あいまいな事実  L・P・ハートリー『ポドロ島』
4309801099ポドロ島 (KAWADE MYSTERY)
今本 渉
河出書房新社 2008-06

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 〈KAWADE MYSTERY〉シリーズの最新刊として刊行された、L・P・ハートリー『ポドロ島』(今本渉訳 河出書房新社)は、怪奇小説を集めた作品集です。
 作者のL・P・ハートリーはイギリスの作家。普通小説も多く手がけている作家ですが、日本では怪奇小説ファンに馴染みの深い作家でしょう。アンソロジー・ピースとして重宝される作品も多く、怪奇小説アンソロジーでは、よく見かける名前となっています。
 以下、主だった作品を紹介していきます。
 
 『ポドロ島』 「僕」は、友人のウォルターに頼まれて、彼の妻アンジェラと共に、ポドロ島を訪れることになります。そこは人気のない無人島でした。餓えた猫を見つけたアンジェラは、その猫を連れ帰ろうと考えますが、警戒心の強い猫は捕まりません。依怙地になった彼女は、捕まらないなら殺してしまう、と猫を探しに出かけますが…。
 アンジェラを襲う「もの」が直接的に描写されず、すべてが間接的に暗示される、という超技巧作です。犯人が人間だとミステリ的に解釈することも、純粋な怪物ホラーと解釈することもできます。読者によって、いく通りもの「読み」が可能な、開かれた作品。

 『動く棺桶』 友人を通して、奇妙な蒐集家として知られるディック・マントの邸を訪れることになったカーティス。マントの集めているものとは、なんと「棺桶」でした。しかも、彼の最新の収集品である「棺桶」は、自ら動き、人間を埋葬してしまうという、恐るべきものでした。かくれんぼと称して、カーティスをその実験台にしてしまおうと考えたマントでしたが…。
 ひとりでに動く「棺桶」という、何とも奇妙なアイテムの登場する、ブラック・ユーモア溢れたシュールな作品です。

 『足から先に』 ロウ・スレショウルド・ホールには古い言い伝えがありました。かって、夫に苛め抜かれて死んだ妻の幽霊が現れると、必ず家の者が死ぬというのです。
 夫であるアントニーが、突然病んだのは幽霊のせいだと考えたマギーは、古い本を調べ始めます。とり憑いた相手が「足から先に」、つまり棺桶に入れられて運び出さない限り、呪いは達成されない、と書かれた文章を読んだマギーは、必死で対策を考えますが…。
 その家の子孫に祟る幽霊、という題材はとくに珍しくもないのですが、この作品では、幽霊の呪いの発動の仕方とか、そこから逃れる方法などが、かなり論理的に示されているのが特徴的です。呪われた夫を助けようと、妻がいろいろ知恵を絞るのですが、結末寸前の急展開には驚かされることでしょう。
 強いて言えば、幽霊や呪いも、妄想だと捉えることも可能で、結末の急展開自体もマギーの見た妄想だと考えることもできるという、これまた暗示に富んだ一編です。

 『思いつき』 心の平安を求めて、教会へ通うようになったグリーンストリーム氏。彼の祈りを盗み聞いた少年たちは、グリーンストリーム氏が罰当たりな願いをしていると考え、彼を驚かそうとしますが…。
 妄想、もしくは罪の意識が身を滅ぼす、という寓意の強い作品。グリーンストリーム氏がどうやら良からぬことをしているというのがわかるのですが、それが正面切って描かれず、間接的に示されるのが、非常に技巧的です。

 『島』 サンタンデル夫人に恋する「私」が、夫人の所有する島で出会ったのは、奇妙な男でした。てっきり技師であると思い込んでいたその男が、夫人の夫サンタンデル氏であることを知って、「私」は驚きます…。
 超自然的な要素は特にないのですが、全編を通して、不穏な空気の流れ続ける無気味な作品。サイコ・スリラーといっていいでしょうか。
 
