「怪談集」とはいうけれど…  -河出文庫『怪談集』シリーズ-
 1988~1990年ごろにかけて、河出文庫から「怪談集」と銘打たれたシリーズが出ていました。「怪談」といっても怪奇実話ではなく、フィクション、小説を集めたものです。残念なことに、たぶん今現在は絶版だと思います。各国別のアンソロジーになっていて、興味深いシリーズでした。実際に出版されたものを挙げてみます。

 由良君美編『イギリス怪談集』
 荒俣宏編『アメリカ怪談集』
 日影丈吉編『フランス怪談集』
 種村季弘編『ドイツ怪談集』
 沼野充義編『ロシア怪談集』
 沼野充義編『東欧怪談集』
 鼓直編『ラテンアメリカ怪談集』
 種村季弘編『日本怪談集 上下』
 高田衛編『日本怪談集 江戸編』
 中野美代子・武田雅哉編『中国怪談集』

 並べてみると、結構冊数が出ていますね。このシリーズの特徴としては、編者の好みが出ていて、それぞれ特色のあるアンソロジーになっているところでしょう。中には「怪談」と呼ぶにはあまりに個性的なものも混じっています。簡単に触れてみましょう。
 『イギリス怪談集』は、伝統的な怪奇小説を集めたもの。ブラックウッド、レ・ファニュ、M・R・ジェイムズなど、怪奇小説の大家の作品が集められています。
 『アメリカ怪談集』も怪奇色が濃いのですが、イギリスよりも、より近代的な怪談、モダンホラーに近い感覚の作品集です。ラヴクラフト、ポオ、ビアス、ホーソーンなど。
 『フランス怪談集』は、硬派な幻想小説集。ジュリアン・グリーン、マルセル・シュウォッブ、マンディアルグなど、文学性が強い作品集です。
 『ドイツ怪談集』は、ドイツ・ロマン派から近代の怪奇小説まで、なかなかバランスのとれた編集。ホフマン、クライストから始まりエーヴェルス、シュトローブルなどプロパー作家はもれなく収録。ハンス・ヘニー・ヤーン、オスカル・パニッツァなど編者好みの前衛的な作品も入っているところが、にくいです。
 『ロシア怪談集』は、すばらしく目配りの行き届いた傑作集。プーシキン、ゴーゴリをはじめ、ドストエフスキーの珍しい作品やファンタジー作家アレクサンドル・グリーンの作品など、ロシアの幻想小説を概観するのに非常に便利なアンソロジー。
 『東欧怪談集』は、めちゃくちゃにマイナーな作品を集めたもの。これが文庫で出たこと自体、奇跡的なアンソロジーです。チャペック、エリアーデ、ダニロ・キシュ、ヤン・ポトツキ、パヴィチ、アイザック・シンガーなど。個人的には、ポーランド最高の怪奇小説家とされる、ステファン・グラビンスキの本邦初訳作品が掲載されているのが嬉しいです。
 『ラテンアメリカ怪談集』これは、もう「怪談」というよりは奇想小説集。いわゆる「マジック・リアリズム」系の作品集といっていいでしょう。ボルヘス、コルタサルの大家をはじめとして、アンデルソン=インベル、ムヒカ=ライネス、ビオイ=カサレスなど、とにかく読んで面白い物語揃い。
 『日本怪談集』この手の企画では珍しい、テーマ別編集。「家」「坂」「沼」「器怪」「身体」などのテーマ別にまとめられています。収録作家も純文学系、エンターテインメント系とバランスがとれています。森鴎外、三島由紀夫、芥川龍之介、筒井康隆、笹沢佐保、小松左京など、上下巻だけあってボリュームのあるアンソロジー。
 『日本怪談集 江戸編』これが一番「怪談」らしい巻でしょう。古典の現代訳を収めています。『雨月物語』『四谷雑談集』ほか、怪異小説集から抜き出した小品など。
 『中国怪談集』このシリーズ中もっともアヴァンギャルドな巻です。中国の怪談と言われて思い浮かべる志怪や伝奇ではなく、近代の奇想小説を集めています。しかも絵入り新聞『点石斎画報』からの抜粋や中国共産党の機関誌の記事なども入れてしまっているのには、驚かされます。もはや小説の枠組みさえ越えてしまっている、驚異的なアンソロジーです。

 このシリーズ、ぜひ再版してほしいものです。出来ればスペイン、イタリア、北欧などの巻も加えて。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

この記事に対するコメント
すごい
トラックバックありがとうございます。
それにしても、よだれが出そうなラインナップですねー。「ロシア」と「東欧」は絶対欲しいと思ったのですが、「ドイツ」と「フランス」も絶対に欲しいですね。頑張って探します
【2006/03/06 09:04】 URL | ntmym #- [ 編集]

傑作揃いです
『怪談集』は、どれも面白いです。でも『フランス…』は、他で読めるものが結構多いんですよね。そういう意味ではあまり珍しいものはないような気も…。ネルヴァル『魔法の手』とゲルドロード『代書人』の二つはけっこうレアな作品なんだろうと思いますが。
僕の好きなものとしては、順不同で『ラテンアメリカ…』『ロシア…』『イギリス…』でしょうか。
【2006/03/06 16:48】 URL | kazuou #- [ 編集]


