ゆれ動く現在  鏡明『不確定世界の探偵物語』
4488727018不確定世界の探偵物語 (創元SF文庫)
鏡 明
東京創元社 2007-07

by G-Tools

 多くの「時間SF」では、「過去」の改変によって「現在」が変わってしまう、ということを「悪いこと」だと見なしています。そのため「現在」を守ろうとする行為が、物語の主要な軸になっているのです。しかし、そこに鏡明は異を唱えます。

 なるほど。過去を変えてはいけないという規則は、現在を守らねばならないという規則に連なる。が、その現在というものが、守るに値するほど素晴らしいものなのか?

 そう、なぜ「現在」を変えてはいけないのか? より良い「現在」になるのならば、それでいいのではないだろうか?という観点から構成されたのが、この作品『不確定世界の探偵物語』(創元SF文庫)なのです。
 世界に一台きりのタイムマシンが発明されますが、それは大富豪エドワード・ブライスただ一人が所有するものでした。ブライスはタイムマシンを使い、過去を改変し始めます。その影響により、現在は時々刻々と姿を変えてしまうのです。
 目の前の相手が、突然知らない人間になったり、死んだはずの人間が生き返ったりと、世界の歴史は突如塗り替えられてしまうのです。そんな世界で「おれ」ことノーマン・T・ギブスンは、養父の職業を継ぎ、私立探偵を営んでいます。
 そんなある日、「神」にも等しい権力を持つブライスから、直接ギブスンに依頼が舞い込みます。ブライスはなぜ、一介の私立探偵に過ぎないギブスンを雇ったのか? ギブスンは不審に思いながらも、ブライスの従業員である美女ジェニファーとともに、その依頼を引き受けることになります…。
 タイムマシンの影響により、次々と「現在」が変わってしまう世界を舞台にした、SFハードボイルド作品です。   
 まず、何と言ってもユニークなのは、タイムマシンの設定でしょう。世界に一台しか存在せず、しかもただ一人の人間の手に握られているそれは「ワンダーマシン」と呼ばれています。こんなマシンを一人の人間が独占したら、やりたい邦題になってしまいそうな気がしますが、そこにはやはり制約があります。
 70年以内の近過去には影響を与えることができません。また、一人の人間が歴史を変えようとしたところで、個々人の運命は変えられたとしても、大幅に歴史を変える、ということもできないのです。

 たった一人の人間を殺したり、あるいは、物を破壊することで歴史が変わってしまうということが言われたのもその時期だ。だが現実にはそんなことは起きなかったし、どれほど重要に思えようとも、たった一人の人間や物が消えた程度では、全体の流れにはほとんど影響がなかったのだ。

 しかも、マシンを所有する富豪ブライスは、非人間的なまでに自己の欲望を抑制し、世界をより良い方向にのみ変えようとするような人物なのです。そのため、現在がつぎつぎと変わってしまうとはいえ、それは全体としては、便利な機器が発明されたり、争いごとがなくなったり、といった改善の方向に世界は改変されているのです。
 そんな世界にあっては、よりどころとなる絶対的な真実などはなく、人々はある種の諦観に支配されています。それゆえ、この世界で、私立探偵を営む主人公ギブスンは、変わった人物とみなされています。何しろ、調査していた事実が突然変わってしまったり、依頼人が消滅してしまったり、ということが日常茶飯事なのですから。
 また、ブライスを殺せば世界は元に戻る、という信念のもと、彼の命を狙う連中も多々いるのです。このあたり、逆ユートピア小説、いわゆるディストピア小説的な側面を読みとることもできるでしょう。
 さて、本作品は連作短編集の形を取っていて、第一話で、主だった世界観や登場人物たちの紹介がなされます。大富豪ブライスの正体やタイムマシンの秘密など、前半では解かれない謎が散りばめられ、それは以降の展開で、徐々に明らかになります。第一話で知りあった美女ジェニファーを助手にしたギブスンは、以降も不可思議な事件に巻き込まれていきます。その過程で深まる、ジェニファーとの仲も読みどころのひとつでしょう。
 どの短編も力作なのですが、連続殺人鬼の過去が改変されたため、被害者が全て生き返り、犯人も善人になってしまうという『空白の殺人者』は、かなり独創的な作品ですね。
 物語が進むにつれ、大富豪ブライスの謎が徐々に明らかになっていきます。彼の目的はいったい何なのか? その過程でブライスが主人公ギブスンにこだわる理由、ギブスンの秘密も明かされることになるのです。そして最終話、ギブスンが直面させられる究極の選択とは…?
 短編ひとつひとつが上質のSFミステリになっており、しかも全体で大きな物語を形成することになるという構成もじつに見事です。
 「タイムマシン」や「タイムトラベル」についてのある程度の知識がないと、作品の世界観がつかみにくい、という欠点はあるにしても、ミステリとSFのいいところを非常に上手く組み合わせた感のある、SFミステリの傑作といっていいでしょう。
この記事に対するコメント
気になっていました、この本
この作者だけに思弁的で凝った構成かもと躊躇していたのですが、そんなでもなさそうですね。連作短篇でもあるし。

過去の改変テーマでは、改変するのはいいとして、改変した過去を現在の自分が認識できるかの処理が気になります。記憶は過去のデータの積み重ねですから、現在の自分の記憶ではなんら変わってないはず。過去の改変が認識できるとすれば、因果律の外に出なければならない。その場合、本人の記憶は改変前の過去のものですから、果たして過去が改変されたと言えるのか?
なんだか論理学の自己言及のようでもあり、また、小説の視点の問題のようでもあり、楽しい思考実験ですね。
【2009/01/15 20:10】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
タイトルからして、ちょっと難しそうな感じがしますが、思いのほか、読みやすくて面白い作品ですよ。

過去が改変された後の記憶はどうなのか?という件に関しては、一部の人間には改変前の記憶が残る、という設定になっています。物質的なものに関しても、一部の品物は残されるというのも面白いところで、改変された過去の新聞などを扱う古道具屋、なんてのも出てきます。
厳密に考えると、パラドックスが起きているような気もするのですが、そのへんは上手くぼかしてます。というか、思考実験的な面に関しては、あんまり詳しく追求はしてません。不安定な世界で生きる人間たちがどう生きるのか、というところが、この作品の面白さですね。
【2009/01/15 21:58】 URL | kazuou #- [ 編集]

世界設定がじわじわと効いてきますね
はじめまして。
Yahooの書評カテゴリから見つけ、訪問させていただきました。
以前読んで面白かったリッチーの短編集やブラッドベリの『火星年代記』などが取り上げられるなど、SFやミステリで関心ある記事が多いので、これからもちょくちょく訪れることになるかと思います。

この作品、初めのうちはSF特有の暗黙のお約束を平気で破る世界設定に戸惑いますが、途中から面白さがじわじわと効いてくるのが特徴に感じました。
翻訳ものっぽいような、そうもでないような語り口やキャラクター設定も強い余韻を残します。

部屋に積読している翻訳ものがたまってきているので、少しずつ紹介していきたいと思います。よろしくお願いします。
【2009/01/27 21:43】 URL | ufit #- [ 編集]

>ufitさん
ufitさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

そうですね。序盤からこれだけ約束ごとを無視して、ちゃんと話が成立するのかな?と思わせられますが、読み終えると、見事にまとめてくれた感じですね。『時間もの』のルールを上手くひねっているので、この手のジャンルを読み込んでいる人ほど、楽しめるのではないかと思います。
翻訳ものを意識したつくりも好感触でした。
【2009/01/28 20:58】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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