夢見る日常  諸星大二郎の短編世界
汝、神になれ鬼になれ―諸星大二郎自選短編集 (集英社文庫―コミック版) 彼方より―諸星大二郎自選短編集 (集英社文庫―コミック版) 不安の立像 (ジャンプスーパーコミックス) ぼくとフリオと校庭で (双葉文庫―名作シリーズ (も-09-01)) 未来歳時記・バイオの黙示録 (ヤングジャンプコミックス)
 独特の画風と突き抜けた奇想で知られる漫画家、諸星大二郎。一般的には、考古学や民俗学をテーマにした伝奇作品《妖怪ハンター》シリーズや、ホラーコメディ《栞と紙魚子》シリーズが有名かと思います。
 もちろん、これらのシリーズも素晴らしいのですが、最近個人的にはまっているのが、彼のノンシリーズの短編漫画です。もともとクセのある画風に加えて、初期の作品は絵が安定していないところがあって、多少の読みにくさはあります。ただ、それを補ってあまりある魅力があるのも確かなのです。作品の発想やプロットという点では、上質の短編小説を読むかのような満足感が得られます。
 そこで今回は、諸星大二郎の短編をいくつか取り上げて、彼の魅力を紹介していきたいと思います。

 『夢見る機械』『汝、神になれ鬼になれ』集英社文庫収録) 健二はこのごろ毎日に言い知れぬ不安を感じていました。そんなある日、ふとしたことから母親がロボットであったことに気づきます。世の中の全ての人間がロボットなのではないか? 疑惑に囚われた少年は、友人の部屋に残された名刺から、「ユートピア配給会社」なる団体がこれに関連していることを知ります…。
 周りの人間がいつの間にかロボットと入れ替わっている…。フィリップ・K・ディック的なテーマを扱ったSF作品です。

 『子供の遊び』『汝、神になれ鬼になれ』集英社文庫収録) 息子が物置で何か動物を飼っているのに気づいた父親は、動物が何なのか確かめようと考えます。しかし物置きにいたのは、犬でも猫でもない不定形の奇妙な生物でした。話し出し、歩き始めたそれは人間の形に近付いていきます…。
 人間に近付いていく謎の生物。正体はいったい何なのか…? 不穏な空気に満ちた怪奇作品。

 『感情のある風景』『夢見る機械』集英社収録) その星では、なぜか人々は無表情で無感情のように見えました。その代わり、人々の顔のそばには奇妙な図形が浮かんだり消えたりしています。なんとこの星の住人は、心の中に感情を持たず、具体的に見える図形の形をとって感情を表現するというのです。戦争によるトラウマに悩む青年は、手術によってこの星の住人と同じようになれると聞き、手術を実行しますが…。
 他人の感情が目に見えるようになったら…という、突拍子もない発想で描かれた物語。哲学でも問題にされる「他人の心」をこういう形で解決してしまうとは! 人間の心の根源に迫る、おそるべき傑作短編。

 『不安の立像』『不安の立像』集英社収録) サラリーマンの青年は、通勤電車の中から、駅のそばに何か黒い影のようなものが立っているのに気づきます。その黒い影が気になって、青年はそれについて周りの人間にたずねますが、誰もその影を認識していながら、気にもとめていないのです。ある日起こった飛び込み自殺の瞬間に出くわした青年は、その影が動き出すのを見ます…。
 黒いベタで表される影の描写がじつに秀逸。影の不気味さもさることながら、周りの人間たちのそれに対する反応もまた不気味なのです。不安に満ちたホラー作品。

 『袋の中』『不安の立像』集英社収録) 主人公が浮浪者の男から聞いたのは、ひじょうに不思議な物語でした。少年だった男は、ゴミ捨て場で見つけた奇妙な動物を袋の中で飼い始めます。何でも食べるそれに対して、男は食べ物の残りかすをやりますが、やがてそれに飽き足らなくなった動物は猫やネズミなどを食べ始めます。動物の要求はどんどんエスカレートしていきますが…。
 典型的な怪物ホラーかと思いきや、結末においてサイコ・サスペンスに切り替わるという、技巧的な作品。

 『子供の王国』『不安の立像』集英社収録) 化学的な療法により、子供の成長を止めることができる技術が開発されます。自ら成長をやめた子供たちは「リリパット」と呼ばれていました。普通に成長した青年である主人公は、ある日訪れた「子供の王国」で、子供たちが本物の殺し合いをしているのを目にして驚愕します…。
 外見はかわいらしくても、精神は歪んだ子供たち。しかしそれを否定する大人の主人公もまた、彼らとそう違っているわけではないのです…。ブラック・ユーモアの利いた寓話的短編です。

