ゲイルズバーグの人さらい  ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』
20世紀の幽霊たち

20世紀の幽霊たち (小学館文庫 ヒ 1-2)
白石 朗
小学館 2008-09-05

by G-Tools
4150200262ゲイルズバーグの春を愛す ハヤカワ文庫 FT 26
福島 正実
早川書房 1980-11

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 スティーヴン・キングの実の息子、ということでも話題になった作家ジョー・ヒル。彼のデビュー作である短編集『20世紀の幽霊たち』(白石朗他訳 小学館文庫)が邦訳されました。
 全16編の短篇を収めており、700ページ近いボリュームには、少し尻込みしてしまう方もいるかもしれません。しかし、そんな心配は無用です。どれもが粒ぞろいの作品で、まったく飽きさせることがありません。
 純粋なホラーはもちろん、マジック・リアリズムあり、ブラック・ユーモアあり、ノスタルジーありと、じつに様々な味の作品が含まれていますが、全体を通して感じられるのは、かっての「異色作家」たちの影響です。作者自身があとがきや作品中で言及する作家たち、ジャック・フィニィ、ロアルド・ダールをはじめとして、レイ・ブラッドベリ、リチャード・マシスン、ロバート・ブロック、彼らの作品に似た味わいが感じられるのです。
 実父キングも「異色作家」たちへの愛を公言していましたが、作品への影響という意味では、ジョー・ヒルに対するそれは、父親以上に強い影響を与えているといえそうです。
 それでは、以下いくつかの作品について、紹介しましょう。

 『シェヘラザードのタイプライター』 生前、夜になると地下室にこもり、タイプライターで3ページ分の小説を書き続けていた父親。彼が死んだ後も、タイプライターは毎夜、文章を打ち続けるのです。娘のエリーナは、どこか愛情に似た気持ちで、タイプライターを見守りますが…。
 なんと「謝辞」の中に埋め込まれた小説作品です。どこか寓話の趣すら漂う、味のある掌編です。

 『年間ホラー傑作選』 ホラー傑作選の選者であるエディ・キャロルは、ヌーナンという男から、ぜひ読んでみてほしいと、大学の文芸誌を受け取ります。そこに収められた「ボタンボーイ」という作品に衝撃を受けたキャロルは、自分のアンソロジーに収録したいと、くだんの作品の作者ピーター・キルルーについて尋ねます。
 キルルーの行方はわからず落胆したキャロルでしたが、ふと訪れたコンベンションで、キルルーの自宅が近くにあることを知り、彼の自宅を訪ねますが…
 どこか不穏な空気の家。言動のおかしい作家とその兄弟。「悪魔のいけにえ」を思わせる不条理ホラー作品です。

 『二十世紀の幽霊』 映画館〈ローズバッド〉には、幽霊が出るという噂がありました。かってはその映画館の常連だったという若い娘イモジェーン・ギルクリストは、時折姿を見せ、観客に話しかけるというのです。少年時代にイモジェーンと出会ったアレックは、長じて〈ローズバッド〉の所有者となります。
 映画館の経営が左前になり、倒産寸前のある日、アレックは、映画スターであるスティーヴン・グリーンバーグから、会いたいという申し出を受けて驚きます。スティーヴンは子ども時代に、イモジェーンを目撃したひとりだったのです…。
 死後も映画館に現れる、映画好きだった若い娘。彼女はなにを求めているのか? 彼女を目撃した数少ない人間たちの人生はやがて交錯しはじめて…。静謐な雰囲気に満ちたモダン・ゴシック・ストーリー。

 『ポップ・アート』 周りから敬遠されていた「おれ」のただ一人の親友アート。彼は、生まれつき「風船」でできた人間でした。話すことはできず、筆談でしか意志を伝えられないアートは、しかし「おれ」の話を聞いてくれる、心優しい人間だったのです。
 しかし、「おれ」の偏狭な父親は、アートを嫌い、彼を威嚇するために凶暴な犬を飼い始めます。ある日鎖から放たれた犬は、アートを襲います…。
 傷をつけられると空気が抜け出て死んでしまうという「風船人」アートと「おれ」とのはかない友情を描いた作品です。超自然的な現象を当たり前のように描くという、いわゆる「マジック・リアリズム」風の作品。 
 
