あのころの怪奇  歳月社『幻想と怪奇』
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 1973~74年にかけて発行された『幻想と怪奇』(歳月社刊(創刊号のみ三崎書房))という雑誌がありました。タイトルからもわかるように「怪奇小説」や「幻想小説」の専門誌です。欧米の作品の翻訳が中心で、評論やエッセイも取り混ぜた、とても面白い雑誌でした。
 実質的な編集者は、紀田順一郎と荒俣宏。寄稿者には、桂千穂、鏡明、大滝啓裕、山下武、安田均などが名を連ねています。
 全部で12号が発行されましたが、全号揃いとなると、古書でも高値がつくことが多いようです。出版物の常で、後半の号の方が入手が難しく、僕もようやく最近になって、全号を揃えることができました。というわけで、今回はこの雑誌『幻想と怪奇』を紹介したいと思います。
 この雑誌、毎号特集が組まれているのですが、まずは、全号の特集内容を並べてみましょう。

創刊号 魔女特集
 二号 吸血鬼特集
 三号 黒魔術特集
 四号 ラヴクラフト=CTHULHU神話特集
 五号 特集/メルヘン的宇宙の幻想
 六号 幻妖コスモロジー 日本作家総特集
 七号 特集=夢象の世界
 八号 中編小説特集・オカルト文学の展開
 九号 特集=暗黒の聖域
 十号 現代幻想小説特集
十一号 幽霊屋敷特集
十二号 特集:ウィアード・テールズ<パルプマガジン>

 「魔女」とか「吸血鬼」はともかく、「夢象の世界」とか「暗黒の聖域」なんて、かなり肩ひじ張ったタイトルもありますね。この雑誌にかける編集陣の意気込がうかがえるようです。それがよくわかるのが「創刊の辞」。少し引用してみましょう。

 昨今の時代的風潮から、この種文学への関心が高まっているが、いまだその主流にあたる作品が未紹介な現状に隔靴掻痒の思いを抱いている読者も多いことと思われる。
 われわれはここに多年の探究と豊富な資料を背景に、このジャンルに理解ある人々の助力を得て読者に”もう一つの世界像”を提供したい。埋もれた文献の発掘や研究評論、日本の作家の育成にも力をつくしたいと念願している。


 現在であれば「ホラー」「怪奇小説」はエンタテインメント・娯楽扱いでしょうが、編者の紀田順一郎と荒俣宏の考え方も反映されているのでしょう、むしろ怪奇幻想小説を「文学」として認めてほしい、という口吻が感じられます。
 実際、雑誌の前半の号は、意気込みに負けないだけの質の高さになっています。例えば創刊号では、M・R・ジェイムズ、A・E・コッパード、アーサー・マッケン、E・F・ベンスン、ロード・ダンセイニ、H・P・ラブクラフト、ブラム・ストーカー、アルジャナン・ブラックウッドなど、この分野ではお馴染みの作家たちの短篇が訳載されています。他にも種村季弘、権田萬治、瀬戸川猛資らのエッセイ、山下武のブック・レビュー、橘外男の作品の再録、カゾット『悪魔の恋』の長編分載など、非常に充実したつくり。巻末には、荒俣宏になる『世界幻想文学作家名鑑』が掲載されています。
 ちなみに、この荒俣宏『世界幻想文学作家名鑑』は、のちに『世界幻想作家事典』(国書刊行会)としてまとめられることになります。
 また、二号では、アレクセイ・トルストイ、C・A・スミス、H・R・ウェイクフィールド、H・ウォルポール、W・デ・ラ・メア、W・H・ホジスンなどの作品を収録。J・B・キャベルやL・P・ハートリィのファンタジーなども掲載されています。
 この調子で六号あたりまでは、翻訳といい、評論やエッセイといい、ひじょうな充実度を誇っています。とにかく掲載されている翻訳短篇の数が多いのがウリで、アンソロジーとしても楽しむことができます。
 特集としては、トールキンやドイツ・ロマン派の「メルヘン」を扱った五号や、全編日本作家で埋めた六号などは、非常にユニークな企画でした。
 さて、この『幻想と怪奇』、六号まではページ数も多く、紙質も良かったのですが、七号から途端に総ページ数が激減します。もともと隔月刊だったのが、この号から月刊になっています。それを考えに入れても、かなりパワーダウンしているのは否めません。経済的な要因なのでしょうが、やはり翻訳の数が激減しているのが痛いです。全体にかなり薄味になってしまっています。
 それでも、特集はユニークなものが多く取り上げられています。十号の「現代幻想小説特集」、十一号の「幽霊屋敷特集」、十二号の「ウィアード・テールズ」などは、ひじょうに面白い企画でした。
 とくに「幽霊屋敷特集」では、ブラックウッド、L・A・G・ストロング、H・R・ウェイクフィールド、デビッド・H・ケラー、ロバート・エイクマンらのゴーストストーリーを載せるという、じつにマニアライクなセレクション。ウェイクフィールドの作品は、かの有名な幽霊小説の逸品『赤い館』(これが初訳ではないでしょうか)です。
 時代的に早過ぎたということもあり、商業的には失敗だった雑誌といえるのでしょう。ただ、何の需要もないところに、ポンとこの雑誌が創刊されたと考えるのは早計です。当時の時代背景を考えに入れる必要があります。
 桃源社の《大ロマンの復活》シリーズによる、戦前の異端文学・探偵小説の再刊、それに続く夢野久作や久生十蘭の復活がありました。創土社からは、《ブックス・メタモルファス》シリーズとして、M・R・ジェイムズ、ブラックウッド、エーヴェルス、ホフマンなど、欧米の幻想文学の紹介。牧神社からはアーサー・マッケンの集成が刊行されました。折しも、映画『エクソシスト』の公開によるオカルトブームなどもあり、怪奇幻想文学の出版物を出す余地は高まっていました。
 ただ、そのブームが一時的なものであり、いまだ「ホラー」や「怪奇小説」が日本に根付くのが、90年代に始まるホラーブームを待たねばならなかったことを考えると、この雑誌が短命に終わったのも仕方がないことなのかもしれません。
 雑誌の内容は、いま読んでも充分に魅力的です。もともと内容からして、数十年程度で古びるようなものではありませんし、いまだにこの雑誌でしか読めない翻訳短篇も多いです。そして、この雑誌から、後の《世界幻想文学大系》(国書刊行会)や荒俣宏編『世界幻想作家事典』(国書刊行会)が生まれたこと、そして、後のこのジャンルの出版・翻訳紹介に多大な影響を及ぼしたことを考えると、歴史的にも重要な雑誌であったということができるかと思います。
 この雑誌の復刻企画が進んでいるとの話もちらほらあったのですが、どうやら途絶しているようです。同じような系統の雑誌『血と薔薇』の復刻企画もありましたし、『幻想と怪奇』の復刻もじゅうぶん実現可能なような気がするのですが。
 『幻想と怪奇』については、全号の目次を載せた『幻想文学25号』(幻想文学出版局)の「ファンタスティック・マガジン」特集、あと、この雑誌の編集者であった紀田順一郎の回想『幻想と怪奇の時代』(松籟社)が参考になります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
祝、コンプリート!
四号、十一号、十二号あたりは見たいですね。
個人的なことを言えば、おもしろい小説を読みたいだけなんですが、その結果として、ここ十年ばかりはホラーに滞留しています。
これも道を切り開いてくれた先人のおかげ。改めて感謝です。
【2008/10/22 19:25】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
バラで集めていたので、この雑誌を揃えるまで何年もかかってしまいました。
初期の号の翻訳短篇は、面白いものがたくさん載っているので、今でも面白いですよ。創刊号とか二号あたりには、雑誌全体にとても「熱気」が感じられて感慨深いです。
四号のラヴクラフト特集は、当時としては画期的だったのではないかと思います。まだ『ラヴクラフト全集』も「クトゥルー神話もの」もほとんど翻訳がなかったころですし。
【2008/10/22 20:38】 URL | kazuou #- [ 編集]


