喜劇と悲劇  ディーノ・ブッツァーティ『シチリアを征服したクマ王国の物語』
4834023524シチリアを征服したクマ王国の物語 (福音館文庫 S 54) (福音館文庫 S 54)
天沢 退二郎 増山 暁子
福音館書店 2008-05-14

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 短篇の名手である、イタリアの幻想作家ディーノ・ブッツァーティの『シチリアを征服したクマ王国の物語』(天沢退二郎・増山暁子訳 福音館文庫)は、児童文学に属する作品ですが、大人の鑑賞にも耐える優れた作品といえます。
 あらすじはつぎのようなもの。山に住んでいた「クマ」たちは、食料に飢え、人間たちの国に攻め込もうと考えます。王であるレオンツィオも、過去にさらわれた王子を探すいい機会だと考えて、その案に同意します。
 最初は苦戦を強いられていた「クマ」たちですが、巨漢のバッボーネの活躍により勝利を収めます。魔術師デ・アンブロジイースの力を借りたレオンツィオは、シチリアを征服し、息子を奪還することに成功します。
 新たな王国を打ち立てた「クマ」たちでしたが、やがて富や快楽に惑わされた「クマ」たちは堕落してしまいます…。
 タイトルからもわかるように、主人公は「クマ」たち。児童ものによくある、擬人化された動物ファンタジーか、と思われるでしょうが、侮ってはいけません。この作品のすごいところは、登場人物たちの「クマ」が「血と肉」を持って描かれているところです。ファンタジーゆえ「魔法」が登場したり、登場人物が生き返る、といったシーンももちろんあるのですが、大多数の場面においては、「クマ」たちは生身の生物として描かれます。

 けれど、槍や弓矢、銛などふりかざすクマが、
 鉄砲だの小銃だの、大砲だの長砲だのと戦って、何ができる?
 弾丸は前のようにふり、血は雪をまっ赤にそめる。
 こんなにたくさん死者が出て、だれがお墓をほるのだろう?


 人間と戦ったり、怪物と戦ったりする「クマ」たちは、都合良く勝利を収めるわけではありません。戦いのたびごとに、多数の犠牲が出るのです。そのあたりをぼかさずに描くあたり、ブッツァーティの作家としての良心が見えるようです。
 ユーモラスで奇想天外なお話の魅力もさることながら、この作品のもう一つの魅力は、作者自身による挿絵でしょう。画家でもあったブッツァーティの手になるユーモラスな絵は、とても魅力的。シンプルながら、細かいところまで描きこまれた挿絵は、見ていて飽きさせません。合戦のシーンを描いた挿絵などでは、部分部分が、物語を忠実に再現するように描かれているあたり、とても手が込んでいます。
 自らの王国を手に入れた「クマ」たちは、やがて堕落していってしまいます。飽くまで正義と公正さを愛する王レオンツィオの願いも空しく、物語は悲劇的な結末を迎えます。単なるお伽話の枠を超え、真摯なメッセージをも感じさせてくれます。
 長らく絶版だったこの作品、今年になって文庫として再刊されています。短篇小説だけではない、またひと味違ったブッツァーティの魅力が味わえる作品ですので、この機会にぜひ。
この記事に対するコメント
再刊されたんですね!
大変ごぶさたしております。

この本、ブッツァーティの挿絵が大好きです!

イタリア語版を持っているのですが、イタリア語を習っている手前、
原書で読もうと思って買ったものの、
けっきょく日本語版を図書館で借りて読むはめになった、というていたらく。
児童書と思っていたら、意外にシビアな展開で驚きました。

日本語版もほしかったのですが、絶版だと思ってあきらめてました。

それにしてもブッツァーティ、絵うまいですよね。
【2008/11/14 01:21】 URL | 春巻 #eEWuiN3Q [ 編集]