 『夜の怪』 ある夜、夜警の前に現れた謎の男は、夜警を不安にさせるような話をし続けます…。
 謎の男は、いったい何者なのか。さびしい夜を舞台に、人間の不安を抉るような掌編。

 『毒壜』 昆虫収集を趣味とするジミー・リントールは、人生にどこか満たされない思いを感じていました。社交的なロロ・ヴァーデューから、邸に来ないかと誘われたジミーは、ヴァーデュー城を訪れます。そこで出会った妖艶なヴァーデュー夫人に、ジミーは惹かれ始めます。夫人が、貸した毒壜を返してくれないことに不安を抱いていたとき、ジミーは妙な噂を耳にします。ロロの兄、当主であるランドルフは精神を病んでおり、殺人を犯したと思われているというのです…。
 社交的なロロが、ジミーをわざわざ誘った理由、そしてヴァーデュー夫人の思惑とは…? かなりミステリ色が強く、レ・ファニュやウィルキー・コリンズを思わせるゴシック・スリラーの変種的な作品です。

 『合図』 殺されそうになる夢を見たら、壁を叩くからこっちに来てね。幼い妹にそう頼まれた「僕」は、ある夜、壁を叩く音を耳にします。ためらいつつも、妹自身のためにならないと、「僕」は音を無視します。やがて音は小さくなっていきますが…。
 隣の部屋で寝ている妹が壁を叩く音を無視する兄、という、ただそれだけの話ではあるのですが、何やら想像力を喚起する掌編です。

 『W・S』 ある日、スコットランドのフォーファーから、小説家ウォルター・ストリーターのもとに葉書が届けられます。宛名にはW・Sとだけ記されていました。以後、同じ人物から何度も葉書が送られてきます。しかも葉書に記された地名は、どんどんストリーターの家に近付いてくるのです…。
 W・Sとはいったい何者なのか? フィクションが現実を侵食するという、メタフィクション的な要素を持つ作品です。

 『愛し合う部屋』 愛する妻と娘を伴って、ヴェネチアを訪れたヘンリー・エルキントン。彼らは、ヴェネチアの要人ベンボ伯爵夫人の主催するパーティに参加することになります。二十歳になったばかりの娘のアネットは、若い男たちに囲まれて夢見心地になっていました。ふと目を離したすきに、娘を見失ったヘンリーは、娘の行く先を探しますが…。
 真夏のヴェネチア、パーティで繰り広げられる饗宴、やがて起こる惨劇。終始、夢幻的な雰囲気の中で繰り広げられる、幻想的な作品です。

 さて、全編を通して言えることなのですが、ハートリー作品のいちばんの特徴は、解釈の多様性に富むところ。物語の背景となる事実について、明確な説明を避け、間接的・暗示的に表現する、というのがハートリーのよく使う手です。登場人物が死んでも、それが超自然的な原因によるものか、そうでないかは、結局断言することができないのです。それが極端に出ているのが、表題作『ポドロ島』だといえます。
 その点で「ミステリ」として読むことが可能な作品も多く、それが〈KAWADE MYSTERY〉という叢書に入れられた、ひとつの要因でもあるのでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
早いですね
もう読了されるとは。さすがです。
内容の方も期待どおり、なかなかのレベルのようで一安心。
河出のこのシリーズはけっこうユーモア系が多いですけれど、こういう路線もどんどん出してほしいですよね。
【2008/06/24 00:40】 URL | sugata #8Y4d93Uo [ 編集]

>sugataさん
そうですね、怪奇小説ファンとしては、こちらの路線にも今後期待したいところです。

この短編集は、くせのある作品を揃えた、というか、ハートリーの作品自体がすでにくせがある、といってもいいんですけど、とにかく玄人好みの選集という感じでした。
【2008/06/24 19:13】 URL | kazuou #- [ 編集]