復刻版は結局なあなあで立ち消えになってしまったのでしょうか。
残念ですね。

私はMMの「譲ります」コーナーで揃いで譲ってもらいました。(有料ですが)
後半になるほど薄く、でも逆に『同人誌』っぽくなるのが妙に嬉しかったです。
確か十二号は「廃刊が決まっていたので、やりたいことをした」と荒俣さんが
仰られていたような記憶が・・。

現在でも同じ企画の雑誌が売れるか、というと必ずしもそうではなさそうですが
そのもっと以前にこういう雑誌が出ていた、ということ事態が凄いな、と思います。
【2008/10/23 22:41】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

>shenさん
そうなんですよね。後半の号は、『同人誌』を思わせる作りでした。ただ、個人的には初期の号のあの充実感が忘れられないです。

なるほど。最終号は荒俣氏の趣味を出したんでしょうか。四号のラヴクラフト特集はともかく、雑誌全体からすると、十二号の特集が他の号に比べて、ちょっと浮いているような感じはしてたんですよね。

現代で同じテーマの雑誌をやっても、商業的に成り立たせるのは難しいでしょうね。「ミステリ」や「SF」のファンで「ホラー」も好き、という人はある程度いるんでしょうが、純粋な「ホラー」ファンって、少ないような気がします。それを考えると、あの時代にこれだけマニアックな専門誌を作ったというのは、かなり凄いことだったんだな、と思います。


復刻版に関しては、どうも立ち消えになってしまった感じですね。とても残念です。
【2008/10/25 18:53】 URL | kazuou #- [ 編集]

お久しぶりです
かつて所有していた稀覯本には『血と薔薇』を含む澁澤関連、それと寺山関連がほぼ全て網羅していましたが、ほぼ全て売却してしまいました。それでも『幻想と怪奇』はどうしても手元において置きたかったので、今でも大切にしてあります。
先日、引越しの際に、全コレクションを整理することができ、写真に残してますので、よければ見に来てください。http://d.hatena.ne.jp/inmymemory/20081106/1225908633
【2008/11/08 00:14】 URL | inmymemory #fOnhQ/A. [ 編集]

>inmymemoryさん
inmymemoryさん、こんにちは。

写真に載せられているだけでも、充分魅力的なコレクションです。これであらかた処分した後、というのを聞くと、もとのコレクションはどれだけすごかったのか、と想像させられてしまいますね。
【2008/11/08 18:59】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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