古き良き… シンシア・アスキス選『恐怖の分身』
恐怖の分身恐怖の分身―ゴースト・ストーリー傑作選 (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
デズモンド マッカーシー 長井 裕美子
朝日ソノラマ 1986-09

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 シンシア・アスキスは、自身も怪奇小説をものし、その道の評価も高いイギリスの作家です。彼女は、また良きゴースト・ストーリーのアンソロジストでもあり、何冊ものアンソロジーを手掛けています。
 そんな彼女のアンソロジーから、いくつかの作品を抜き出して編集したのが『恐怖の分身』(シンシア・アスキス選 長井裕美子訳 ソノラマ文庫)です。斬新な作品は少ないものの、安心して楽しめる「古き良きゴースト・ストーリー」が集められています。中からいくつか紹介しましょう。

  デズモンド・マッカーシー『恐怖の分身』 仲の良かった、幼なじみ同士のハービーとパージトンは、やがて袂を分かつことになります。温厚なハービーには、野心あふれるパージトンの強引な行動が耐えられなかったのです。
 そして数十年後、ハービーは、パージトンに再会します。パージトンは、以前とはうって変わって善人になっていました。しかし、何かにおびえているようなのです。彼は自身の兄の死を語りますが、その死に自分は責任があるのではないかと考えていました。パージトンが時折見る幻影は、罪の意識から来るのではないのかとハービーは考えますが…。
 卑劣な手段でのし上がった男が苦しめられる幻影とは…? いわゆる「分身」小説ですが、怪奇現象そのものよりも、パージトンの人格を変えるに至ったいきさつの方に読みごたえがあります。

 アルジャーノン・ブラックウッド『嫌悪の幻影』 仕事の利便のため、すぐ近くの下宿を借りることにしたモルソンは、ふとすれちがった男に、異常ともいえるほどの嫌悪感を抱きます。また、宿の女主人スミス夫人は、モルソンに何か言いたそうにするものの、何か隠し事をしているようなのです。ある夜、モルソンの部屋に謎の男が侵入しますが、その正体はつかめません…。
 さすがは怪奇小説の大家ブラックウッド。怪異が起こるまでの雰囲気の高め方は、堂に入ったものです。それに加えて、怪異に遭遇する主人公モルソンが、殺人を犯しかねないほどの、激情的な性格に設定されているのが面白いところです。
 
 イーニッド・バグノルド『好色な幽霊』 テンプルトン氏は、ある日メイドが暇をとりたいと言い出すのを聞いて、不審に思います。理由を問いただすと、彼の部屋に、二人分の服が脱ぎちらかしてあるのを見たから、だというのです。しかしテンプルトン氏は、部屋に誰かを連れ込んだ覚えはまったくありません。さては…。彼にはこのところ毎夜、幽霊らしきものに悩まされていました。しかもそれは女のようなのです。たまたま妻が家を留守にしたある夜、とうとうそれはテンプルトン氏のベッドに近付いてきます…。
 「好色」な幽霊、というユニークなゴースト・ストーリーです。ただタッチは意外とシリアスなので、妙な味の作品に仕上がっています。

 メアリ・ウェブ 『執拗な幽霊』 弁護士の「私」は、ある日タレント氏なる人物と知り合います。話の流れから、彼の持っていた原稿を読ませてくれないかと頼んだ「私」は、図らずも、退屈な作品の朗読を、長々と聞かされる羽目になります。挙げ句に、遺言書の作成を頼まれてしまった「私」は、いやいやながら引き受けます。
 数年後、タレント氏の死により、「私」は、遺言を実行することになりますが、それは膨大な氏の原稿を出版して金に換えろ、という無茶なものでした。遺産を当てにして集まった親戚たちを前に「私」は困惑しますが、行く先々で、タレント氏の幽霊らしき存在を目撃します…。
 生前、朗読癖で周りの人間を悩ませていた男の幽霊が、死後も親戚たちを悩ませる…というユーモア・タッチのゴースト・ストーリー。はっきり言って、結末には唖然とするのですが、冗談小説とすれば、これはこれで面白いかも。