熊戦士!
熊殺しウィリー・ウィリアムズ(古い!)が猛者を募って時空往還機で乗り込む…なんて妄想してしまいました。
熊の狂戦士なんか迫力ありそうですね。
あの短編集がよかったから食指が動きます。
【2008/11/14 20:15】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>春巻さん
僕もこの本ずっと探していて、ネットの古本屋で見つけたものの、ものすごい値段がついていてあきらめていました。
手に入れやすい廉価版で出してくれて、とても嬉しいです。小型だけれど、挿絵も充分見やすい大きさですし。
語り口はお伽話のそれだし、展開もオーソドックスではあるんだけれど、クマたちがばかばか死んでしまうところはすごいと思いました。
ブッツァーティの絵は、ひとつの画面のなかに、物語の細部が忠実に描きこまれているところが、じっくり眺めていて楽しいですよね。

それにしても、イタリア語版の原書とはすごいです。
【2008/11/14 21:06】 URL | kazuou #- [ 編集]

>迷跡さん
ブッツァーティの短篇とは、ぜんぜん趣が違うんですけど、これはこれで楽しい作品ですよ。なんといっても挿絵の魅力が大きいです。とくに後半、銀行強盗をするクマとか、放蕩を繰り返すクマとかが描かれる挿絵が、とてもユーモラスで心に残ります。
【2008/11/14 21:08】 URL | kazuou #- [ 編集]

読みました!
早速TBさせていただきます。

昨日書店で思い出し、挿絵に魅かれて即購入。
まず挿絵だけをじっくりと通しで鑑賞しました。本文でも挿絵に言及していたりして愉快です。
戦時中に子ども向けの新聞に連載されたようなので、念のため『神を見た犬』の解説を読み直してみました。確かに時代的には微妙な内容だったでしょうね。
【2008/11/17 22:36】 URL | 迷跡 #- [ 編集]


おお、読まれましたか。
児童書だけに、短篇で見るほどのブラック・ユーモアはありませんが、それでも単純な勧善懲悪に終わらないところが魅力です。
それにしても、ブッツァーティの絵も小説に劣らず魅力的。他の絵画作品も見てみたいですね。
【2008/11/18 21:30】 URL | kazuou #- [ 編集]


大分ご無沙汰しております。
いつも興味深く記事を拝見させてもらってます。

これが読みたくて、久々に児童書を買ってしまいました。

一見ファンタジーのようで、
結構血なまぐさかったり、クマたちの堕落が描かれたりで
なかなか読み応えのある内容でしたね。

あとは挿絵が出てくるたびに、本文と照らし合わせて
色々探すのも楽しかったです。
さらに、たとえば、劇場の挿絵で
ティンパニ奏者だけ頭をティンパニに突っ込んでいたり
ユーモアもあって、
細かいところまで見ると、挿絵の中で、
どんどん物語が膨らんでいく感じが良かったです。

【2008/12/11 00:26】 URL | ANDRE #- [ 編集]

>ANDREさん
コメントありがとうございます。

基本はオーソドックスな児童文学なんですけど、細かいところまで手の行き届いた「良心的」な作品ですよね。

そうそう、挿絵の細かいところが、とても丁寧に描かれていて物語の「ふくらみ」を感じます。挿絵を眺めているだけでも、楽しい作品ですね。
【2008/12/13 19:09】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんばんは、はじめまして。ふくろう男と申します。
いつも興味深く拝見しています。

ブッツァーティは好きな作家の一人です。
ちょうど児童文学が読みたいと思っていたところなので、さっそく探してみることにします。
それにしても、くまと児童文学の組み合わせってすてきですね。ぬくぬくとした環境で読みたいです。
【2008/12/13 22:56】 URL | ふくろう男 #EaNH9XtA [ 編集]

>ふくろう男さん
ふくろう男さん、はじめまして。コメントありがとうございます。

ブッツァーティの作品は、ジャンルを問わず、とても面白いですよね。切れ味するどい短編もよいけれど、こうした童話作品も味があります。

たしかに「クマ」って、童話やファンタジーに、かなり親近性の高いキャラクターですよね。イメージ的な「かわいさ」が先行します。それを逆手にとって「リアル」な物語に仕上げたのが、ブッツァーティの手腕といえるのかもしれません。
【2008/12/14 09:07】 URL | kazuou #- [ 編集]


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プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
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主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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