失われた目を求めて  埋もれた短編発掘その24 武宮閣之『月光眼球天体説』
 眼球を天体に見立てる…。そんな頓狂な発想から、おそらく、この素敵な物語は生まれたのでしょう。
 武宮閣之『月光眼球天体説』(『ハヤカワ・ミステリ・マガジン1991年8月号』収録)は、なんと、宇宙をさまよう「目玉」の物語。
 主人公の少年は、十二歳になったばかり。両親の不和が原因で、叔父夫婦のもとに預けられていました。夏休みのある日、少年は先日やってきたばかりの転校生と出会います。家にさそわれた少年は、そこで転校生の祖父を紹介されます。

 土管を細長くしたような煤けてよごれた望遠鏡の前で、おじいさんは分厚い本を開いていた。見ると右目が眼帯で覆われている。ギクリとした。転校生もおじいさんも、眼を悪くしている。きみはなんとなく嫌な気持ちになった。

 おじいさんは「望遠鏡で、宇宙旅行をしてみないか」と、おかしなことを言い出します。どこか安っぽい望遠鏡を見ながら、半信半疑で、少年は望遠鏡を覗き込みます。とたんに目の奥がむず痒くなってきます。

 月がすぐそばに見える。どんどん近づいていく。こんなに間近に月面を見るのは初めてだ。立体感のあるクレーターが、ひろげた掌の皺のようにつぶさに見てとれる。このままだとぶつかる。そんな恐怖を覚えて、きみは無意識に視線をそらす。次の瞬間、思いがけない強い力を受けて、きみは外にほうり出されそうになる。月がツルリと右下に流れていった。

 茫然自失としている少年に、おじいさんは説明します。この望遠鏡は、見るためのものではなく、集めるためのものだ。何を?-月の光を。それを見つめる人の眼球を、一つの天体にするために。そう、それは覗いた人の目を、宇宙に運んでくれる望遠鏡だったのです。おじいさんはこの理論を「月光眼球天体説」と呼んでいました。
 しかし、この望遠鏡には問題がひとつありました。望遠鏡を使っている最中に、筒から眼を離してしまうと、眼球が戻ってこれなくなってしまうのです。そして、転校生もその祖父も、片眼を失ってしまったために、眼帯をしているというのです。

 『月光眼球天体説』によると、宇宙に飛んでいった目玉は、残ったもう一方の目で望遠鏡を通して見つけ、視線を合わすことができれば、望遠鏡をつたって戻ってくることができるという。転校生も出ていってしまった自分の利き目を探すために、望遠鏡で毎日、左目を宇宙に放つというのだ。

 やがて、失った右目を探し続けていた転校生は、ある日残った左目も失ってしまいます。両目を失った転校生は、また心をも失ってしまうのです。転校生のおじいさんは警告を残して、少年の前から姿を消します。

 「わしらはしばらく、他の場所で研究を続けることにするよ。あの望遠鏡はあんたにあげる。きっといい旅ができる。本当の旅ができる。でも、左目で右目を見ようとしちゃだめだ。目は宇宙をみるためのもの、そして宇宙そのもの…」

 しかし警告にもかかわらず、少年は右目を失ってしまいます。彼は右目を求めて、残った左目で行方を探し始めます。

 右目はまだ太陽系を出ていない。探せば間に合う。きみの左目は螺旋を描くように、忙しく旋回と直進を繰り返す。

 少年は右目を取り戻すことができるのでしょうか? そして失われた目と出会ったとき、思いもかけなかった体験が少年を待っているのです…。
 文字どおり「世界」を、そして「宇宙」を見ることのできる「目」。「宇宙」を遊泳する「目」の見た夢とはいったいどんなものだったのでしょうか。眼球と天体のアナロジー、そして少年の心と宇宙のひろがりもまた、相似形をなしているのです。
 詩的で繊細。しかしその世界観には、スケールの大きさを感じさせられる、まさに珠玉の短篇です。
この記事に対するコメント

"虫"、"ゾンビ"そして"目"。
実は幻想系の作品の部類でもっとも苦手とするツールなのです。

語り口、世界ともに好きな武宮閣之なのですが、これを読んだあとは想像が膨らみすぎて
夢にまででて怖かったです。
印象的な作品だからこそ・・・なのかもしれませんが。
【2008/05/16 17:42】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

>shenさん
shenさんは、武宮閣之ご存じでしたか。
この人の作品の世界観って、好きな人にはたまらないですよね。

「目玉」という、一種グロテスクなモチーフを使いながらも、終始、品の良さを失わないところが、また魅力のひとつだと思います。
何の気なしに読んでしまえるんですけど、読後ちょっと考えてみると、非常に「怖い」作品でもありますよね。
【2008/05/16 22:02】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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