黄昏のミステリ   ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』
4150018227二壜の調味料 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ロード ダンセイニ 小林 晋
早川書房 2009-03-06

by G-Tools

 創作神話『ペガーナの神々』、叙情的な長編ファンタジー『魔法使いの弟子』『エルフランドの王女』、そして数多ある傑作短編。華麗なファンタジーで知られるイギリスの作家、ロード・ダンセイニの作品はしかし、純粋なファンタジーにとどまらない広がりを持っています。
 ジョーキンズ氏を語り手とする法螺話集『魔法の国の旅人』のように、都会派風のしゃれた短編もものしています。今回刊行された『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ)は、どちらかというとこの手のものに属するタイプの作品集といえるでしょうか。
 
 『二壜の調味料』 金を引き出された後、失踪した娘ナンシー・エルス。警察は、同棲していた男スティーガーが娘を殺したのではないかと疑いますが、死体を始末した形跡はうかがえません。わかっているのは、スティーガーが二壜の調味料を買ったことと、突如庭の木を切り倒し始めたことの二つのみ。事件に興味を持ったリンリーとスメザーズは、事件の背景を調べますが…。
 江戸川乱歩が褒めたことでも知られ、わが国でも名短編として読まれている作品です。この作品に登場するリンリーとスメザーズのコンビが連作短編になっているというのは、あまり知られていなかったのではないでしょうか。
 奇抜な論理ながら、あっと言わせる結末の謎解きは圧巻です。幕切れの演出も際立っていて、奇妙な読後感を残します。

 『スラッガー巡査の射殺』 スラッガー巡査が射殺されますが、犯人と目されていたのは、『二壜の調味料』事件で罰を逃れた男スティーガーでした。しかし、凶器の弾丸が見つからないため、犯罪を立証できないのです。アルトン警部はリンリーに相談を求めますが…。
 またも登場するスティーガーの犯罪。トリックよりも、のらりくらりと罪を逃れつづけるスティーガーの印象が強く残ります。

 『第二戦線』 大戦中、将校になったリンリーの求めに応じて、スパイの調査に協力することになったスメザーズ。しかもスパイとして目をつけられていたのは、かのスティーガー! スメザーズは、スティーガーの監視を続けますが…。
 スパイとして三たび姿を現すスティーガーとの対決。一見何気ない演奏会の席上での通信手段とは…。

 『クリークブルートの変装』 切れ者として知られるドイツのスパイ、クリークブルートが、イギリスに潜伏しているとの情報が入ります。しかし変装の達人であるクリークブルートの所在は全くつかめません。アルトン警部に協力することになったリンリーの考えとは…。
 クリークブルートはいったいどこに潜んでいるのか? ものを隠すいちばんの方法は隠さないことだ、というポーの『盗まれた手紙』を思わせる作品。

 『一度でたくさん』 妻殺しの容疑で手配されている夫が、行方不明になります。しかもその男は、かのスティーガーだったのです。おそらく変装をしているだろうスティーガーを見つけるために、スメザーズは、駅を見張りますが…。
 宿敵スティーガーとの最後の戦いが描かれる、シリーズ最終編です。今回は、『二壜の調味料』事件のように死体の始末についてはあまり言及されず、スティーガーを見つけるための方法に焦点が当てられています。

 『給仕の物語』 掃除夫ブレッグに侮辱された富豪のマグナム氏は、彼を殺せと秘書に命令します。しかし表立って殺人などできません。秘書は莫大な金を投じて、毎夜ブレッグに酒を飲ませ続けますが…。
 大富豪の奇想天外な殺人計画とその結果は…。なかなか味のある結末です。

 『新しい名人』 チェスを趣味とする男メシックは、ある日チェスを指す機械を手に入れます。機械と対戦した「私」はあっさりと負かされますが、その機械の優越感に満ちた態度に気分を害します。この機械の知力は驚くべきものだが、性格には問題があるのではないか? やがてメシックが、他のものに興味を取られるのに嫉妬した機械は恐るべき行動に出ます…。
 「下品な」機械、という面白いコンセプトが使われた、ロボット・テーマの古典的作品です。

 『新しい殺人法』 自分はターランドに命を狙われていると、警察に相談に訪れたクラースン氏。弾丸が撃ち込まれたというクラースンの話にもかかわらず、弾丸は見つかりません。証拠がない以上、ターランドには何もできないと追い返されますが、やがてクラースンが殺されたという情報が入ります…。
  ターランドの「新しい殺人法」とは…? 皮肉な結末が味を出しています。

 『書かれざるスリラー』 絶対に見つからない殺人法を考えついたというテイザーの話を聞いたインドラムは、彼に探偵小説を書くように勧めます。しかしいつまで経っても、テイザーは小説を書こうとしません。それどころか政界進出を目論んでいるというのです。殺人のアイディアを実行に移すのではないかと危惧するインドラムは、間接的にテイザーに影響を及ぼそうと考えますが…。
 殺人方法の詳細は明かされず、奇妙な結末を迎えます。謎が謎のまま終わるという「リドル・ストーリー」のヴァリエーション作品といえます。

