怪奇の楽しみ  ハーバート・ヴァン・サール編『終わらない悪夢』
4846007677終わらない悪夢 (ダーク・ファンタジー・コレクション 8)
ハーバート・ヴァン・サール 金井 美子
論創社 2008-05

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 ハーバート・ヴァン・サール編『終わらない悪夢』(金井美子訳 論創社)は、英国の怪奇小説を集めたアンソロジーです。いちばんの特徴は、収録作家の大部分が、無名作家だというところ。このアンソロジー以外では、見かけたことのないような作家ばかりが並んでいます。それゆえ、既訳作品と重複しているものがほぼないという意味で、コストパフォーマンスが、ひじょうに高いです。
 品のよい、伝統的な英国怪談とは異なり、どちらかと言うと、扇情的でどぎつい短篇を集めています。多少古びているとはいえ、エンタテインメント志向で書かれた作品が多いので、退屈せずに読めるでしょう。

 ロマン・ガリ『終わらない悪夢』 ナチスの悪夢から逃れ、南米で仕立て屋として成功を収めたユダヤ人シェーネンバウムは、隊商の一員になりすました、かっての知人グルックマンと再会します。ナチスの拷問によって、精神的に病んでいたグルックマンは、いまだに恐怖にとりつかれていました。シェーネンバウムの仕事を手伝うようになったグルックマンは、落ち着きを取り戻しつつあるように見えましたが…。
 痛めつけられ、ねじれてしまったグルックマンの心にたどり着いたものとは…? 人間心理の恐ろしさを見事に描いた傑作です。純然たる心理サスペンス作品にもかかわらず、凡百のホラー作品よりも、圧倒的な緊張感を持っています。

 ベイジル・コパー『レンズの中の迷宮』 膨大な美術品と資産を持つジンゴールドは、その財産にもかかわらず、なぜか小額の借金を返すのを渋っていました。疑問を持ちながらも、高利貸しであるシャーステッドは、彼の邸をたずねます。そこで彼の持つ「カメラ・オブスクラ」に魅了されるシャーステッドでしたが、やがてジンゴールドは、シャーステッドが金を貸している貧しい女性について非難を始めます…。
 莫大な財産を持ちながら、のらりくらりと借金の催促をかわすジンゴールド。彼の持つ不可思議な道具の秘密とは…? 悪党が罰を受ける…というステレオタイプではあるものの、描かれた世界観は魅力的です。

 ジョン・バーク『誕生パーティー』 子供が苦手なアリスは、しかし息子のために誕生パーティーを開きます。子供たちから、のけ者にされている少年サイモンが、招きもしないのに現れたことを不審に思いながらも、子供の扱いが上手な夫の帰りをひたすら待ち続けますが…。
 どこか無気味な少年サイモンが引き起こす惨劇。レイ・ブラッドベリ『十月のゲーム』を思い起こさせる残酷譚です。

 アドービ・ジェイムズ『人形使い』 かって一世を風靡した人形師デカーロは、いまは落ちぶれて、人形たちだけが生き甲斐となっていました。人形の一体、もっとも美しい人形にリリスと名付けた彼は、彼女をかわいがります。やがて他の人形を邪慳に扱うようになったデカーロに対し、人形たちの不満が募りつつありました…。
 人形がひとりでに動く世界を舞台にした、不思議な手触りのファンタジーです。

 ジョン・D・キーフォーバー『冷たい手を重ねて』 強烈な自我を持つ女性アニタに惹かれた「ぼく」は、彼女とわりない仲になります。アニタは、大きな手に異様な執着を持っていました。彼女の家の手伝いをしている男ジョージもまた大きな手を持っていましたが、彼はやがて失踪したはずのアニタの夫ネルソンについて、妙なことを話はじめます…。
 奔放な女アニタの秘密、そして夫の失踪の原因とは…? 話自体はわりと陳腐なものなのですが、アニタが好む「手」のフェティッシュな描写と、取り憑かれたようなジョージの姿が無気味さを醸し出します。

 エイブラハム・リドリー『私の小さなぼうや』 コンスタンスは自分の息子とともに部屋に監禁されていました。夫は滅多に姿を見せず、彼女の世話をするのは、エルビンストーンという太った女性だけ。夫を狙うエルビンストーンは、自分たちを殺すつもりなのではないかと、コンスタンスは考えますが…。
 若い女性の一人称による、心理サスペンス作品。すべては彼女の妄想なのか?結末において、謎が解かれる仕組みになっています。

 H・A・マンフッド『うなる鞭』 犬の見せ物で評判をとるスクワラーは、鞭と恐怖でもって、犬たちを支配していました。手に入れたばかりの犬をしつけようとしている矢先に、いたずら好きの少年によって邪魔をされたスクワラーは激怒します。やがて他の少年たちもスクワラーの邪魔をし始めます…。
 殺人も幽霊も登場せず、怪奇小説とは少し異なるニュアンスの作品なのですが、独特な魅力があります。

 ウォルター・ウィンウォード『悪魔の舌への帰還』 かっての友人であり、戦争の英雄ローソンを自宅に招いた「私」は、彼が落ち着きを取り戻しつつあるのを喜んでいました。ある夜、ローソンが家を抜け出すのを不審に思った「私」は、彼のあとをつけます。そこには、見知らぬ美しい女性と逢い引きをするローソンの姿がありました。その直後、二人を襲ったのは女性の夫でした。斧を持ち、二人を殺そうとする男を止めようと考える「私」でしたが、なぜか体が動かないのです…。
 過去に起こった殺人事件と対応するかのような、奇妙な事件。SF的な要素も含んだ作品です。

 セプチマス・デール『パッツの死』 かって国の公認で、人体実験を繰り返していた男パッツは、いまや死刑囚として死刑を待っていました。しかし全身が麻痺するという障害のため、刑は終身刑へと減刑されてしまいます…。
 改悛の情を示さず、傲岸な態度を崩さない男パッツ。そして、彼を憎々しく思いながらも、介護をせざるを得ない男たち。憎悪が極点に達したときに起こった惨劇とは…?
 全身麻痺でありながら、非人間的な言動を崩さないパッツのキャラクターが印象に残ります。

 アドービ・ジェイムズ『暗闇に続く道』 警官を殺害し、逃亡を続ける重罪人モーガンは、車の事故を起こし、意識を失います。通りすがりの司祭に助けられた彼はしかし、司祭の態度に腹を立てます。やがて馬に乗った美女に出会ったモーガンは、司祭を振り切り、女の後をついていきますが…。
 人気のない場所で出会う、謎の司祭と女性。彼らはいったい何者なのか?終始、不穏な空気のなかで展開される怪奇小説。

 リチャード・スタップリイ『基地』 自らに関する記憶を全て失い、男は監禁されていました。「実験体9号」と名付けられた彼は、周りの人間たちの言う通りに行動しますが…。
 男を監禁し続ける組織の目的とは何なのか? そして男自身の正体とは…? トーマス・M・ディッシュ『リスの檻』にも似た、不条理SF風ホラー。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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