 『男たちの風景』『彼方より』集英社文庫収録) 惑星マクベシアには3種類の人間がいました。美しく浮気な女、醜くひからびたその夫、そして美しい青年たち。しかし青年たちは結婚して一年もすると、醜く年をとってしまうというのです。マクベシアにやってきた技師は、ふと知り合った美しい女に惹かれ、彼女と情を通じるようになります。やがて技師は、この星の人間たちの恐るべき事実を知ることになります…。
 青年たちがまたたく間に年をとる理由とは…? まさにアイディアの勝利。「センス・オブ・ワンダー」に満ちた結末が待ち構えています。

 『生物都市』『彼方より』集英社文庫収録) 宇宙から帰還した宇宙飛行士によって感染した細菌により、機械と人間が融合してしまうという現象が起こり始めます。それは電話線や水道を通じて世界中に伝播していきます…。
 作者にしては、かなりストレートな発想のSFですが、結末のビジョンには壮大なものがあります。

 『流砂』『ぼくとフリオと校庭で』双葉文庫収録) 砂漠に囲まれた町で、変わりのない日常を送っている人々。そんな日常に飽き足らなくなった青年たちは町を出る決心をします。しかし一人また一人と、何らかの原因で仲間は計画を外れていきます…。
 偶然とは思えない出来事によって、ことごとく邪魔される脱出計画。これは陰謀なのか…? まるでカフカかディーノ・ブッツァーティを思わせる、不条理な物語です。

 『黒石島殺人事件』『ぼくとフリオと校庭で』双葉文庫収録) 人口の少ない離島、黒石島で女性の死体が発見されます。はじめは痴情のもつれから起こった殺人かと思われますが、すぐに間違いであったことが判明します。次々と被害者が取沙汰されますが、死体の顔はひどく損傷しているため、結局誰であるかはわかりません。やがて島民たちは、おかしなことを言い出しますが…。
 本土から来た刑事が直面する島の閉鎖性、そして不条理。衆人環視のなか、殺人事件という事実さえもが曖昧なものになってしまう。「事実」とは結局何なのか…? ミステリの根本条件を覆してしまう、アンチ・ミステリー。

 突拍子もない奇想。そして読後に生まれる認識の転換。諸星大二郎の短編漫画には、やみつきになる魅力があります。読者によっては「下手」だと感じてしまう画風さえ、この作風には必然的だと感じられてくるから不思議です。「センス・オブ・ワンダー」に満ちたSF、あるいは異色短編好きな方は、きっと楽しめる作家だと思います。
 いちばん入手しやすい作品集としては、自選作品集である『汝、神になれ鬼になれ』『彼方より』の二冊があります。素晴らしい作品集ではあるのですが、かなりアクの強い作品が集められているので、入門編としてはちょっときついかもしれません。
 近作の『私家版鳥類図譜』『私家版魚類図譜』(ともに講談社)や『未来歳時記 バイオの黙示録』(集英社)は、比較的入手しやすいですし、一般読者にも読みやすい作品集なので、こちらあたりから入門してみるのもいいかもしれません。

テーマ:コミック - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント
ちょうど読んでました
久々に諸星大二郎を読みたくなり、そのアクの強い自選短編集の二冊を読了したところです。初期作では今と通じるような絵柄の作品と「ど次元世界物語」の様な多少昔風な絵柄の作品が混在していたことが発見でした。kazuouさんが挙げられた以外で、この二冊中で印象的だったのは、「ぼくとフリオと校庭で」「カオカオ様が通る」「六福神」ですかね。有名どころ(と思う)「桃源記」や「生命の木」も何度読んでもいいです。止まらなくなってきましたが(笑)、ホント代表的な異色短編漫画家といっていい人だと思います。
【2009/03/21 12:47】 URL | さあのうず #- [ 編集]

お、諸星大二郎!
賞こそ『西遊妖猿伝』で得ていますが、確かに単発の短編にみるべきものが多いですね。
個人的には、クトゥルーネタと学生時代に住んでいた街が舞台ということで、《栞と紙魚子》シリーズにぞっこんです。
【2009/03/21 21:50】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>さあのうずさん
正直、「ど次元世界物語」みたいなギャグものはちょっとつらいのですが、「カオカオ様が通る」なんかも、一種のナンセンス作品だと考えると、諸星作品のなかでユーモアは重要な要素なのかもしれませんね。《栞と紙魚子》なんかは、それがいい方向に作用しているような気がします。
「六福神」は、最初読んだとき、ほんとうに驚きました。こんな発想の作品を書ける人は、小説家でもそうそういないですよね。「桃源記」も作者にしては、かなりオーソドックスな部類の作品ですけど、いい作品だと思います。
【2009/03/21 22:00】 URL | kazuou #- [ 編集]

>迷跡さん
怪奇ファンとしては、やはり一番に挙げる諸星作品は、《栞と紙魚子》シリーズでしょうね。クトゥルーネタがもろに使われていたりと、かなりバロディ味が濃いというか、いい意味での「稚気」が感じられるところに好感を抱きますね。
【2009/03/21 22:07】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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