 『ネザビー・ガーテンズの殺人』 友人のインカー氏の家を訪れた「私」は、たまたま彼の殺人現場を目撃してしまいます。口封じのために殺されると考えた「私」は、とっさに逃げ出しますが、インカーは後を追ってきます。薄暗い場所に隠れてほっとしたのもつかの間、インカーは警察を呼び、「私」に殺人の汚名を着せます…。
 手記の形で書かれた殺人事件の真相、しかしその真偽は定かではありません。いったいどちらが嘘をついているのか…? これも一種の「リドル・ストーリー」といえるでしょう。

 『アテーナーの楯』 彫刻家アードンの作品は、驚くべきリアリティを持ちながらも、そのどれもが同じ恐怖の表情を浮かべているのが特徴でした。彼の新作彫刻が、失踪した娘にそっくりだということ。アードンはギリシャに行っていた経験があること。そして、彼は専門的な彫刻の勉強をしたことがないこと。これらから「私」は、恐るべき結論を引き出します…。
 彫刻家アードンの恐るべき殺人方法とは…? 合理的に謎が解かれるのかと思いきや、途中で判明するファンタスティックな要素には、唖然とされるはず。一種の「バカミス」といっていいのでしょう。集中でいちばんファンタジーの色が濃い幻想小説です。

 レーベルが《ハヤカワ・ミステリ》なだけに、一応ミステリに属すると思われる作品を集めていますが、そこはダンセイニ、独自のファンタスティックな味付けが感じられます。超自然的な出来事が起こらないにしても、どこか空想的なニュアンスを帯びるところが、ダンセイニの短編の魅力のひとつといえるでしょう。ただ、普通の意味での「謎解き」を求めると、脱力してしまうようなオチや展開が多いので、そのへんは覚悟して読まれた方がいいかもしれません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
早いですねえ。
 私、昨日買ったところです。
 いつもながら、わくわくするような紹介をありがとうございます。リドル・ストーリーっぽい作品も収録されているとのこと。これは楽しみです。
【2009/03/08 17:00】 URL | 高井 信 #nOdkmSi2 [ 編集]

昨日買いました。
今読んでいるところです。
「二びんのソース」(じゃない、調味料ですね)が「続いて」いたとは思ってもいませんでした。
【2009/03/08 18:03】 URL | fontanka #- [ 編集]

>高井 信さん
ダンセイニの短編集がポケミスで出るとは思いませんでした。
ふつうのミステリ読者が読んだら怒るような作品が多いと思うんですが、個人的にはひじょうに満足できました。とくに巻末の『アテーナーの楯』なんか、これぞダンセイニ!といった感じの作品で、すばらしかったですね。
【2009/03/08 20:24】 URL | kazuou #- [ 編集]

>fontankaさん
そうですね。『二壜の調味料』のシリーズが連作になっていたとは知りませんでした。
正直、最初の『二壜の調味料』以外は、それほどすごい作品ではないんですけど、シリーズを通して読むと、ミステリというよりは、作者は一種のユーモア小説を意図していたんではないか、という気もします。
【2009/03/08 20:26】 URL | kazuou #- [ 編集]

読みました!
記事アップしたので早速TBさせていただきます。
初読だったので表題作にはただただ圧倒されました。
スメザーズ、一途にリンリーになついて健気!(これが階級の違いなのでしょうね)。いいヤツです。
あっさりしていて、通常のミステリとの微妙なずれは、テクニックというよりナチュラルなものなのでしょうか。『ペガーナの神々』と『魔法使いの弟子』は、正直、退屈でしたので(笑)、ダンセイニ卿を見直しました。
【2009/04/10 21:20】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
ダンセイニのファンタジーはクセがあるので、合わない人には合わないのかもしれませんね。僕は個人的にダンセイニの大ファンなので、彼の書くものなら、ジャンルを問わず愛好してしまいますが。
正直、ダンセイニにはあんまりジャンル意識がないような気はします。『二壜の調味料』もリンリーのシリーズも、ミステリのパロディというかユーモア小説であって、それが結果的にミステリのジャンル内におさまる…という感じでしょうか。
【2009/04/10 22:33】 URL | kazuou #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/359-d12cd978
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

元祖奇妙な味 『二壜の調味料』

『二壜の調味料』(ロード・ダンセイニ/小林晋訳2009-3ハヤカワ・ミステリ)読了。 あの『ペガーナの神々』のダンセイニ卿によるミステリ短編集です。 5分の2くらいが調味料のセールスマンの小男スメザーズ(=ワトスン)が語る、ロンドンのフラットの同居人リンリ... 迷跡日録【2009/04/10 21:03】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する