本棚を見たら『アメリカ怪談集』だけ並んでました。創元推理文庫で復刊が始まった世界怪奇小説傑作集もそうですが、英米以外はいわゆる怪奇小説からはみ出るものが多いようですね。というよりも、ジャンルとして怪奇小説が確立しているのは英米だけということ?
個人的な好みを言えば、イギリスの怪奇小説をもっと読みたいですね。南條竹則さんあたりに頑張ってもらわないと。
【2006/03/07 21:43】 URL | 迷跡 #- [ 編集]


ぼくは怪談、怪異譚が大好きな人間なのですが、『東欧……』がエリアーデを入れているところは憎い!ですね。昨年『幻想小説全集』が完結しましたが、福武文庫で『ホーニヒベルガー博士の秘密』を初めて読んだときは、衝撃を受けました。古今東西の神話・宗教研究、自らの修行体験をもとに書かれただけあって、自分のすぐ傍らに異界への扉が開けているような、皮膚感覚のリアルさがありました。日本でいうと折口信夫とか、学者=作家による怪奇幻想小説アンソロジーなんていうのも面白い企画かもしれませんね。
【2006/03/07 22:33】 URL | ほうじょう #- [ 編集]

いいですね
このラインナップ、よだれが出そう。
はあ、絶版ですか。
惜しいなぁ。
先日、図書館にて創元社「怪奇小説傑作集英米編1」を見つけまして、面白そうだなぁと思ったんですが、小泉八雲を借りてしまったので、また今度借りてみようと思ってます。

一週間ほど前だと思いますが、NHKBSでやっている「ブックレビュー」という番組で(名前覚えました)、かわいらしいオジサマがしゃべってるなぁと思っていたら、沼野充義氏でした。
沼野氏がお勧めの一冊は伊坂幸太郎「魔王」。
惜しいっ。
同じ「魔王」でも、私が図書館から借りていたのはミシェル・トゥルニエでした(笑)
【2006/03/07 22:46】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]


>迷跡さん
たしかに他の国は英米ほどスタンダードな怪奇小説はないかもしれないですね。一応ドイツはエーヴェルス、シュトローブル、マイリンクなんかの怪奇プロパーの作家がけっこういたようですが。僕としてはこの辺のドイツ作家をもっと邦訳してほしいです。
あと英国製の作品ももうちょっと読みたいですね。かって国書から出た『怪奇小説の世紀』みたいなアンソロジーがあればいいんですが。

>ほうじょうさん
エリアーデ、実はあんまり読んだことがないのですが、けっこうコアなファンがいるみたいですね。
学者=作家による怪奇幻想小説アンソロジーですか! ゴリゴリの幻想小説集が出来そうですね。読みたいような読みたくないような…。

>くろにゃんこさん
沼野充義が出演していたのですか! それは見たかった。でも、自分の専門分野の本ではなかったんですね。あと伊坂幸太郎「魔王」は悪くないのですが、ちょっと尻切れトンボでがっかりしました。
『怪奇小説傑作集英米編』は、1よりたぶん2のほうがとっつきやすいと思います。(個人的な好みですが)
【2006/03/07 23:23】 URL | kazuou #- [ 編集]

コアなファンとは
私のことでしょうか(笑)
「東欧」のエリアーデはどの作品が所収されているのか、実は興味津々でした。。。

沼野氏は、「魔王」のテーマが純文学系でもっと取り上げられるべきものなのに、そういった作品が無いことへの不満と、エンターメント系のなかでは伊坂氏の才能を高くかっているようなことをおっしゃっていました。
伊坂氏の本は「オーヂュポンの祈り」しか読んでいませんが、なかなか面白い作家さんだと私も思います。

ところで、「フランス」の関連記事としてTBさせていただきました。
フランス文学は、私の今年の課題となりそうな気配がしています。
【2006/03/08 23:37】 URL | くろにゃんこ #Rr/PoIDc [ 編集]


くろにゃんこさんも、コアなファンでしたか! ちなみに『東欧怪談集』のエリアーデ、収録作品は『一万二千頭の牛』です。これは『幻想小説全集』に入ってるんでしょうか?

国内作家をほとんど読まない僕が言うのも何ですが、伊坂幸太郎はなかなかいい作家だと思います。センスに欧米作家と似たものを感じます。身も蓋もない言い方をすると、バタくさくてカッコイイとでもいうんでしょうか。『死神の精度』『ラッシュライフ』あたりがおすすめです。

フランス文学ですか。何気なくブログのカテゴリーを見てみたら、アメリカ作家の次にフランス作家を多く取り上げてましたね。気付かなかった(笑)。といっても僕のフランス文学読書は偏ってるんで、いわゆる文豪の作品ってほとんど読んでないんですよね。好きなのはアポリネール、カミ、シュペルヴィエル、トロワイヤ、エーメ、カミ、アレー、シュオッブ、シャルル・クロス、トリスタン・ベルナール、リラダンあたりでしょうか。みんな短編ですね(笑)。
【2006/03/09 00:12】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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