 『蝗の歌をきくがよい』 ある朝突然、巨大な昆虫に変身してしまった少年フランシスは、驚愕した両親に家を追い出されてしまいますが、やがて奇妙な高揚感とともに、人間の殺戮を開始します…。
 銃で撃たれても平気だという、やたらと強靭な主人公の殺戮シーンが圧巻です。娯楽小説版カフカ『変身』といった趣の作品です。

 『アブラハムの息子たち』 不寛容な父親を恐れるマックスとルドルフの兄弟。学者だった父親は、性的スキャンダルのために、ヨーロッパを追われアメリカにやってきたのです。いいつけを破り、父親の留守中に、彼の部屋に忍び込んだ兄弟は、写真立ての後ろに、殺された女の写真が隠されていたことに気づきます…。
 狂信的な父親の信じていることは事実なのか、それとも彼は心の病にかかっているのか? 事実を知ってしまった幼い兄弟を描くサイコ・スリラー。

 『黒電話』 道化師のふりをして、少年をさらう誘拐犯アルに囚われてしまった少年ジョン・フィニィ。閉じ込められた地下室に、黒い旧式の電話があるのを見つけますが、その電話線は切られていました。しかし数日後、希望を失いかけたフィニィは、切られているはずの電話が鳴っているのに気づきます…。
 つながるはずのない電話機にかかってきた電話。相手はいったい誰なのか? 殺人鬼の手が迫るなか、フィニィのとった手段とは…?
 ホラー風味のサスペンス短篇。殺人鬼の通称が〈ゲイルズバーグの人さらい〉といい、主人公の名前がフィニィといい、かなりジャック・フィニィを意識したつくりになっています。

 『末期の吐息』 ある博物館を訪れた息子と両親の三人家族は、展示品を見て驚かされます。そこは「静寂の博物館」、過去の人間の「末期の吐息」を封じ込めた瓶を集めた博物館だったのです。興味を持った息子と父親とは対照的に、母親は嫌悪感を露にし、はやく出たいと急かしますが…。
 奇妙な博物館で家族が出会ったものとは…。ロアルド・ダールやジョン・コリアを思わせる、皮肉なブラック・ユーモア短篇です。

 『ボビー・コンロイ、死者の国より帰る』 ジョージ・ロメロの映画『ゾンビ』の撮影現場、ゾンビに扮したボビーは、同じくゾンビに扮したとなりの女性が、かっての恋人ハリエットであることに気づきます。役者の夢をあきらめ、地元に戻っていたボビーは、ハリエットがすでに結婚し、息子までいることを知ります。やがてハリエットの夫と出会ったボビーは、彼が平凡な人間であることに、言い知れぬ思いを抱きます…。
 夢破れた青年が再会した、かっての恋人。しかし彼女はすでに結婚していたのです…。なんということはないストーリーが、舞台を「ゾンビ」の撮影現場にとったことで、これほど新鮮な作品になるとは!
 ゾンビの扮装が「人間としての欠損」を表すという高度なテクニック、超自然的な要素はないものの、微妙な心理の綾が丁寧に描写された傑作短篇です。

 『自発的入院』 若年性の統合失調症と判断された弟モリスは、コミュニケーションには欠けるものの、道具を使って城や建物を作る才能を発揮し、家族を驚かせます。やがてモリスは、地下室に箱を使って、巨大な要塞を作り上げます。悪友エディに困っていた兄のノーランを見たモリスは、兄のためにエディを「追い払って」あげると言いますが…。
 精神疾患を抱える弟が作る要塞、そこはこの世ならぬ場所に通じていたのです…。はっきりとした説明はまったくなされず、ただ淡々と進む物語が、ひじょうに無気味さを感じさせる、集中随一の傑作短篇。