  L・P・ハートレー『遠い国からの訪問者』 オーストラリアで一財産を築いたランボルド氏は、イギリスに帰国し、馴染みのホテルに宿泊します。しかしその夜、黒ずくめの無気味な男が、ランボルド氏を訪ねてきます…。
 復讐に訪れる幽霊、という、かなりオーソドックスなホラー。ただ、ランボルド氏が過去に犯した罪や因縁話をはっきりと書かないところが「モダン」です。ホテルマンとランボルド氏との間で交わされる「ルール」についての話が、薄気味悪さをかもし出しています。

  D・H・ローレンス『揺り木馬の啓示』 階級に見合った資産はなく、常に経済的に困っているある家庭。そんな家の事情を薄々察していたポール少年は、両親を助けたいと考えていました。彼には不思議な能力がありました。木馬に乗っているときに、競馬の勝ち馬を当てることが出来たのです。しかし彼が「確信」を得られた時にだけ、それは的中しました。少年の能力を知ったオスカー伯父は、彼と協力して、かなりのお金を儲けます。伯父の手を借り、親戚からの預かり金と称して、母親にお金を少しずつ渡したいと考えたポールでしたが、母親はそれに乗じて、ますますお金を欲しがるようになっていきます…。
 無為な父親、金を求め続ける母親、そんな家庭の犠牲になっていくポール。純粋無垢な少年に比べて、母親の冷たさが印象に残ります。普通の小説としてみても、充分魅力的な作品。
この記事に対するコメント
シンシア・アスキス
こんにちは。アンソロジー好きなのでまた書きこんでしまいました。
他のアンソロジーで読んだものが1作品あるだけです。
他のものも読んでみたいですが、『恐怖の分身』は古書価が高いですね。

シンシア・アスキスって、「角店」の人ですね!
あの話はとても好きです。
【2008/04/18 13:28】 URL | タツナミソウ #- [ 編集]

>タツナミソウさん
コメントありがとうございます。
そうです。アスキスは「角店」の作者ですね。この人の作品は、いくつか読みましたが、味わい深いものが多いですね。ゴースト・ストーリーを書いていても「怖い」というよりは「切ない」といった方が近い感じです。

ソノラマの海外シリーズは、アンソロジー・短編集中心で、短篇好きには垂涎のシリーズなんですよね。どれも入手難なのが玉にきずです。僕も少しづつ集めているのですが、なかなか手に入らないですね。
【2008/04/18 20:30】 URL | kazuou #- [ 編集]


たぶん読んでいるはずなんですけど、うろ覚え。
なんてもったいない読み方をしてしまったんだろうと、今、思います。
持ってませんし、図書館にもなかなかないんですよね。

一時メモをとりながら(?)読んだこともあったんですが、PCのディスクが飛んだときに
すっぱりメモをあきらめて事があります。
シンシア・アスキスは好きです。
【2008/04/21 21:09】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
この本、怪奇小説アンソロジーとしては、正直そんなにすごい作品があるわけではないんですよね。でも楽しんで読めてしまったのは、やっぱり怪奇小説好きだからでしょうか。
シンシア・アスキスは、おかしないい方ですけど「品の良い」怪奇小説を書きますよね。女流作家で言うと、例えば、ローズマリー・ティンパリーとかもそうなんですけど、すごく「やさしい」作品を書く人で、ホラーでありながらも後味のいいところが、魅力だと思います。
【2008/04/21 21:53】 URL | kazuou #- [ 編集]


調べたら、普段利用している図書館に有る→読んだはず。しかし、再度予約してしまいました。朝日ソノラマ読んだら、今度こそメモしようと思いますです。はい。
【2008/04/23 11:34】 URL | fontanka #- [ 編集]

珍しいですね
図書館に、ソノラマ海外シリーズが置いてあるとは珍しいですね。うちの近所の図書館には全然ないですよ。このシリーズは、古書価が高いとかいう以前に、実物にお眼にかかること自体が少ないんですよね。

『恐怖の分身』は、すごい!という作品があんまりないので、印象に残っていないのかも…。
【2008/04/23 19:15】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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