完全無欠のファンタジー  フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『金剛石のレンズ』
4488538029金剛石のレンズ (創元推理文庫)
Fitz‐James O’Brien 大瀧 啓裕
東京創元社 2008-12

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 19世紀半ば、アメリカで活躍し、夭折した伝説の作家、フィッツ=ジェイムズ・オブライエン。ポーとビアスをつなぐと言われるオブライエンの作品は、発表から100年以上を経た現在でも、みずみずしさを失っていません。奇抜な想像力、変幻自在のストーリーテリング、溢れる情感。その全てが「物語」の完成度を高めています。
 わが国でも、欧米怪奇小説の定番アンソロジー『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)に収録された『あれは何だったのか』によって、オブライエンの名は、怪奇小説ファンには知られていました。サンリオSF文庫から傑作集『失われた部屋』(大瀧啓裕編訳)も出ていましたが、絶版になって久しく、長年オブライエンの作品をまとめて読むことはできませんでした。
 今回出版された『金剛石のレンズ』(大瀧啓裕訳 創元推理文庫)は、サンリオSF文庫の傑作集の増補改訳版ということですが、未訳の4編を加えた、オブライエンの決定版短編集となっています。いくつか紹介していきましょう。
 
 『金剛石のレンズ』 幼時から顕微鏡の魅力に憑かれた青年は、長じてからは、学業を放棄して、顕微鏡の研究に打ち込みます。やがて市販の顕微鏡の限界を悟った彼は、巨大なダイヤモンドを使い、完全な顕微鏡を作ることに成功します。彼がその顕微鏡で除いた水滴の中には、世にも美しい女性がいたのです。彼女に「アニミュラ」と名付けた青年は、彼女への恋情に身を焦しますが…。
 極小世界に存在する女性への、不可能な恋に身を悩ます男の物語。無駄な部分をまったく感じさせない、間然するところのない傑作です。

 『チューリップの鉢』 異様に嫉妬深い男ヴァン・ケーレンは、妻が不貞を働いているのではないかと疑い、死に追いやってしまいます。死の床で後悔したヴァン・ケーレンは、死後、幽霊となって現れます。幽霊が持つチューリップの鉢は、何かの象徴なのではないかと考えた「わたし」は、屋敷の中を探索しますが…。
 生前に罪深かった男が幽霊となって現れる、というオーソドックスなゴースト・ストーリーです。「チューリップの鉢」についての謎はあっけないものの、ヴァン・ケーレンの人物描写に精彩が感じられます。

 『あれは何だったのか』 幽霊屋敷と噂される館に、女主人とともに引っ越した下宿人たち。ある夜、暗闇で何者かに襲われた「わたし」は、格闘の末、それを捕縛することに成功しますが、明かりをつけたそこには、何者の姿もありませんでした。しかし、触ればそこに肉体はあるのです…。
 目に見えない怪物を描いた怪奇小説。江戸川乱歩の分類によるところの「透明怪談」のマスターピースです。作中、ブルワー=リットンやホフマンの名が言及されるところから、オブライエンの読書指向も窺えます。

 『失われた部屋』 ある日、自分の部屋に見知らぬ人間たちが闖入しているのを見つけた「わたし」。何故ここにいるのかという質問に彼らは、あざ笑い、とり合おうとしません。しかも、自分のもののはずの部屋の中身は、微妙に違うものに置き変わっているのです。やがて彼らは、部屋の所有権をめぐって、賭けをしないかと持ちかけてきますが…。
 闖入者たちは何者なのか? 部屋の中身はどこにいってしまったのか? 不可解な状況に合理的な説明がつけられないため、無気味な余韻を残す作品です。

 『墓を愛した少年』 子供のものと思われる小さな墓。その墓に惹かれるものを感じた少年は、墓を飾り愛します。そんなある日、見知らぬ男たちが訪れ、墓の主は高貴な生まれであり、霊廟に移すためにやってきたと告げます。少年は悲しみに沈みますが…。
 墓を愛する少年を描いたファンタジー。哀惜の思いが胸を打つ、傑作掌編です。

 『世界を見る』 ありあまる詩への情熱を持ちながらも、それを表現する技術に欠ける青年チプリアーノは、魔術師の評判をとる医者セゲリウスに相談を持ちかけます。悩みの解決は可能だというセゲリウスの言葉に、チプリアーノは喜びますが、それには条件がありました。死ぬまで、あらゆるものを見て、理解してしまう、というのです。
 やがて天才的な詩を生み出すようになったチプリアーノは、すべてを「見て」しまうために、愛する女性にも美しい音楽にも価値を認めることができなくなってしまいます…。
 あらゆるものごとを理解する能力を手に入れた詩人の青年。しかし完全な能力とは、裏返せば、世界の不完全さを認識してしまうということでもあったのです。人間の幸福はどこにあるのか、ということを考えさせてくれる寓意作品。

 『パールの母』 美しく魅力にあふれた女性ミニーと結婚した「わたし」は、芝居を見るためにニューヨークに出かけます。芝居を見た夜、ミニーは突然ナイフで「わたし」に襲いかかります。妻は精神の病にかかっているのではないかと「わたし」は疑いますが…。
 妻が豹変した理由は何なのか? 凄惨な結末が、強い印象を残す作品です。
 
