シンプソン氏の秘密道具  プリーモ・レーヴィ『天使の蝶』
4334751660天使の蝶 (光文社古典新訳文庫 Aフ 5-1)
関口 英子
光文社 2008-09-09

by G-Tools

 イタリアの作家プリーモ・レーヴィ。彼の短編集『天使の蝶』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫) には、シニカルかつブラック・ユーモアに満ちたSF的な短篇が収められています。
 収録作品に共通するのは、風変わりな「機械」や「発明品」が登場するところ。空想的な「機械」や「発明品」の使用によって、ストーリーもまた風変わりな方向に進んでいくところに、レーヴィの短篇の面白さがあります。そして、多くの作品において「機械」を持って現れるのは「シンプソン氏」という人物。彼が狂言回しとして活躍します。
 ある意味『ドラえもん』の「秘密道具」に似たようなタッチの作品といってもいいでしょうか。

 『ビテュニアの検閲制度』 ビテュニアでは、検閲の需要が大幅に増えた結果、人員が足らなくなっていました。最初に検討されたのは機械化でしたが、手違いで逮捕・処刑される人間が出る始末。最終的に採用された方法とは、なんと「家畜」を使用するものでした…。
 効率を優先する結果が行き着く先とは…。皮肉な視線で描かれる寓話的作品です。
 
 『詩歌作成機』 注文をこなしきれなくなった詩人は、NATCA社のシンプソン氏にある機械を依頼します。それは「詩歌作成機」。あらゆるジャンルの詩や散文を自動的に作成する機械でした…。
 創造的な「詩」とは対極にあるはずの機械。自らのアイデンティティをあっさり捨てる詩人の姿が、皮肉をもって描かれています。作中に登場する「詩」は、それぞれユーモアたっぷり。

 『天使の蝶』 レーブ教授の持論は、人間はその能力の全てを開花させていない、というものでした。もし人間に人為的な操作を加えて「成体」にさせることができれば、それは「天使」と呼ぶにふさわしい存在であるはずだ、というのです。教授は持論を証明すべく、人体実験を始めますが…。
 皮肉まじりながらも、ユーモアの色濃い本作品集の中にあって、もっとも暗鬱なトーンで描かれた作品です。なにやらナチスを思わせる実験が登場しますが、それらがすべて伝聞の形で提示されるところに、特色があります。

 『低コストの秩序』 シンプソン氏が持ってきたのは《ミメーシン》と呼ばれる複写機でした。それは表面だけでなく、奥行きまで再現する、つまり完全な複製を作る機械だったのです。シンプソン氏の制止にもかかわらず、「わたし」は、ダイヤモンドを複製し、ついには昆虫の複製にとりかかりますが…。
 倫理観の強いシンプソン氏に対して、好奇心から様々なものを複製してしまう「わたし」が対比的に描かれます。

 『人間の友』 サナダムシを構成する細胞に規則的な配置が発見されます。アッシリア学者ロスアードは、そこにメッセージが現れていると主張し、いくつもの詩句を再現していきます。そこには、個々に異なった詩文が記されていたのです…。
 「サナダムシの詩」が登場する、ユーモアにあふれた物語です。愛について語った詩や、なんと寄生主と寄生虫の関係について語った詩なども登場します。

 『《ミメーシン》の使用例』 いささかモラルに欠けた「わたし」の友人ジルベルトは、複製機《ミメーシン》を使い、妻のエンマを複製してしまいます。最初は、仲良く過ごしていたものの、やがて二人のエンマは異なった性格を見せはじめます…。
 『低コストの秩序』の続編的な作品です。もとは同じ人間でも、複製された人間は、まったく同じ人間ではない…というテーマの作品。もっとも、結末はかなり脳天気ではあります。

 『転換剤』 「転換剤」、それは「痛み」が「快感」に変わるという驚異的な薬でした。しかし、それを投与した動物はみな痛みを求めた結果、死んでしまうのです。発明者のクレーバーは、とうとう自らの体にも「転換剤」を投与してしまいます…。
 「痛み」は、人間の生存に必要不可欠なものである…というテーゼを、説得力豊かに描いています。軽いタッチで描かれているものの、かなり深いテーマの作品です。

 『ケンタウロス論』 「僕」の馬小屋には「ケンタウロス」がいました。気が荒いという父親の言葉とは裏腹に、知性豊かな「ケンタウロス」に「僕」は尊敬の念を抱いていました。ある日「僕」の幼なじみであるテレザを見た「ケンタウロス」は彼女に恋してしまいます。しかし「僕」とテレザの逢い引きを目撃した「ケンタウロス」は姿を消してしまうのです…。
 「ケンタウロス」を、空想上の生物としてではなく、実在の生物として描いているところがユニークです。人間の男と馬との間に生まれた生物として描かれているのです。逆に「ケンタウロス」のメスは、人間の女と馬との間に生まれるものであり、顔が馬で体が人間、という設定が妙にリアリティを持っています。奇妙な生物学的ファンタジー。
 
 『完全雇用』 シンプソン氏は、昆虫とのコミュニケーションに成功します。ミツバチやトンボに仕事をさせることに成功したのです。やがてその対象はアリや蠅にまで広がっていきますが…。
 ミツバチを手始めとして、さまざまな昆虫とのコミュニケーションを試みるシンプソン氏の目論みは…? エスカレートしてゆく事態が楽しい、スラップスティック・コメディ。作品中にも言及されますが、フォン・フリッシュの「ミツバチの言語」に触発されたと思しい作品です。 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんにちは。私も昨日この本、読み終えたところです。
レーヴィという作家自体初めて知って、詳しい解説や訳者あとがきもすごく興味深かったですし、本編もとても面白くて、本当に古典新訳文庫ってありがたいな~っと、改めて感じ入ってしまいました。『神を見た犬』といい、いい本にめぐり合わせてくれて本当に感謝です。
アウシュビッツから奇跡の生還、戦後40年を経て投身自殺・・という経歴を最初に読んでしまったせいか、どの作品にもどこか陰鬱な影があるような気がしてしまったんですけど、SF的だったり、ファンタジーっぽかったり、ヴァラエティに富んだ素晴らしい短篇集だと思いました。
【2008/09/19 16:21】 URL | 猫のゆりかご #QG0IHlXE [ 編集]

>猫のゆりかごさん
レーヴィの短篇は一編だけ、『現代イタリア幻想短編集』に収録されていたのを読んだことがあったのですが、すごく面白いものだったので、いつか訳されないかなあ、と思っていました。
作者の経歴や、主な作品の系統はシリアスなものにあるようですが、こうしたユーモアにあふれた作品も書いているあたり、とても間口の広い作家ですよね。
古典新訳文庫には、これからもこうした知られざる作家の作品をとりあげていってもらいたいです。
【2008/09/20 06:41】 URL | kazuou #- [ 編集]


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