天まで上がれ  埋もれた短編発掘その9
 催眠術の力とはどこまで人間をコントロールできるものなのでしょうか? ときにそれは人知を越えた領域にまで及ぶのです…。今回はそんな催眠術の力を描いた一編、ジョゼフ・ペイン・ブレナン『人体浮揚』(望月和彦訳 早川書房 ミステリマガジン1984年8月号所収)です。ブレナンは怪奇小説誌「ウィアード・テイルズ」で活躍した作家。オーソドックスな手堅い幻想小説を得意としています。
 ある日、リヴァーヴィルの村に、モーガン驚異団の一行がやってきます。その出し物は、大女、刺青男など、ありきたりのものばかり。しかし山奥の村では、物珍しさから、歓迎を受けます。観客たちは出し物を愉しみ、くつろいだ気分になります。しかし催眠術師モーガンが登場すると、観客はその印象的な風貌に感銘を受けます。

 背が高く、憔悴したとでもいいたいほどの痩身、蒼白い顔、とりわけくぼんだ大きな目の輝きが、注目を集めずにはおかなかった。簡素な黒い服に古風な黒いストリング・タイが、メフィストフェレス的な雰囲気をさらに盛り上げていた。

 催眠術師は、観客に向かって言います。だれか実験を手伝っていただきたい。やがて一人の若い男が手伝いを申し出ます。椅子に座った男に対して、実験が開始されますが、突如ポップコーンのかたまりが若い男に命中します。観客は爆笑しますが、催眠術師は激怒します。そして、ポップコーンを投げた男に実験台になってもらおうと挑発します。その第二の男は、挑発に応じて舞台に上がりますが、催眠術が始まると、仰向けになった男はすぐに眠り込みます。そして催眠術師は、驚くべき命令を発するのです。横になったままで、舞台から浮き上がれ!

 若い男はみじろぎもせず、舞台の上に寝たままの姿で空中に昇りはじめた。ゆっくりと昇っていった。最初は目に見えないほどだったが、間もなく見誤りようもない、確かな速度をともなって上昇するようになった。

 男はどんどん空中に昇りはじめますが、そのとき催眠術師に異変が起こります。

 突然、観客の注意が移った。催眠術師が一方の手を胸にあててよろめき、舞台にくずれ落ちたのだ。

 催眠術師のそばに医者が呼ばれますが、すでに彼は事切れていました。そのまま空中に上がり続ける男の運命は…。
 かけた催眠術が解かれないままになったらどうなるのか? 作中において、催眠術師の来歴やその術などについての説明はすべて省略されています。催眠術師が倒れる原因も全くわかりません。読者は、観客と同様わけもわからず、あっけにとられたまま、結末までたどりつくことでしょう。同じモチーフとしては、ポオの「ヴァルドマアル氏の病症の真相 」が思い浮かびます。しかしポオの作品が、読者に恐怖をもたらすものとなっていたのに対し、ブレナンの作品は、もっとシンプルな効果を狙っています。はっきり言って、一発芸といっていい作品なのですが、その奇妙なおかしさには捨てがたい味があります。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんばんは。最近ここのサイトを覗くと読みたい本がどんどん増えてしまうので困ってます(笑
ところで紹介文中によく「ミステリマガジン○○年○○月号所収」とありますが、kazuouさんはバックナンバーを全部とってあるんでしょうか?それとも古本屋で集めたのですか?ちょっと気になって聞いてみました。
【2006/03/02 21:58】 URL | そら #- [ 編集]

