天使の誘惑  トム・リーミイ『サンディエゴ・ライトフット・スー』
サンディエゴサンディエゴ・ライトフット・スー (サンリオSF文庫)
トム・リーミイ
サンリオ 1985-10

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 わずかな作品を残し、早逝した作家トム・リーミイ。しかし彼の作品は、レイ・ブラッドベリにも通じる叙情性、そしてブラッドベリにはない官能性をもたたえた、珠玉のファンタジーとなっています。
 短編集『サンディエゴ・ライトフット・スー』 (井辻朱美訳 サンリオSF文庫)には、そんなリーミイの佳作が収められています。いくつか紹介していきましょう。

 『トウィラ』 ミス・メイハンの教室にやってきた転校生の少女トウィラ。愛らしい容姿、娘を溺愛しているらしい両親。なにも問題はないように思えたものの、ミス・メイハンは、どこか嫌な気持ちを抱きます。やがてトウィラは、クラスメイトたちの間に軋轢を起こしはじめます。その矢先、ある少女が強姦されて殺されているのが発見されますが…。
 小悪魔的な魅力を持つ少女が、学校を引っ掻き回す、という類いの話かと思って読んでいると、驚くべき展開に! 少女トウィラの背後には、とんでもない存在がいることが明らかにされます。ホラーとファンタジーの境界線上の作品です。

 『ハリウッドの看板の下で』 事故現場に必ず現れる謎の美少年。しかも彼らは、ひとりではなく何人もいるようなのです。その人間離れした美貌に惹かれた「俺」は、彼らのひとりを捕まえ監禁しますが…。
 人間とは思えない美少年の正体とは…? 露骨といっていいほどの性的な要素を含んだ作品ながら、まったく先の読めない展開には、驚かされることでしょう。

 『亀裂の向こう』 ある日突然、一定の年齢以下の子どもたちが、大人を襲い、殺戮をはじめます。やがて姿を消した彼らは、ふたたび町を襲撃します。なんとか撃退したものの、後に残された死体から、子どもたちは性的に成熟し、子孫を残せるまでに変化していることが明らかになります…。
 子どもたちが、突然「怪物」というか「ミュータント」化して、大人を襲い始めるというパニック・ホラー小説。直裁的な暴力描写といい、物語の盛り上げ方といい、じつに手慣れた筆致の作品です。長編化しても面白くなりそうな作品ですね。

 『サンディエゴ・ライトフット・スー』 母親の死をきっかけに、田舎からロサンジェルスにやってきた、15歳の少年ジョン・リー。彼は、絵を描いているという、美しい中年女性スーと出会います。やがて二人は恋に落ちますが、スーの元恋人に殺されそうになったジョン・リーは、成り行きから彼を殺してしまいます。裁判所の命令によって引きはなされてしまったことに加え、ふたりの年齢差に悩むスーは、あることをしようと考えますが…。
 純真無垢な少年と、初老の域に入ろうとする女性。年齢差のある二人の恋を、ほろ苦く描いた純愛物語です。純粋なラブ・ストーリーとしても出色の出来ですが、物語の要所要所に散りばめられた、ファンタジー的な要素が、物語の完成度を高めています。
 そしてこのファンタジー的な仕掛けが、切なすぎる結末を導き出すのです。刹那であるがゆえの永遠の恋…。リーミイの最高傑作といっていい作品でしょう。

 『ウィンドレヴン館の女主人』 ロマンス小説作家アグネスは、本がようやく売れ始めたことに安堵したものの、失業中の夫のコンプレックスからくる、夫婦間の軋轢に心を痛めていました。やがてアグネスは、現実から遊離して物語の中に没入していきますが…。
 苦しい現実生活から、フィクションの世界に逃げ込んでしまう女性の物語。物語の地の文と、作中作とが、技巧的に描き分けられています。

 『デトワイラー・ボーイ』 私立探偵バート・マロリーは、知り合いが殺されたことから、殺人事件の輪の中に巻き込まれてしまいます。やがて、殺人が起きた場所の近くには、かならず一人の青年がいたことが明らかになります。純粋な性格ゆえに、周りの人間から愛されている青年デトワイラーには、しかしある欠点がありました。背中に瘤がある、せむしだったのです。デトワイラーを疑うマロリーは、彼にはいつもアリバイがあること、そしてマロリー自身がデトワイラーに好意を抱きつつあることに、困惑を覚えます…。
 異形の青年デトワイラーの秘密とは…? ハードボイルド風ファンタスティック・ストーリー。

 『琥珀の中の昆虫』 家族と車で出かけている最中、嵐のために足どめを余儀なくされた少年ベン。居合わせた人々とともに、最寄りの邸に避難した彼らでしたが、その邸にはいわくがありました。五十年前に住んでいた家族が忽然と消えたのです。突然、ベンはいわれのない恐怖感に襲われますが…。
 嵐の夜、邸に閉じ込められた数人の男女。そして邸に起こる超自然的な現象。典型的なゴシック・ホラーの筋立てかと思いきや、後半にはB級SFになってしまいます。前半の雰囲気醸成が上手かっただけに、後半の展開には少しガッカリしてしまうかもしれません。

 『ビリー・スターを待ちながら』 恋人と車で立ち寄ったレストランで、男に置き去りにされてしまったスザンヌ。行く当てのない彼女は、やがてそのレストランでウェイトレスとして働き始めます。その美しさから、いろいろな男たちから声をかけられるスザンヌでしたが、彼女は頑なに自分を捨てた恋人「ビリー・スター」を待ち続けます…。
 恋人に捨てられた女がひたすら男を待ち続けるという、一見、普通小説的な作品。シンプルな筋立てながら、味わいのある小品です。

 リーミイ作品の特徴は、物語がいかにファンタスティックなものであれ、そこに性的な要素が強いこと。そしてその最たるものが、いくつもの物語に登場する「天使」です。これは実際に「天使」であることもあるし、「天使のような」純真な青年として現れることもあります。どちらにせよ、本来「天上的存在」で性を持たないはずの「天使」が、リーミイ作品では、実在的な「肉体」を持って現れてくるのが特徴です。
 「肉体」といえば、『亀裂の向こう』『デトワイラー・ボーイ』に登場する殺人や暴力の描写も、かなり直裁的で、その意味でも「肉体」が強い要素となって現れています。それらの性的・肉体的な要素、言うならば現実的な要素が、SF・ファンタジー的な要素と違和感なく同居しているのが、リーミイの最大の魅力といっていいかもしれません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

えっ!!!!
この作品を知っている人がいるなんて。
俺もこの作品が好きです、甘く切なく、グロテスク、エロチックで。
この孤独感はウイリアム アイリッシュに似ているかも、、。
【2008/08/10 22:02】 URL | hitosi #mQop/nM. [ 編集]

そうですね
性的な要素は別としても、リーミィは、たしかにアイリッシュに似た雰囲気がありますね。アイリッシュほど洗練はされていないけれど、どこか「奥ゆかしさ」があるところに、好感を感じます。
【2008/08/11 20:37】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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