壮大なヴィジョン  Boichi『HOTEL』
4063727459Boichi作品集HOTEL (モーニングKC)
Boichi
講談社 2008-10

by G-Tools

 優れたSF作品が感じさせてくれる「センス・オブ・ワンダー」。漫画作品において、これを感じさせるのは容易ではありません。活字で全てを表現できる小説作品に比べ、具体的な「絵」として物語を提示しなければならない漫画作品においては、作者の「想像力の限界」が露骨に出てしまうからです。
 その点、漫画においてこれほどの「想像力」と「センス・オブ・ワンダー」、そして感動を与えてくれる作品と出会ったのは、本当に久しぶりです。韓国出身の漫画家、Boichi(ボウイチ)による『Boichi作品集 HOTEL』(講談社 モーニングKC)に収められた短篇漫画は、素晴らしい画力とあいまって、スケールの大きさを感じさせてくれるSF作品になっています。
 とくに表題作である『HOTEL』は素晴らしいの一言につきます。あらすじは次のようなものです。
 近未来、温暖化により海が消滅し、地球は人類が住めない灼熱の惑星になるということが、科学者ドキンス博士によって予言されます。環境変化を抑えることが不可能と判断した博士は、二つの提案をします。ひとつは127光年先の恒星系に宇宙船「方舟」を送り出すこと。ただし17万年かかるこの旅において、人類を救うことはできません。救えるのは人類のDNAと文明の記録だけ。
 そしてもうひとつの提案は、ドキンス博士の弟子である安野から出されます。それは、南極に4720mにもなる巨大な塔を建て、そこに人間以外のDNAを保存すること。しかしこれもまた、人間を救う手段ではなく、ただ人類が犯した罪の「責任」を負うためのモニュメントとしてでした。
 「塔」はやがて完成しますが、そこに搭載された人工知能は、安野の学生であるキラによって「ルイ」と名付けられます。莫大なDNAの保管が始まったころから、「塔」はやがて「ホテル」と呼ばれはじめます。
 数千年後、地球環境の激変により、人類は絶滅してしまいます。しかし「ホテル」は自らの故障を直すほどの賢さを身につけて、ひたすら建ち続けます。数万年、数十万年が経過するにつれ、直しきれないほどの故障を抱え、ぼろぼろになりながらも「ホテル」は保管したDNAを守り続けようとします…。
 人類の絶滅後も、ひたすら、保管されたDNAを守り続けようとする「ホテル」。人類が生き残る可能性も、地球環境が回復する可能性もゼロであるなか、人工知能「ルイ」は、作り主である安野とキラの指示を愚直なまでに守り続けます。
 人類絶滅後の語りは「ルイ」の視点で物語が進みます。自らを「ホテル」の「支配人」と任ずる「ルイ」は、環境の激変によって何度も壊れそうになりながらも、自らを修理し生き抜こうとします。そして数千万年後、ついに限界に達した「ルイ」の眼の前に現れたものとは…?。
 全く救いのない絶望的な状況。永劫と思えるほどの果てしない時間。そして結末にほの見える、かすかな希望。読み終えたとき、あなたは感動せずにはいられないはずです。アーサー・C・クラークの『太陽系最後の日』、あるいはロジャー・ゼラズニイ『フロストとベータ』やジェイムズ・イングリス『夜のオデッセイ』、レイ・ブラッドベリの『優しく雨ぞ降りしきる』などと同種のインパクトを与えてくれる、神話的な手触りさえ感じさせる超傑作作品です。
 『HOTEL』以外にも、読みごたえのある作品が収録されています。例えば『PRESENT』は、昏睡状態から目覚めた妻をめぐる夫とその父親の葛藤を描く物語。長い期間眠り続けていた妻が目覚めたことに夫は喜びますが、妻が生きていられるのは数日間のみ。どう接すばいいのか、悩む男の姿が描かれます。
 これだけでもよくできた作品なのですが、結末においてこれがSF的な設定の物語であったことが明かされます。これによって物語は重層的な厚みを増し、登場人物たちの心理にも複雑さが生まれるのです。
 『全てはマグロのためだった』は、打って変わって壮大なホラ話。なけなしのお金で、人類最後のマグロを父親から食べさせてもらった男、汐崎は、長じてマグロに執着するようになります。絶滅したマグロを探そうと、世界中の海を探すものの見つからず、それではマグロを合成して再生しようとします。やがては宇宙に水のある惑星を探し出し、そこでマグロを探そうとしたりしますが、汐崎の試みはことごとく失敗します。しかし、それぞれの試みにおいて、マグロ探しには失敗するものの、地球平和を実現したり、エネルギー問題を解決したりと、予期せぬ副産物を生み出すのです。老いた汐崎はやがてノーベル賞を受賞するまでになりますが、彼の心は満たされません…。
 主人公が何かするたびに、地球規模で何かが起こり、というパターンがエスカレートしていくのが、コメディタッチで描かれます。そしてそれは宇宙規模にまで及び、はては驚愕の結末を迎えます。最後の最後までマグロをめぐって物語が展開するところにある種「凄み」を感じてしまいます。
 何本か収録されたSFショート・ショートも楽しく、全体を通して、ひじょうにレベルの高い作品集になっています。表題作の『HOTEL』だけでも、確実にこの本を買った元がとれるでしょう。

