あり得なかった人生  トニー・デュヴェール『小鳥の園芸師』
小鳥の園芸師
小鳥の園芸師 (1982年)
山田 稔
白水社 1982-12

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フランス短編フランス短篇傑作選 (岩波文庫)
山田 稔
岩波書店 1991-01

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 世の中には様々な職業がありますが、この作品で描かれるほど奇妙な職業は、おそらく世界のどこにもありません…。
 フランスの作家、トニー・デュヴェールの『小鳥の園芸師』(山田稔訳 白水社)は、空想上のさまざま職業について語った連作掌編集です。
 目次には「尻拭い」「時計読み」「硝子割り」「小鳥の園芸師」「裁き屋」「身代わり」「思索屋」「役立たず」など、奇妙な職業名が並びます。そのどれもが、現実にはありえないような職業ばかり。
 例えば、「裁き屋」を見てみましょう。これはなんと、犯罪を犯したくなった人間を、あらかじめ牢屋に入獄させておき、その時間に見合った犯罪をあっせんするという職業です。

 彼は、これよりもあれを犯したらどうか、とか、もっと軽い罪を二つ一度に犯したら、とか助言を与えてくれる。ある重罪をさらに重く、あるいは軽くするにはどうすればよいかを明確に教えてくれる。それからあなたは、どんな犯罪が好きかを告げる。裁き屋はあなたの申告を記入し、店の陳列窓に公示し、あなたに向かって、成功を祈る、と言う。

 また「身代わり」は、自分の子供の代わりに、その子供の親に叱られる、という職業です。

 こんなわけで、男の子を殴るのは禁じられた(女の子は構わない、当然のことだ)。詳しくいうと、親は自分の男の子を懲らしめる権利を失ったのである。彼らは「当番の子」しか叱ってはならないのである。

 このように、へんてこな職業が並びますが、デュヴェールの描く作品に共通するのは、人間に対する皮肉です。どの掌編でも、描かれる人間たちは貪欲で利己的。その職業も、自らの欲望を満たすためのものなのです。
 空想上の職業と言えば、例えばわが国のクラフト・エヴィング商會『じつは、わたくしこういうものです』(平凡社)が思い浮かびますが、デュヴェールの作品は、それとは全く正反対。ファンタジーを楽しむというよりは、徹底的に、現世的・肉体的なイメージを帯びています。
 ただ、そんな「生臭い」職業たちの中でも、時折、非常に詩的なイメージが立ち現れることがあります。例えば、表題作にもなっている「小鳥の園芸師」から。

 小鳥の園芸師はたくみに罠をこしらえ、恋に狂ったようにさまざまな種類の木を集め、継ぎ木をしたり、種の混交をおこなったりした。そして、それらの木立ち、それらの果実、それらの芳香は、天の高みから無数の小鳥を招き寄せ、その色彩と歌声とで、あたりはまたいちだんと賑わうのだった。

 とても美しいイメージとなっています。もっとも後半、この掌編も前半の美しさをぶちこわしにする展開になってはしまうのですが。
 また、この掌編集の中でもいちばん魅力的だと思われる「夢の肖像画家」を見てみます。これは、本人そのものを描くのではなく、その人間が本来そうありたかった自分の姿を描く、という職業です。

 ある女、あるいは老嬢が、次のように言う。「あたしが欲しいのは小さな鼻と、やさしく生き生きとした大きな眼と、陽気な歯と、男を喜ばせたいとおもうときにはこんな風にめくれ上がる唇と、こんなおなかと、こんなももと、ものを言うような手なの」。すると絵描きは、そのあって欲しいと思う姿に似せて肖像画を描くのだった。

 他の掌編と同様に皮肉にあふれてはいるものの、この作品では、登場人物たちに対する、どこか優しい視線が感じられます。それがはっきりと現れているのが、最後の部分です。

 自分が生まれつき容貌に恵まれていると考えれば考えるほど、また、現物に似せて描くよう要求すればするほど、絵の方は平凡で、うぬぼれが目立ち、やたらにちまちましたものになるのだった。それに反し、ひどく醜い連中は自分の家に、涙が出るほど美しい肖像画を持っていた。彼らには、わかっていたのである。

 上に見てきたように、基本的にはブラック・ユーモアにあふれたシニカルな作品集といえます。ただ、そんな中にも感じられる一抹の詩情。この相反する要素がまた、この作品集の魅力とも言えそうです。
 なお、この作品集の抄録が『さまざまな生業(抄)』 として、山田稔編『フランス短篇傑作選』(岩波文庫)に収録されていますので、こちらでそのエッセンスを味わうのもいいかもしれません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
知りませんでした。
 面白そうですね。>『小鳥の園芸師』
『フランス短篇傑作選』は持っていますので、さっそく読んでみました。
 小説として読むと、プロットが弱い(というか、プロットがない)ので今ひとつですが、この発想は私好みです。
 どこかで見かけましたら、購入したいと思います。
 興味深い本を紹介していただき、ありがとうございました。
【2009/02/25 18:23】 URL | 高井 信 #XPm8LtR2 [ 編集]

>高井 信さん
これ、単行本版の方はなかなか古書でも見ない本なんですけど、隠れた名作だと思ってます。
プロットはあってないようなものですけど、この奇想は捨てがたいです。何というか、上品さと下品さが入り交じった雰囲気は、独特の味ですね。
【2009/02/25 21:41】 URL | kazuou #- [ 編集]

非凡な発想
「小鳥の園芸師」、この可愛らしいタイトルに誘われて、表題作を読んでみました。
そしたら・・・。
美しさをぶちこわしにする展開、というのは本当でした(笑)
でもこの発想は非凡ですね。
「皮剥ぎ」も凄かった。
この発想、遠藤徹の「姉飼い」を思い出してしまいました。
そして、「姉飼い」がかすんでしまいました。
【2009/03/13 20:38】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

>タツナミソウさん
一編がすごく短いんですけど、発想がぶっ飛んでますよね。この手の掌編だともっと繊細で美しい感じにまとめそうなものですけど、この作者の場合、へんに下世話な感じにしているのが、ユニークなところだと思います。

そうですね。イメージを喚起してくれるという点では、「姉飼い」よりもいい作品かも。
【2009/03/14 08:17】 URL | kazuou #- [ 編集]


マルタのやさしい刺繍太字の文と言う映画を知ってますか?
この映画のような内容 に近い フランス、イギリス、ドイツ文学があったら
おすすめがあれば教えてください。
ダークな話も好きだけど、気持ちが明るくなるような 本を私は求めてます!v-10
【2010/02/09 17:06】 URL | マチルド #- [ 編集]

>マチルドさん
はじめまして。
『マルタのやさしい刺繍』という作品は見たことがありません。ネットで検索してみましたが、ハートウォーミングな作品のようですね。
ご期待に添えず、申し訳ないのですが、あまり「気持ちが明るくなるような 本」に興味がないもので、おすすめするような作品が思い当たりません。しいて挙げれば、アメリカの作品ですが、二コール・クラウス『ヒストリー・オブ・ラブ』ぐらいでしょうか。
【2010/02/09 22:41】 URL | kazuou #- [ 編集]

ありがとう!
検索してみます
【2010/02/11 09:24】 URL | マチルド #- [ 編集]


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