悪夢の迷宮  稲生平太郎『アクアリウムの夜』
4044275017アクアリウムの夜 (角川スニーカー文庫)
稲生 平太郎
角川書店 2002-01

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 稲生平太郎『アクアリウムの夜』(角川スニーカー文庫)を、発売元のレーベル名から甘く見ていると、驚かされます。というのも、この作品は、10数年前に出版されたカルト的な幻想小説を、新装復刊したものなのです。
 そしてこの稲生平太郎という作家は、本業は英文学者であり、怪奇幻想文学の研究家としても知られる横山茂雄のペンネームです。
 彼は、かって『幻想文学』誌において、『不思議な物語』という幻想小説に関する研究エッセイを連載していました。該博な知識と鋭いセンスに裏付けられた文章は、非常に明晰で示唆に富んだものでした。とはいえ、扱っている作家は異様にマニアック。ロバート・エイクマン、オリヴァー・オニオンズ、マイケル・ビショップ、レルネット=ホレーニア、リチャード・マーシュなど、邦訳もひとつかそこら、もしくは邦訳さえない作家を扱っていました。あと、アラステア・グレイやクリストファー・プリーストなど、日本の読書界で話題になる以前に、彼らをとり上げているのにも、卓越した選択眼が窺えますね。
 そんな人物だけに、小説作品である『アクアリウムの夜』も、一筋縄ではいかないだろう、ということは予測がつきます。平凡な高校生の日常生活から始まる物語が、あんな展開になるとは、誰が予想できるでしょうか。
 ごく普通の高校生である「ぼく」こと広田義夫はある日、親友である高橋の誘いで、「カメラ・オブスキュラ」なる奇妙な見せ物を見に行くことになります。観客もほとんどいない劇場で見せられたのは、おかしな円柱。そこに映っていたのは、劇場の外にある水族館や公園の風景でした。見せ物に驚きながらも、二人が気になったことがありました。円柱に映っている水族館の下の地面に、あるはずのない地下への階段が映っていたのです…。
 その後、「ぼく」と高橋は、ガールフレンドの良子を交え、喫茶店で、ふとしたことから「こっくりさん」をすることになります。しかし、そこで出た予言は恐るべきものでした。「タ・レ・カ・ヒ・ト・リ・ハ・シ・ヌ」。
 あの水族館には何かがある…。そう確信した「ぼく」と良子は、水族館について調査を始めます。明らかになったのは、良子の大伯父である大鳥善次郎があの水族館を建てたこと。そしてそれには、過去に一世を風靡した新興宗教「白神教」の教祖、出門鬼三郎が関わっていることを、ふたりは知ります。時を同じくして、何かに取り憑かれたかのように、高橋は精神のバランスを崩していきます…。
 体裁こそ青春小説のそれをとっていますが、これは「モダンホラー」小説であるといってもいいでしょう。平穏な日常が、徐々に「非日常」に侵食されていく…というフォーマットに則っているのです。その場合、問題になるのは、雰囲気の醸成なわけですが、この作品でのそれは素晴らしくよく出来ています。丁寧な描写が、徐々に幻想的な雰囲気を高めていきます。
 かといって、雰囲気だけの作品ではなく、ところどころに謎が散りばめられ、ミステリ的な興味も忘れていません。姿を消した「カメラ・オブスキュラ」の謎。謎の新興宗教の存在。水族館に秘められた秘密。そして、狂気に取り憑かれた高橋の言っていることは本当なのだろうか? 彼が話す協力者とはいったい誰なのか? そして学園祭の日に起きる悲劇とは…?。
 中盤までの展開も、充分魅力的なのですが、圧巻なのは後半、水族館での探索行でしょう。クライマックスで水族館に忍び込んだ「ぼく」と良子が出会うのは、まさに「迷宮」です。地下に隠された洞窟、全くの暗闇で離ればなれになった二人が遭遇する、夢とも現実ともつかぬヴィジョン。そして、悪夢のような驚愕の結末。
 これをライトノベルとして読んでしまった若い読者は、結末を読んで驚くのではないでしょうか。ここまで、まったく救いのない、悪夢のような作品は、一般小説としても珍しいです。
 序盤の見せ物のシーンは、レイ・ブラッドベリを彷佛とさせますし、中盤から登場する新興宗教の教祖の過去のくだりはラヴクラフト、そして結末はアーサー・マッケンと、海外の幻想作家たちとの類似性を感じさせる部分がありますが、物語の中に充分消化されて自然なかたちになっていますし、むしろ、著者が先行する作家たちに示したオマージュととらえた方がよいでしょう。全体を通して、著者の得意とする怪奇幻想文学のエッセンスが散りばめられているのも、この筋のファンにとっては魅力的なところです。
 知名度こそあまりありませんが、日本ホラー小説史上に残る傑作のひとつ、と言っても過言ではありません。
この記事に対するコメント

ぼくは、何年か前に、NHK-FMの連続ドラマ「青春アドベンチャー」でききました。
15分で10回連続だったと思います。
この番組は、SFやファンタジーをよくやるので、気に入ってるんです。

これは予備知識なしでききはじめたんですが、
学園モノのSFくらいに思っていたので、びっくりした覚えがあります。
【2008/02/15 02:44】 URL | kenn #NV6rn1uo [ 編集]

おお!そんなところで・・
スニーカー文庫で復刊されていたのですか。
そこで‘取り上げられた‘というのが失礼だとは思いますが驚きです。

これはある意味読者を選びますよね。ストーリーの流れからの結末をそのまま捉えられるか否かで
好き好きがわかれるのではないでしょうか。

ところで、文末の作家群の中にぜひともP・ストラウブを入れて頂きたいと思います。
私は読んだ時にストラウブを連想しました。
【2008/02/15 19:31】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

>kennさん
「青春アドベンチャー」でやってたことがあるんですか。それは初耳です。
あの番組って、けっこう面白い作品をとりあげてますよね。最近はめっきり聞くことも少なくなったんですけど、印象に残っているものでは、ハインラインの『夏への扉』とかエイミー・トムスン『ヴァーチャル・ガール』なんか面白かったです。

そうですよね。『アクアリウムの夜』、序盤だけだと「ふつうの」学園ものみたいな感じなんだけど、後半とのギャップがまた魅力だと思います。
【2008/02/15 21:49】 URL | kazuou #- [ 編集]

>shenさん
shenさんは、さすがにお読みでしたか。
スニーカー文庫からの復刊、というのは驚きましたが、高校生が主人公、ということでこのレーベルでの発売になったんでしょうか。とにかく、10代のころにこれを読んだら、かなり印象に残りますよね。

なるほど、そういえば、ストラウブも連想させるところがありますね。
個人的には、あのダークな結末は、けっこう好きです。続編も、書こうと思えば書けそうな終わり方ですよね。
【2008/02/15 21:54】 URL | kazuou #- [ 編集]


こちらで紹介されてからずっと気になっていたのですが、最近やっと読むことができました。自分のブログでも書いたのですが、「昭和」の香りがただよう雰囲気が印象的です。今のラノベ世代にはあわないかも。あと、続編も期待してしまいますね。
【2008/04/25 23:35】 URL | げし #ItxbjV56 [ 編集]

>げしさん
なるほど「昭和」ですか。たしかに「ノスタルジー」というか「セピア色」の印象がある作品ですよね。読者に対する「媚び」が全然ないという意味でも、昨今のライトノベルとは一線を画した作品だと思います。

最後まで伏線を回収していない、というか、あえて回収しなかったという印象があるのですが、それでも続編が読みたくなりますね。
【2008/04/26 07:57】 URL | kazuou #- [ 編集]


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Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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