硬質な運命劇  ハインリヒ・フォン・クライスト『ミヒャエル・コールハースの運命』
ミヒャエルコールハースミヒャエル・コールハースの運命―或る古記録より (岩波文庫)
クライスト 吉田 次郎
岩波書店 1941-06

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 19世紀前半のドイツに生まれた文学運動《ドイツ・ロマン派》。いわゆる「メルヘン」や「童話」を芸術の域にまで高めようとした彼らの作品は、幻想性・物語性に富み、今で言うところの「ファンタジー」に近い味わいを持っています。E・T・A・ホフマンやルートヴィヒ・ティーク、ヴィルヘルム・ハウフの作品などは、その最たる例でしょう。
 この《ドイツ・ロマン派》の中にあって、ひときわ異色な作家がいます。その作家の名は、ハインリヒ・フォン・クライスト。その作品は「メルヘン」というにはあまりに硬質、しかし、尋常ではない迫力があります。
 例えば。本邦では怪談の名作として知られる『ロカルノの女乞食』(植田敏郎訳『怪奇小説傑作集5』創元推理文庫収録)を見てみましょう。
 これは、城主に虐げられて死んだ女乞食が、幽霊となって現れるという、ごく短い掌編です。内容はともかく、その文章のスタイルが特徴的なのです。幻想的な題材を扱っていても、徹頭徹尾、血肉が通ったかのような表現を多用しています。端的に言えば「リアル」なのです。
 そして今回紹介する『ミヒャエル・コールハースの運命』(吉田次郎訳 岩波文庫)にも、そのクライストの特質はよく出ています。
 16世紀ドイツ、馬商人であるミヒャエル・コールハースは、いわれもなく馬3頭を横領されてしまいます。しかも、彼の訴えは、却下され、あげくのはてに、妻まで殺されてしまうのです。コールハースは、手勢をひきいて復讐に立ち上がります…。
 世の不合理に対して立ち上がった男の復讐劇。要約してしまうと、簡単な話なのですが、作品から受ける印象は、すさまじいの一言。書かれた当時より過去を舞台にした、いわゆる「時代小説」なわけですが、それにもかかわらず、その世界があまりに「リアル」なのです。
 例えばこの作品では、占いをするジプシーなど、超自然的な要素がわずかながら登場するのですが、それが作品全体のなかで、異様に浮き上がってしまうほど、作品全体のトーンはリアリズムに支配されているのです。
 このリアリティがどこから来るのかと考えてみると、作品の「視点」に気がつきます。登場人物の心理描写がほとんどないのです。登場人物の心理の直接描写を行わず、飽くまで、行動だけを淡々と描写しているのです。それが、映画のシナリオでも読んでいるような錯覚を覚えさせるのでしょう。
 そもそもこの時代は、まだ小説作品において「視点」や「人称」がほとんど意識されていませんでした。そんななか、これほどの「スタイル」をもって作品を書き上げたこと自体、驚異的だといえるかもしれません。
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