識があります。ただ、アンソロジーの選択元になる対象が「B級」であった場合、事情は複雑になります。つまり「B級」の中にも「傑作」が埋もれていた、という方針で編むのか、それとも「B級」自体の面白さを前面に出すのか、ということです。
 アメリカの怪奇小説専門紙《ウィアード・テールズ》の場合、どちらの切り口でもアンソロジーを編むことができるぐらい、間口の広い雑誌といえます。例えば、国書刊行会から出版されたアンソロジー《ウィアード・テールズ》では、極端といえるほど「B級」味を前面に出していたのが印象に残ります。
 今回紹介する、カート・シンガー選『眠られぬ夜のために』(長井裕美子訳 ソノラマ文庫海外シリーズ)は、同じく《ウィアード・テールズ》からのアンソロジーなのですが、こちらもどちらかと言うと「B級」味を出した作品集だといえるでしょうか。

 オーガスト・ダーレス『空白の夢魔』 几帳面で学者肌の男キャンバヴェイは、毎日を決まった時刻で行動するのを常としていました。しかしその日に限って、起床時間を30分も過ぎてしまったのに気づき驚きます。しかも、木曜日に寝床についたはずなのに、今日は土曜日だというのです。書籍商アニマのところから借りてきたオカルト書を読んでから、何かがおかしくなっていると考えた彼は、アニマのもとに向かいます…。
 呪いをテーマにした怪奇小説。ひねりもあまりないので、いささか冗長です。

 ヘレン・W・カッスン『祖霊に安らぎを』 現当主アンビィの振る舞いに業を煮やしたコリンズ一族の先祖たちは、納骨堂の中で集会を開き、アンビィの前に現れることを計画します。曾祖父の霊が見えるようになったアンビィですが、周りの人間には気がふれたとしか思えません…。
 幽霊が見えるようになった男をめぐるスラップスティックな作品。しかもそれが原因で、ハッピーエンドになってしまうところが、じつにユニークです。

 キャロル・ジョン・デイリー『時を超えて』 学部長の「私」は、教え子のトミーが、ビルから落下した少女を受け止めて助け出したという話の真相を本人から聞きます。それは驚くべき話でした。トミーの恋人ルツは、時の外に生きる人間であり、その能力を利用して、人助けを行ったというのですが…。
 時間を止める能力を持つ人々を描いた物語です。明るいトーンはともかく、ちょっとご都合主義的な展開が気になりますね。

 アーサー・J・バークス『過去からの遺言』  戦死した親友の遺言により、譲り受けた家を訪れたエヴァン。彼は、ふと訪れた郵便局で自分宛の手紙を受け取ります。それは数十年前に初代の郵便局長トーエルによって書かれた手紙でした。手紙には、トーエルの借金について書かれており、それはまだ清算されていないということでした。エヴァンは、なぜか自分の手で借金を返さなければならないという義務にかられ、そのために債権者の家を回ることになります…。
 なぜ数十年前に死んだ人間が、自分の来訪を予期できたのか? 借金を肩代わりしなければいけない理由は何なのか? サスペンスたっぷりにひっぱる序盤の展開はじつに見事です。ただそれに対して、真相があっけないというか説明が不十分なので、結末が受け入れにくい感があります。

 ウイリアム・テン『幼い魔女』 西インド諸島で生まれ育ったサリエッタは、無気味な少女でした。白子で醜い外見もさることながら、その行動に奇矯なものがあったのです。女教師ドルーリィは、サリエッタを魔女ではないかと考え、ことあるごとに彼女につらく当たります。やがてドルーリィの体の具合が悪くなりはじめますが…。
 いわゆる黒魔術を扱った作品ですが、少女の描写がなかなか無気味で際立っています。ストーリー展開は予想がつくものの、ショッキングな結末の演出は名人芸的です。

 メアリ・エリザベス・カウンスルマン『笑顔の果て』 年若い妻と南米のジャングルを訪れた考古学者ハービン卿は、怪我のため臥せっていました。ハンサムなガイドのマリオと妻との仲を疑うハービン卿でしたが、妻とガイドがともに姿を消すに至って、憎しみを募らせます。現地人の魔術師を通じて、マリオを殺してくれと依頼するハービン卿でしたが…。
 もつれた三角関係と、南米土着の魔術。むせかえるようなジャングルの描写と、どろどろとした人間心理が合わさって、読みごたえのある作品になっています。

