青年の未来  埋もれた短編発掘その25 W・C・モロー『アブサンの壜の向うに』
 極限状況に立たされた青年が出会った謎の男。男との出会いは、青年をどこへ導くのでしょうか…?
 W・C・モロー『アブサンの壜の向うに』(山本やよい訳『ミステリマガジン1984年8月号』早川書房収録)は、二人の男の出会いを語った、異様なシチュエーションの物語です。
 ある雨の夜、まだ若いアーサー・キンバリンは、空腹をかかえて街にたたずんでいました。手元には金目のものはなく、もう70時間も何も口にいれていなかったのです。

 紳士の家に生まれ、紳士として育てられた彼には、物乞いする勇気も物を盗む才覚も欠けていた。思いがけない出来事が訪れない限り、二十四時間以内に湾に飛びこんで溺れ死ぬか、肺炎を起こして路上でのたれ死ぬかのどちらかになるだろう。

 あてどもなく歩いていたキンバリンは、通りかかったレストランの前に、一人の男が立っているのに気づきます。

 キンバリンの同情をゆさぶったのは、たぶん言いようのない苦悶の表情だったのだろう。若者はおずおずと足をとめて、未知の男を見つめた。

 男は、キンバリンに一杯飲まないかと誘いをかけます。中に入ると、男はカウンターでアブサンを一本買ってきてくれないかと、金を出します。すきっ腹に酒を流し込み、一心地ついたキンバリンに、男は賭けをしないかと持ちかけます。やがてゲームが始まると、キンバリンの勝ちが続きます。

 このころになると、アブサンの酔いでキンバリンの体の機能は鋭敏そのものと化し、酒が餓えに与えた一時的な満足感が消え去ったあとに、肉体の苦痛がその攻撃力をうんと高めてもどってきた。買った金で夕食を注文してはいけないだろうか。だめだ、とんでもない話だ。それに謎の男は食事のことなど一言もいっていない。

 キンバリンの勝った額は莫大なものとなりますが、男はそろそろ最後の一勝負をしようじゃないかと言い出します。キンバリンはためらうことなく承知します。

 謎の男がじれったいほど緩慢な動作で賽筒を取り上げるのを見ながら、腹をすかせた若者の心臓は激しい動悸を打った。男が筒を振るまでにかなりの時間があった。

 若者に比べ、ふところに余裕のあるらしい謎の男。しかしその苦悶の表情には、キンバリンと似たものがありました。謎の男の正体とは? 互いに孤独を抱えた二人の男の勝負の行方は…?
 そしてキンバリンは、思いもかけない事態に出会います。彼に降り掛かったのは「幸運」なのか「不運」なのか。
 全編を通して登場するのは、ほぼ二人の男だけ。異様な静けさにもかかわらず、横溢するサスペンス。多様な解釈を許す結末には、人間の運命の残酷さ、そして不可思議さが感じられます。まさに傑作と呼ぶにふさわしい短篇です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
W・C・モロー
これはもう、早く読まねば。
今、図書館に「ワイン通の復讐」の取り寄せをお願いしています。
【2008/10/16 16:39】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

あぶさん
アブサンを小道具に使ったしゃれた短篇をいくつか読んでいるような気がします。
アブサン・アンソロジーもありでしょうか。表紙はもちろん水島新司。
【2008/10/16 20:24】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>タツナミソウさん
『ミステリマガジン』の掲載号も見つけたので、紹介してみました。
訳はたぶんこちらの方がいいのですが、『ワイン通の復讐』の方も悪くないと思います。
とにかく、シチュエーションの奇抜さと結末の余韻がすばらしいです。
【2008/10/16 21:36】 URL | kazuou #- [ 編集]

>迷跡さん
海外の小説作品には、よくアブサンが出てきますよね。アブサンに限らず、小道具としての酒の使い方が、やっぱり海外作家はうまいです。ロアルド・ダールとかスタンリイ・エリンとか。
なるほど、水島新司の『あぶさん』というわけですね。
【2008/10/16 21:39】 URL | kazuou #- [ 編集]

怖い酒・アブサン
「ワイン通の復讐」が手許に来ました。
「アブサンのボトルをめぐって」がやっと読めました。
面白い!
kazuouさんが「アウル・クリーク橋の一事件」に似た印象と仰った意味も、わかりましたよ。

解説文に、“アブサンの特徴を描ききった作品”とありましたが、凄いお酒なんですね、アブサンって。ああ、恐ろしい。
それから、モローがどうやって死んだのかも書いてあって、これは確かに“戦慄”に違いありませんね。
【2008/10/23 16:38】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

>タツナミソウさん
読まれましたか。
「アウル・クリーク橋の一事件」風というか、今となってはあれと似たような手法もそう珍しくなくなっていますが、書かれた当時、19世紀ではかなり読者に衝撃を与えたのでは…と思います。
その手法を差し引いても、雰囲気といい語り口といい、傑作であることには間違いないでしょうね。
アブサンは、聞くところによると、かなりきついお酒だそうですね。この作品は、ほかならぬアブサンだからこそ成り立っている話だといえるのかもしれません。
【2008/10/23 20:56】 URL | kazuou #- [ 編集]


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