知られざる異色作家  フィツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』
4042976034ベンジャミン・バトン 数奇な人生 (角川文庫)
永山 篤一
角川グループパブリッシング 2009-01-24

by G-Tools

 デヴィッド・フィンチャーによる映画化も話題になっている『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』。映画化の副産物として、ずっと未訳だった原作小説も翻訳されました。
 映画化の例にもれず、複数の出版社から、翻訳が出ています。今回はイースト・プレスと角川文庫から翻訳が出ていますが、イースト・プレス版が『ベンジャミン・バトン』一編しか収録されていないのに対して、角川文庫版(フィツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(永山篤一訳  角川文庫))は、フィツジェラルドのミステリやファンタジー的な要素を含む作品を集めています。もっぱら純文学作家と見なされているフィツジェラルドの、珍しい作品を読めるという点で、非常にコストパフォーマンスの高い作品集といえます。それでは、以下、いくつかの作品について見ていきましょう。
 
 『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』 南北戦争のさなか、資産家として知られるバトン夫妻は、初めての子供が産まれるのを心待ちにしていました。しかし産まれたのは赤ん坊ではなく、どう見ても70歳になろうとする老人だったのです。ベンジャミンと名付けられた息子は、子供がするようなことは全くせず、その行動は年寄りじみています。
 しかし年を経るにしたがって、ベンジャミンは少しづつ若返っていることが明らかになります。20歳にして、外見は50歳ほどに見えるようになった彼は、美しい娘と結婚し、引き継いだ家業も順風満帆に行きはじめます。しかし若返りは止まらず、妻はおろか、自らの息子よりも幼く見えるまでになってしまいます…。
 老人の姿で生まれ、だんだんと若返っていく男を描いた、なんともファンタスティックな幻想小説です。ベンジャミンの肉体や若返りの原因については、深く追求されません。ベンジャミンが老人の姿のまま幼稚園に生かされたり、子供になってしまった状態で軍隊に参加しようとしたりと、その事態のちぐはぐさがユーモアを持って描かれます。
 「人生」について考えさせるところもある、ほろ苦い寓話といえるでしょうか。
 
 『レイモンドの謎』 レイモンド家の娘と使用人が殺され、夫人が行方不明になるという事件が発生します。イーガン署長は、犯人は二人を殺し、夫人をさらったと考えますが、新聞記者ジョン・サイレルは、犯人は別にいると考えます…。
 フィツジェラルドの実質的なデビュー作だそうですが、完全な謎解きミステリといっていい作品です。真相もなかなかよく出来ています。

 『モコモコの朝』 モコモコの毛をした犬「シャギー」の一日の出来事を、犬自身を語り手として語った短めの作品。周りで起こる人間たちの行動を描写しながらも、犬自身はその微妙な感情がわからない…という、意外に技巧的な手法が使われています。

 『最後の美女』 田舎の町タールトンにやってきた若い兵士アンディは、町では数少ない若い女性アイリーと知り合い、彼女に惹かれます。しかしアイリーは、アンディを恋愛対象というよりは友人としてしか認めてくれません…。
 非常な美しさを持ちながらも、男性遍歴を繰り返すアイリー。彼女の恋がうまく行かない理由は何なのか…? 失われる青春、去り行く時代、どこか喪失感に満ちた恋愛小説。

 『ダンス・パーティの惨劇』 田舎町にやってきた「私」は、洗練された男性チャーリー・キンケイドに恋心を抱きます。しかし彼にはマリーという婚約者がいました。とあるパーティの席上、マリーの浮気現場を目撃した「私」は、その直後にマリーが射殺されたことを知ります。チャーリーが犯人ではないかという疑惑を抱きながらも、「私」は彼をかばう証言をしますが…。
 三角関係のもつれから起こる殺人事件。犯人は明らかだと思えたが実は…。これもミステリ味の強い作品です。

 『異邦人』 ちょっとした資産を手に入れたことから、ヨーロッパめぐりを始めた若夫婦のニコールとネルスン。各地をめぐるうちに、様々な人間と交友を楽しむ二人でしたが、やがて人間関係に疲れ、夫婦の間にも軋轢が生まれてしまいます…。
 虚飾に満ちた人間関係に気づいた夫婦が、あらたな関係を築き始める話、と思いきや、思いもかけない結末へ。虚無感に満ちた異色の幻想小説です。

 『家具工房の外で』 家具店で妻の買い物が終わるのを、車の中で待つ父親と娘。退屈した父親は、ふと目の前の家具店を舞台にして即興の物語を語り始めます。娘の空想も交えて、物語は展開していきますが…。
 目の前にある建物や人々が、即興で物語に組み込まれていく過程は、それだけでファンタスティック。超自然的な出来事が起こるわけではありませんが、作品自体の手触りは、ファンタジーのそれです。愛すべき小品といえます。

 純粋なジャンル小説といえる作品は少ないのですが、どれも広義のエンタテインメントと言える作品です。小山正による懇切な解説も読みごたえがあります。フィツジェラルドの異色作家的な側面を見れるという意味でも、興味深い一冊でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
これは買いですね
いつも情報有難うございます。表紙がホッパーなんですね。早速購入することにします。
【2009/03/03 09:17】 URL | さあのうず #- [ 編集]

>さあのうずさん
これ、よくある映画化原作もの、でスルーするにはもったいない作品集だと思います。表題作の『ベンジャミン・バトン』は、もう完全にファンタジーで、異色短編好きにはこたえられないですね。他の作品もそれぞれ味がありますし。表紙画がホッパーなのも、好評価です。
【2009/03/03 21:20】 URL | kazuou #- [ 編集]


最初はイースト・プレス版を買おうと思っていたのですが、たまたまこの記事で、角川文庫版がファンタジー&ミステリ系の短編集になっていることを知りました。感謝です。
【2009/03/13 01:23】 URL | sugata #8Y4d93Uo [ 編集]

>sugataさん
僕もどっちかというとハードカバー派なので、最初はイースト・プレス版を買おうと思っていたのですが、たまたま並んでいた角川文庫版の方を眺めて、こちらに決めました。
映画化の副産物とはいえ、これはいい企画でしたね。
【2009/03/14 08:14】 URL | kazuou #- [ 編集]

ベンジャミン・バトン 数奇な人生
映画がきっかけで原作を読みました。特にベンジャミンの最期の表現が美しくうっとりとしました。フィッツジェラルドの他の作品も読んでみたくなりました。また表紙のホッパーの絵もすてきですね。「Nighthawks=夜更かしの人々」というタイトルなんですね。光の描き方がすてきです。ホッパーの作品ももっとたくさん見てみたくなりました。こんなふうに広がっていくのはたのしいですね。
【2012/11/25 13:13】 URL | ETCマンツーマン英会話 #hfCY9RgE [ 編集]


原作は、ある種風刺的なタッチで描かれた作品なのに対して、映画版は非常に美しく描かれてますよね。どちらも魅力的だと思います。
「Nighthawks」は、ホッパーの一番有名な作品だと思いますが、ほかにも魅力的な作品があるので、ぜひ見てみてください。
【2012/11/25 18:00】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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