 P・スカイラー・ミラー『ガラス壜の船』  子供のころ、父親と訪れた骨董屋。そこで見たガラス壜の船に魅了された「わたし」は、その品物を欲しがります。店の主人は父親とチェスをはじめ、自分に勝ったら何か品物を譲ろうと言い出します。父親は勝負に勝ったものの、結局船を手に入れることはできませんでした。そして数十年後、再び同じ骨董店を見いだした「わたし」は、店の主人が数十年前と全く同じ姿で現れるのを見て驚きます。そして今回もまた、彼はチェスの勝負を持ちかけてきます…。
 年を取らない男と謎の骨董店。彼の目的はいったい何なのか? チェスで負けたら、いったい何を失うのか?
 徹頭徹尾、謎めいた展開の奇談です。いわゆる「魔法のお店」テーマの作品ですが、もやがかったような不思議な雰囲気が素晴らしいです。集中一番の傑作でしょう。

 ロバート・ブロック『美しき人狼』 インディアンの血を引く美しい娘リサに魅了された「私」は、彼女の言うままに、妻のバイオレットを精神病にかかったと見せかけ、追い払う計画に頷いてしまいます。しかし、ふとしたことからリサが狼に変身するのを目撃した「わたし」は、恐れを抱きはじめます…。
 「人狼」ものに三角関係をからませた、なかなかユニークな怪奇小説。ロバート・ブロックらしいサービスにあふれた結末も好感触です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんばんは。
この「ウィアード・テールズ傑作選」は、一定以上の作品なんですが、個人的にはあまりあわなかったような、(あくまで記憶)気がします。
でも読んじゃうんですけど、前にも書きましたがソノラマ文庫のシリーズは、
タイトルが似ていたりとか、傾向が似ていたりとか
何を読んだか分からなくなってしまったりします。
【2009/03/26 23:31】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
そうですね。もともとB級作品が多くなりがちなウィアード・テールズのアンソロジーとしても、そんなに「傑作選」と呼べるほどの作品集とはいえないかもしれません。
でも、1編か2編、「良かった」と言える作品が収録されてれば、アンソロジーとしてはいいと思ってます。この本の中で言えば、スカイラー・ミラー『ガラス壜の船』 とメアリ・エリザベス・カウンスルマン『笑顔の果て』 あたりが、とても良かったので、個人的には楽しめました。
【2009/03/27 08:32】 URL | kazuou #- [ 編集]

P・スカイラー・ミラー
このP・スカイラー・ミラーという名前に聞き覚えがあると思ったら、「アウター砂州に打ちあげられたもの」の作者ですよね。
あの話も好きでしたが、「ガラス壜の船」も、めっさ面白そう!
【2009/03/27 19:16】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

目の毒!
先日神保町の古本屋を巡ったときも、ソノラマ文庫の海外シリーズはいい値がついていましたね(4,000円以上)。
どれも垂涎ものですが、1,000円代ぐらいでないと手を出しかねる…。
いや、今回ご紹介は、“ウィアード・テールズ”を冠していますから、2,000円代でも買います(笑
【2009/03/27 19:41】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

自己レスです
上のコメントのあと念のためネットで検索したら、2,000円前後の商品がけっこうありましたi-201
神保町は高い?
【2009/03/27 21:13】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>タツナミソウさん
そうですね。『アウター砂州に打ちあげられたもの』の作者です。P・スカイラー・ミラーの邦訳は、短編が数えるほどしかないと思うんですけど、とても達者な作品を書く作家だと思います。『存在の環』(『世界SF全集32 -世界のSF 現代編』収録)とか『時の砂』(『時間と空間の冒険』収録)なんか、すごく面白かった覚えがあります。切れ味はするどいのに、どこか叙情的な感性が感じられるところが魅力ですね。
『ガラス壜の船』は、とにかく雰囲気が素晴らしいんですよ。どこか無常感を漂わせた結末もなかなかだと思います。
ちょっと調べてみたら、『ガラス壜の船』は、旧版の荒俣宏編『魔法のお店』(奇想天外社)にも収録されてますね。
【2009/03/27 21:32】 URL | kazuou #- [ 編集]

>迷跡さん
もともと海外シリーズは高値になっていますけど、神保町の値付けはまた極端なので、あれが相場だと思わない方がいいかもしれません。正直、いまや神保町で探すより、ネットの古本屋で買った方が、たいていの本は安いですよ。それでも1000円代はあまり見ないですね。
シリーズの珍しいものを除けば、2000円代でもわりと見かけます。
【2009/03/27 21:37】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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