 『絶対の秘密』 両親を失い孤児となった青年は、互いに犬猿の仲にある二人の伯父の間で育ちます。片方の伯父の娘と恋仲になりながらも、もう一人の資産家の伯父の財産のために、彼女を捨てようとした彼は、結局どちらをも失ってしまいます。ひょんなことから死んだ人間と入れかわった青年は、謎の組織に追われることになりますが…。
 よんどころない事情から身元を偽った青年は、謎の組織に追われ続けます。追われる理由も示されず、事件の全容がまったくわからないままに終わってしまうという、まるでサスペンス小説の発端だけを読まされているような、何とも奇妙な物語です。謎が謎のままに終わる「リドル・ストーリー」の変種的な作品として読むのもありでしょう。

 『ワンダースミス』 ガロシュ通りに住む人形作りヘル・ヒッペ、通称ワンダースミスは、邪悪な魂を人形たちに埋め込むことによって、人形たちに人々を殺害させる計画を練っていました。せむしの青年ソロンは、ワンダースミスの娘ゾーニラを救うため、彼らの計画を阻止しようと考えますが…。
 邪悪な人形使い、せむしの青年、美しい少女。魅力的な人物やガジェットに溢れた、みずみずしいファンタジー作品です。

 『手から口へ』  ある夜、下宿から閉め出された「わたし」は、ゴロプシャス伯爵と名乗る男に出会い、一夜の宿を貸してもらうことになります。しかし連れていかれた先は、壁に目や手の生えた奇怪なホテルでした。隣の部屋に美女が捕らえられていることを知った「わたし」は、彼女を救い出そうと考えます…。
 壁一面に生えた手や目という異様なイメージとともに、なんともシュールなストーリーが展開する怪作です。正直、結末には問題があるのですが、それまでの展開があまりにインパクト大なので、最後がどうでもよくなってしまうほど。

 『金剛石のレンズ』『失われた部屋』『墓を愛した少年』『世界を見る』『ワンダースミス』『手から口へ』 。素晴らしい傑作の数々に、もはや言葉も出ません。「古典」といっていい年代の作品ながら、この新鮮さ、みずみずしさはどうでしょう! 清涼感あふれるファンタジーの数々に、読者は至福の時を得られるはず。
 ちなみに、オブライエンについては、本書の訳者でもある大瀧氏によるエッセイ『オブライエン覚書き』(幻想文学出版局『幻想文学45号』掲載)が参考になりますので、興味を持たれた方はご一読を。
 場合によっては、未訳の作品を集めた続刊の可能性もあるようです。ぜひ実現していただきたいですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
あ、早い‥
ちょうど昨夜買ったところでした(『天外消失』も一緒に)。
妻の蔵書の『失われた部屋』にも手を出していなかったので初オブライエン、楽しみです(『怪奇小説傑作集』では読んだはずですが)。年末年始用の一冊?
【2008/12/14 16:26】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

でましたね
おととい、こちらの書店をのぞいたときにはなかったような。
忘れてたから、チェックが甘かったのかもしれません。

この紹介記事を読んで、早く読みたくなりました。
みずみずしさを失っていないってことは、
オブライエンの何がよかったのか。
楽しみです。

【2008/12/14 17:20】 URL | kenn #NV6rn1uo [ 編集]

>迷跡さん
新訳の4編以外は、すべて既読だったので、再読に近かったのですが、改めて読んでも感動は薄れませんでした。何度も読んでいるはずの『あれは何だったのか』も、じっくりと読むと、また違った面白さがありますね。

『天外消失』は、いちおう店頭で収録作品を確認しました。それなりにレアな作品を精選してはくれてますが、個人的には今回はスルーでしょうか。
【2008/12/14 20:01】 URL | kazuou #- [ 編集]

>kennさん
収録作品の大多数は再読だったのですが、これほどいい作品だったとは思いませんでした。
ずいぶん昔に読んだきりなのですが、かなり感傷や情感が強かったような印象を持っていたんですよね。今回読み直してみると、記憶にある以上に、作品が理知的というか緻密に組み立てられているのに気づいて、驚かされました。
いまでも充分、人をうつ力を持った作品集だと思います。
【2008/12/14 20:08】 URL | kazuou #- [ 編集]

これぞファンタジー
至福の時を得ましたです。
何度読んでもいいですね、オブライエンは。
とくに「金剛石のレンズ」は、たまらなく好きです。
続刊が楽しみですね。
【2008/12/22 12:02】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

>タツナミソウさん
改めて読み直して、オブライエンの良さを認識しました。
解説にもありましたが、「金剛石のレンズ」は、無駄なところがまったくないですよね。うっすら結末の予測がつくにもかかわらず読ませてしまうところは、ものすごいリーダビリティの高さです。

続刊もぜひ実現していただきたいです。
【2008/12/22 20:57】 URL | kazuou #- [ 編集]


夫が好きそうだなと思って図書館でとりあえず借りたんです。
面白そうだとは伝えてあったんです。
夫は書店で見て「買い!」と判断してました(笑)
【2009/01/27 21:38】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
かなり古い年代の作品ですけど、いまでも充分魅力的だと思います。
当時の作品で、これだけの想像力を感じさせてくれる作家は、ポーあたりを除くと、他に思い当たりません。『手から口へ』なんか、現代の作家が書いたといっても通りそうなぐらいですもんね。
【2009/01/28 20:53】 URL | kazuou #- [ 編集]


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『金剛石のレンズ』 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン

 知る人ぞ知る名短編集の復刊である。とはいえ、再刊されるまで本書のことはあまりよ 異色な物語その他の物語【2009/02/21 20:15】

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Author:kazuou
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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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