 「異色作家」たちに多大な影響を受けているらしいジョー・ヒル。その中でも、ジャック・フィニィの存在は別格のようです。『年間ホラー傑作選』の作中では、フィニィの短編集『ゲイルズバーグの春を愛す』が言及されますし、『黒電話』でも、主人公の名前がフィニィと名付けられています。
 さらに言えば、どこか叙情に満ちた『シェヘラザードのタイプライター』といい、ノスタルジックな『二十世紀の幽霊』『ボビー・コンロイ、死者の国より帰る』あたりにも、フィニィの影が感じられます。『自発的入院』なども、フィニィの短篇『独房ファンタジア』を思い起こさせる作品ですね。
 改めて言いますが、どの短篇も粒ぞろい。デビュー作にして、これほどレベルの高い作品集を読んだのは、ほんとうに久しぶりです。短篇に関する限り、父親のキングよりも上手なのではないでしょうか。
 往年の〈異色作家短編集〉が好きだった方には、とくにオススメしたい作品集です。
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

ジョー・ヒルの名前は知っていましたが、キングの息子って事で敬遠してました。
kazuouのさんの紹介を読んで、トライしてみようと思います。
700ページですか。
借りよう・・・です。
私が使う図書館は早川、創元はすぐ入るのですが、他の文庫(翻訳)はなかなかはいらないので、ちょっと待ちかもしれませんが。

異色作家短編集が好きだった私は、読んでみます。
【2008/09/13 11:34】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
僕も、キングの作品自体、最近はあまり食指が伸びないので、あまり期待せずに読んだのですが、これはいい意味で裏切ってくれた作品集でした。
キングの短篇は「長編の一部」みたいだったりして、短篇としてはどうかと思うものが多かったりするのですが、息子の方は、この時点ですでに完成されたタイプの短篇を書いていますね。内容もまさに、現代の「異色短篇」で、短篇好きの人は必読でしょう。
【2008/09/13 18:52】 URL | kazuou #- [ 編集]

早い!
もう出てたの? というか、
もう買ったの? というか、
もう読んだの! ですね。
東雅夫が力入れて紹介していたのでチェックはしていたのですが、昨日あわてて買ってきました。
解説を読みおおいに期待。読了後またコメントにうかがいます。
【2008/09/14 17:14】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
東氏が「一気読み」という表現をされていましたが、それが誇張とは感じられないレベルの高さと面白さでした。処女短編集でこれほどのレベルは、クライヴ・バーカー以来かも。
この作家、将来が楽しみですね。
【2008/09/14 20:05】 URL | kazuou #- [ 編集]


「20世紀の幽霊たち」ジョー・ヒルってキングの息子だったんですか!知らずにこの本買いました(まだ読んでない)。
kazuouさんの「異色作家短編集が好きだった方にはオススメ」という文章を読んで「買って良かった~(^^)」と思いました。これから読みます。
【2008/09/19 17:09】 URL | そら #- [ 編集]

>そらさん
「キングの息子」という肩書きがなくても、この作品集のレベルの高さはただごとではないです。経歴を隠して出版された、というのも作者の自信の表れでしょうね。
「異色短篇」というのは、個人的には最高の褒め言葉なのですが、ちゃんと現代風の味付けもされているあたり、並々ならぬ技量を感じます。
【2008/09/20 06:44】 URL | kazuou #- [ 編集]

本日読了!
早速TBさせていただきました。
期待を上回る面白さ! 
全体として、先人たちが小説や映像で描いた20世紀へのノスタルジーといった趣きですね。純文学といってよい作品もちらほらで、洗練と完成を感じます。「寡婦の朝食」のラストなんて、まったく、まいりました。
さて、今夜は「ボビー・コンロイ、」をよりよく味わうために、未見の『ゾンビ』を借りてくるとしましょうか。
【2008/09/20 16:20】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

>迷跡さん
ホラーの先人たちに対する「ノスタルジー」かつ「オマージュ」といったところでしょうか。派手さはないんだけれど、落ち着いた語り口に、作品の「強靭さ」を感じさせられます。
『ゾンビ』好きとしては、「ボビー・コンロイ」も感涙ものでした。
【2008/09/20 19:08】 URL | kazuou #- [ 編集]


これは、図書館で借りました。
私は「ポップ・アート」が良かったんですが、その他のはちょっと・・
でも、「蝗の歌・・・」で、「彼」が学校の扉が開くまで待つシーン(つまり、「彼」には扉を開ける手段がない)にはリアルで笑っちゃいました。

私より夫がこれを気に入りまして「読み終わるのがもったいない」と言ってました。
図書館でも大人気で、長いリスト待ちしました。
【2008/11/07 22:23】 URL | fontanka #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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