キュートな残酷劇  水野純子の作品世界
 小説を語る際に、よく取り上げられるテーマのひとつに次のようなものがあります。「描く内容」よりも「描き方」が重要である…。
 内容そのものよりも、それを描く「描き方」によって、作品は良くも悪くもなる、ということを言ったものでしょうか。この理屈を漫画に当てはめてみると、さしずめ「描き方」は「画風」や「絵柄」と言い換えてもいいかと思います。
 じっさい、漫画の主たる魅力は、その「画風」にある、ということについては、否定される方も少ないでしょう。さらに、問題になるのは「描く内容」と「描き方」のマッチングです。アクション漫画やスポーツ漫画は、やっぱりスピード感や大胆なコントラストが必要でしょうし、恋愛漫画であれば、繊細な描線や落ち着いたコマ取りが合っている、といえると思います。つまりは、そのジャンルに合った「絵柄」というものがあるわけです。
 逆に言うと、取り扱っている内容とかけ離れた「絵柄」を採用すると、それは「笑い」や「ギャグ」の要素が強くなる、ということです。実際、バロディ漫画などでは、ある漫画家のタッチで、別の漫画家の作品を描いてみたら、という発想で描かれたものが多くあるようです。
 さて、この「内容」と「絵柄」のマッチングおよびミスマッチング、ということでは、興味深い漫画家がいます。それは、水野純子。
 彼女の作品の特徴は、そのかわいらしいタッチの「絵柄」。デフォルメのきいたキャラクターは、単体の「絵」としても、見事なものです。しかし、扱っている内容は「絵柄」に反して、じつに「身も蓋もない現実」なのです。その「絵柄」と「内容」とのギャップが、彼女の作品の魅力ともなっています。
 今回は、このユニークな漫画家の作品を概観してみたいと思います。



ピュアトランスピュア・トランス
水野 純子
イースト・プレス 1998-07

by G-Tools

『ピュア・トランス』(イースト・プレス) 近未来、戦争により荒廃した地上を避けて、地下に移住した人類。そこでは、自然な食物は貴重品とされ、食料不足から開発されたカプセルが、主要な栄養源となっていました。しかし、そのカプセルで過食症になる人間も問題になっていたのです。
 治療センターのナースである香織は、その正義感からくる行動のために、横暴な院長である山崎蛍子にことあるごとに虐げられていました。香織は、幼い子どもたちを連れて地上に脱出しますが、院長の部下が追っ手として迫ります…。
 「人類のたそがれ」を描くという、何ともハードな内容の長編です。主人公、香織の宿敵である院長が、ものすごいサディスティックな悪役なのが印象的。なにせ、薬物中毒で、自分が気に入らないというだけの理由で、部下のナースを殺してしまうのですから。
 「正義」が勝つとは限らない…、という強烈なバッドエンド。インパクトでは水野純子作品中で一、二を争う問題作です。



シンデラーラ水野純子のシンデラーラちゃん
水野 純子
光進社 2000-02

by G-Tools

『水野純子のシンデラーラちゃん』(光進社) 焼き鳥屋を経営する父親が突然死して、シンデラーラは悲しみます。しかし父親は、ゾンビとなって蘇り、家に帰ってきます。しかも父親は、同じゾンビの女性と再婚してしまいます。彼女には二人の連れ子がいました。義理の姉にいじめられるシンデラーラは、ある日、王子様に出会い恋をします。ただし王子はゾンビだったのです…。
 童話をモチーフにした作品第一弾。シンデレラがモチーフですが、主要なキャラクターがゾンビである、というところがユニーク。シンデラーラと王子の恋を妨げるものは「身分」ではなく「生死」なのです。



ヘンゼルとグレーテル水野純子のヘンゼル&グレーテル
水野 純子
光進社 2000-11

by G-Tools

『水野純子のヘンゼル&グレーテル』(光進社) 主人公は、坂崎ヘンゼルとグレーテルの姉弟。彼らの両親が営むスーパーに、ある日食料品が全く入ってこなくなります。卸元が品物を卸してくれなくなったのです。町にある食料品屋は、彼らの店たった一軒だけ。そんな折り「食べものランド」の噂が町に流れます。そこにはいろいろな食べものがあるというのです。抗議に出かけた両親が帰ってこないのを心配したヘンゼルとグレーテルは、両親の後を追いかけますが…。
 「ヘンゼルとグレーテル」をモチーフにした作品。グレーテルが「ヤンキー」という設定が面白いです。食料品の卸元が、髪に野菜のなる野菜人間だったり、自分の肉を切って売る巨大なブタだったりと、細部の設定も手が込んでいます。
 水野純子作品には珍しく「毒」が少ないので、一般にもお勧めしやすい良作。