とってありますよ
そらさん、こんばんは。
そういってもらえると、このブログ始めたかいがありますね。ありがとうございます。
ええと、雑誌のバックナンバーは古本屋で買い集めました。神田とか早稲田の古本屋で(東京在住です)。ミステリマガジンで言うと、リアルタイムで読み始めたのは1992年あたり、それから買い集めて今現在残ってるのは、初期の10冊ぐらいです。というか、ちゃんとリストを作ってるわけじゃないので、はっきりわからないんですけど。
もともとマシスンとかブロックとかイーリイとかの異色作品が載ってる号だけ集めてたんですけど、読んだら他の作品も結構面白くって、結局目に付いたのを集め始めました。というわけで、ご多分にもれず、部屋には本が積んであります(笑)。
えっと、ちょっとここで語ってしまいますが、70年代のミステリマガジンって、かなり充実していて、エッセイなんかも面白いのが載ってます。ロバート・ブロックなんかを紹介した仁賀克雄の『アーカム・ハウスの住人たち』とか、短編ミステリをテーマ別に語った小鷹信光『新パパイラスの舟』とか、短編好きにはたまらない企画がたくさんあって、今でも時折読み返してます。とくにこの『新パパイラスの舟』は興味深いテーマが多くて『悪魔との契約』『ドリーム・ファンタジー』『不完全脱獄講座』なんて面白いものがあります。僕の短編好きの原点の一つがこの連載エッセイだと言ってもいいのではないかと思います。
【2006/03/02 23:11】 URL | kazuou #- [ 編集]


丁寧な解答有り難うございます。ミステリマガジンのバックナンバーは地元でも探せば見つかるかなあ…確か昨年か一昨年くらいに出た異色作家特集号(ってありましたよね?)は買ったはずなのに見あたらない…ということは捨てちゃったのか(涙 ところでそれらのエッセイは、本になって出てますか?もし出ていたら読んでみたいのです。質問ばかりでスミマセン(汗
【2006/03/03 21:31】 URL | そら #- [ 編集]

雑誌に掲載されたきり…なんですよね
いえいえ、こういう質問は大好きですので、どんどんしてもらっていいですよ。
残念ですが、たぶんどちらのエッセイも単行本未収録だと思います。
仁賀克雄の方は50年代の短編作家に思い入れがあるようで、ちょこちょことそれらに関するエッセイを書いているようですが、この人のエッセイ集自体出てません。似たようなエッセイとして、比較的手に入りやすいのは『季刊幻想文学 別冊モダンホラースペシャル』に載っている『50年代の恐怖作家たち』でしょうか。ちなみに『アーカム・ハウスの住人たち』はラヴクラフトをめぐる作家サークルについて書いたものです。ロバート・ブロック、ドナルド・ワンドレイ、C・A・スミスなどですね。今となっては、これ情報が古いというか、もっと詳しい記述が『幻想文学大事典』(ジャック・サリヴァン編 国書刊行会)に載ってますので、雑誌を探すよりはこちらを読んだ方が早いかも。ちなみにこの辞典、怪奇小説ファンにとっては宝物みたいな本で、狭義の怪奇小説家ばかり詳しい紹介があります。二万ぐらいする高い本なんですが。
で、小鷹信光の方は『新パパイラスの舟』より前の『パパイラスの舟』(早川書房)というエッセイ集は出ております。ただし基本的にはハードボイルドの本です。ですが、何章か短編ミステリについて語った章があって、そこは読み応えがあります。その部分だけ読むために手に入れてもいいぐらいの本ではあるのですが。
肝心の『新パパイラスの舟』の方は未収録ですが、このエッセイで語ったテーマ別短編をアンソロジーに編纂するという壮大な計画がかってあって、大和書房から5冊分の短編集が出ています。
1『とっておきの特別料理 美食ミステリ傑作集』
2『冷えたギムレットのように 美酒ミステリ傑作集』
3『ラヴレターにご用心 手紙ミステリ傑作集』
4『ブロードウェイの探偵犬 犬ミステリ傑作集』
5『ハリイ・ライムの回想 詐欺師ミステリ傑作集』
このうち、3冊が河出文庫になっていて、1は 『美食ミステリー傑作選』2は『美酒ミステリー傑作選』 5は『詐欺師ミステリー傑作選』というタイトルで出ています。このアンソロジーはどれも面白いのでおすすめです。
ちょっと長くなってしまいました。ところで書き終わって書名を見てみたら、全部絶版ですね(すみません)。現役本は『幻想文学大事典』ぐらいでしょうか。
【2006/03/03 23:25】 URL | kazuou #- [ 編集]


重ね重ね丁寧な解答有り難うございます。エッセイ本は出てないのですね。残念。
ミステリマガジンのバックナンバー探してみることにします~。
【2006/03/05 00:20】 URL | そら #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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