いつもながら速攻ですねぇ。
うらやましいです。
ひたすら図書館をあてにしている私は、1サイクル遅れになってしまいます。
最近は実家から発掘した本とか、例によって、昔読んだけど、という再読が多くなってしまっています。
図書館に廃棄されないように、借り出す!と一人で活動しています。

流行もの(ミステリじゃないやつ)だと、もう忘れたころに本が来るってのがあります。
プルーストのマンガ版、ずーーーっと待っていますが、全然順番がまわってきません(笑)
【2008/06/25 15:50】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
積読本も大分たまってるんですけど、〈KAWADE MYSTERY〉シリーズだけは、新刊が出たら即買って、即読む、ということにしています。

図書館でも、海外ものって、借りる人が少ないですよね。
近所の図書館では、海外ものの新刊が入ると、たいてい空いていたりするんですけど。もっとも借りる人が少ないので、海外ものの新刊自体があんまり入らなかったりします。
【2008/06/25 20:43】 URL | kazuou #- [ 編集]



なるほど、解釈の多様性という点では、ハートリーの作品のもうひとつの楽しみ方なのかもしれませんね。

「訳者あとがき」に記されているように、シンシア・アスキスやエリザベス・ボウエンとの交流から得たものは、少なからずあったように思います。

以前こちらで採り上げられた『恐怖の分身』所収の『遠い国からの訪問者』も、ランボルド氏の殺害は
オーストラリアから来た男による復讐なのか、あるいは地下から蘇った男の仕業なのか、文字通り
「遠い国」の解釈で異なる読み方が可能かと思います。

『ポドロ島』も、猫を殺すか生かすかの対立が結末のもうひとつの解釈を暗示しているように思いました。
【2008/06/25 21:31】 URL | newt #- [ 編集]

>newtさん
『遠い国からの訪問者』なんかは、文字どおり「ダブル・ミーニング」の最たるものですよね。『ポドロ島』に至っては、読者の数だけ解釈がある、というか、どんなようにも結末をつけることができるという点で、「読者参加形」作品といっていいのかもしれません。

ハートリー作品の「曖昧さ」というのは、作者が意図的に行っている感じがするのですが、そのあたりを「あざとい」と嫌う評者もいるようですね。個人的には、技法的な苦心の跡がうかがえるという点で、別の意味で面白く読めました。
【2008/06/26 21:19】 URL | kazuou #- [ 編集]


やっと読みました。
まだ、自分のブログには感想かいてませんが
「W・S」の作者だったんですね。
うっかりしてました。

【2008/07/09 22:19】 URL | fontanka #- [ 編集]

読了しました
TBさせていただきます。

掌編「合図」にはうなりました。印象では随一ですね。
「W・S」を例にとれば、異常心理とも(家政婦には警官の姿が見えない)、超自然とも(現場に雪があった)とれるわけで、それらの区別を脱構築してしまってる(笑
英国の伝統的な怪談とは一線を画しているのでしょうが、まぎれもない英国産という印象を受けました。

【2008/07/17 21:48】 URL | 迷跡 #8Vfzr.cc [ 編集]

>迷跡さん
やっぱり短い作品の方が、鮮やかな印象がありますね。

「W・S」もそうなんですが、ハートリーの作品は、意図的に練りこまれているというか、技巧的に構成された印象を受けます。それが、ときに「作為が過ぎる」という評を受けてしまう一因なんでしょうが、個人的には、怪奇小説に対する意気込みが感じられて、好ましいです。
【2008/07/18 08:45】 URL | kazuou #- [ 編集]


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ヴェネチアの夢 『ポドロ島』

『ポドロ島』(L・P・ハートリー/今本渉訳2008-6河出書房新社)読了。 “ヴェネチアの夢”なる成語でもあるのかと思い調べてみましたが、別にないようですね。 日本版オリジナルのこの短編集、冒頭の「ポドロ島」と末尾の「愛し合う部屋」はともにヴェネチアが舞台... 迷跡日録【2008/07/17 21:31】

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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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