4821199149人魚姫殿
水野 純子
ぶんか社 2001-12

by G-Tools

『人魚姫殿』(ぶんか社) 美しい人魚の三姉妹は、海の漁師を誘いこんで殺しては、その肉を食べていました。長女のトゥーラは、母親を殺されて以来、人間に深い恨みを抱いていたのです。次女のジュリーはそんな生活に疑問を覚えていましたが、ある日、人間の男である末吉に出会い、恋に落ちます。しかし、末吉はジュリーたちの母親を殺した内海一族の人間だったのです。姉の反対も押し切り、彼と駆け落ちしたジュリーは、人間になろうとしますが…。
 「人魚姫」をモチーフにした作品。「人魚姫」に依りつつも、独自の要素を上手く入れ込んだ先の読めないストーリー展開は、じつにドラマティック! 各キャラクターの描き込みも見事です。とくに、人間と恋に落ちる次女ジュリーと、憎しみに囚われた長女トゥーラの人生が対比して描かれています。
 抑えた色使いといい、大胆な構図といい、もはや「アート」の領域。さらには、哀感さえ漂う結末といい、童話三部作のみならず、水野純子作品の中でも屈指の完成度を誇る力作です。



4063645266水野純子の四畳半妖精図鑑 (KCピース)
水野 純子
講談社 2003-08

by G-Tools

『水野純子の四畳半妖精図鑑』(講談社KCピース) 地方から上京してきた冴えない大学生はじめ。しかし、彼が住む四畳半のアパートには、彼の知らない様々な妖精が潜んでいたのです…。
 はじめが出会う様々な妖精を見開きで紹介するという、アート的要素の高い作品です。ただし妖精と言っても、「こたつの妖精」とか「エロ本の妖精」とか「トランクスの妖精」など、本来妖精とは結びつかないようなキッチュなものが多いのが特徴です。
 毎回巻頭に、はじめの近況が文章のみで語られるのですが、これがまた不運続きの人生。かわいらしい妖精たちのページとの極端な対比をなしています。面白いのは、妖精たちは、主人公に直接接触するわけではないところ。主人公は妖精たちの存在に全く気が付いていないのです。



4757713150ファンシージゴロ ペル (1) Beam comix
水野 純子
エンターブレイン 2003-03

by G-Tools

『ファンシージゴロ・ペル』(エンターブレイン Beam comix) 「姫コトブキ星」に住むのは、みな美しい「姫コトブキ星人」。しかし主人公ペルだけは、みなと違っていました。自分が「内臓」だけの特異な生物だと知ったペルは、自分の赤ちゃんを生んでくれるお嫁さんを探して地球に向かいます…。
 地球に嫁探しにきた異星人、という連作コメディなのですが、ペルが遭遇するのは「身も蓋もない現実」ばかり、というところが類似作品と異なる点でしょう。初恋の女性には恋人がいるし、家を追い出されてホームレスになるし、と散々な苦難の毎日。毎回ペルの恋は挫折してばかりなのです。彼はお嫁さんを見つけられるのでしょうか?
 冒頭から苦難続きのペルの人生なのですが、後半の展開はそれに輪をかけて「悲惨」の連続です。親友のホームレスのおじさんは死んでしまうし、薬物中毒になって生死の境をさまようし、結末に至っては信じられないような最悪の結果が…。
 そんな「悲惨」なストーリーにもかかわらず、暗くならないのは、主人公ペルの楽天的なキャラクターと明るい絵柄でしょう。一般読者を想定したと思しく、非常にエンタテインメント性に富んだ展開も、読みやすさの一因ですね。


 水野純子の作品はどれも、そのかわいらしい絵柄とは対照的に、非常に「毒」をはらんだものが多数を占めています。グロテスクな描写も、残酷な話も多いです。その点、作品は一種のファンタジーでありながらも、「幻想」に逃げないファンタジーを描く作家、といっていいかもしれません。読者を選ぶ作家であるとも言えますが、一度その魅力にはまると、病み付きになりそうな作家でもあります。
 現実に傷付きやすい、繊細な人にこそ読んでいただきたい作家ですね。

テーマ:コミック - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kimyo.blog50.fc2.com/tb.php/291-eff13cc0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する