テーマ:コミック - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント
Boichi『HOTEL』
kazuouさん、はやいっ。
もうこれだけのレビューを書いてらっしゃるとは。
こういう漫画家がいること、まったく知りませんでした。
とにかく本屋さんで探します。
【2008/11/02 17:47】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

>タツナミソウさん
これは本当にオススメの作品ですね。
表題作は短篇ながら、上質のSF小説を読んだのと同じかそれ以上の感動を与えてくれます。下手すると馬鹿らしくなってしまいそうなほど壮大なテーマなんですが、作者の画力がとんでもなく高いので、そんなことを全く感じさせません。
SFファンにも、そうでない方にも、読んでいただきたい作品です。
【2008/11/02 20:13】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんにちは。

ぼくも、この本も作者も知りませんでした。
kazuouさんの説明を読むかぎり、「HOTEL」の読後感は、
映画「サイレント・ランニング」のラストに似ているような気がします。
スケールはちがいますけどね。
【2008/11/02 21:04】 URL | kenn #NV6rn1uo [ 編集]

>kennさん
『サイレント・ランニング』、タイトルは聞いたことがあるのですが、内容は全然知りませんでした。ネットで調べてみたら、たしかに『HOTEL』に通じるところのあるような作品みたいですね。なかなか面白そうです。これはぜひ見てみたいと思います。
【2008/11/02 23:14】 URL | kazuou #- [ 編集]

>kazuouさん
いま思うと、「天空の城ラピュタ」のラストにも通じる気がします。
こんなふうなラストというか、世界のさびしさみたいなのが、
なぜか好きなんですよね。
【2008/11/02 23:39】 URL | kenn #NV6rn1uo [ 編集]

寂寥感
僕も、小説や映画で「破滅」とか「終末」とかを扱った作品がすごく好きなんですけど、そうした作品の「寂寥感」に惹かれるのかもしれませんね。
そういえば、スピルバーグの「A.I.」なんかも、ラストの「寂寥感」はすばらしかったと思います(作品自体は失敗作だと思うんですが)。
【2008/11/03 12:19】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんばんは。
レビューを読ませていただいて、ものすんごく興味津々。
kazuouさんの文章力が素晴らしすぎて、レビューを夢中になって
読んでしまいました。
この本ってコミックですよね?早速本屋で探してみます^^

P.S 寂寥感という言葉を初めて知り勉強になりました。
kazuouさんのブログでは国語の勉強もさせていただいてます(笑)。
【2008/11/03 20:32】 URL | TKAT #- [ 編集]

>TKATさん
いえいえ、作品があまりに素晴らしかったので、夢中になってレビューを書いたんですよね。これはできるだけ多くの人に読んでもらいたいです。
後から調べてみたら、何年か前に読み切り作品として、雑誌掲載されたらしいんですが、その時から絶賛の嵐だったようです。たしかに、これは凄いです。英語で発表されてたら、すぐハリウッドから映画化権交渉が来そうなほどですよ。
TKATさんの感想もお聞かせ願いたいです。
【2008/11/03 21:25】 URL | kazuou #- [ 編集]

面白かったです^^
こんばんは^^

『HOTEL』はよく40数ページで2700万年間のこれだけのものをうまい具合に描いているなと感心しました。やはりBoichiさんの画力でしょうね。
『PRESENT』や『全てはマグロのためだった』も良かったですが、Short SFも別の面白さがあって器用な作者さんだなと。『編頭痛』なんて絵のタッチが全く違うだけでなく、頭がパカって・・・。最高です(笑)。

ただどうしてもラストの『Diadem』だけはどのような話なのか理解できなくって・・・。もしかしたら自由の女神に何か関係があるのか?なんて思ったりもしたんですがどうも違うようで。kazuouさん、ヒントをお願いします^^;
【2008/11/24 23:40】 URL | TKAT #- [ 編集]

SF漫画の傑作
あの長さで、あれだけの密度。かなり緻密な絵柄なので、長編で描かれていたら、逆に疲れてしまったかもしれません。短篇だけに余計インパクトが強いという面もあるかも。
短い作品でも、すごいセンスが感じられますよね。もともとSFが好きだったということなので、ちゃんとした「SFマインド」を持った作家さんのようです。

『Diadem』は、僕も正直よくわからなかったです。明確なストーリーがあるというより、イメージを楽しむ作品なのかな、と思ったりしました。
【2008/11/26 21:06】 URL | kazuou #- [ 編集]


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「Boichi作品集 HOTEL」 Boichi

『Boichi作品集 HOTEL』    著者:Boichi  出版社:講談社 <簡単なあらすじ> 人類はついに「海」というパンドラの箱を開けてし... TK.blog【2008/11/24 23:36】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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