お尻の理性 ヨアヒム・リンゲルナッツ『動物園の麒麟』

動物園の麒麟

 先日の「たら本」企画で、リンゲルナッツの詩をちょっと紹介したところ、いくらか興味を持っていただけたようです。そこで今回は、もう少し詳しく、リンゲルナッツについて書いてみようかと思います。
 改めて紹介すると、ヨアヒム・リンゲルナッツ(1883~1934)はドイツの詩人。様々な職業を転々としながら、酒場や劇場で詩を朗読していました。ボヘミアン気風の自由人で、その詩にはユーモアとペーソスが溢れています。
 まずはサンプルとして、いくつかの作品を引用してみたいと思います。


ハンブルクに二匹の蟻がいたが
オーストラリアへ旅行にでかけた
アルトナあたりの街道で
足をすっかり痛めてしまった
そこで彼らは賢明にも
旅行の最後の部分をあきらめた


※アルトナはハンブルク近郊

『蟻』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



真田虫の容態が非常に悪かった
彼は何だかしじゅうお尻がかゆかった
そこで彼のおなかを切開して
シュミット博士が診断を下したところによれば
この虫には虫がわいており
その虫にまた虫がわいている


『真田虫』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



風呂槽が大変な法螺をふいた
自分は地中海だと彼女は言う

この思いあがった浴槽は
カルチェ・ラタンに住んでいた


『浴槽』より(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



二個の分子が住んでいた
水車小屋の上に座って
水車が回るを見ておった
心みち足り たがいに愛していた
誰も誰もそれを知らなんだ
たった一人、封筒書きの男のほかは


『二個の分子が住んでいた』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)

 どの作品でも「奇想」といっていいほどの、表現とアイディアが溢れています。遥かかなたのオーストラリアへの距離を「旅行の最後の部分」と表現する洒落っ気。虫にわく虫にわく虫…という、めくるめくようなイメージ。
 カルチェ・ラタンに住む「浴槽」や、愛し合う「分子」の話なんて、だれが思い付くでしょうか。
 もうひとつ目につくのは、生き物たちの姿。「蟻」や「真田虫」、ひいては「風呂槽」や「分子」などの無生物までが、まるで生き物のように扱われているのです。そして、彼らに対する作者の視線は、限りなく優しいのです。

 また、リンゲルナッツの詩は、ただおかしいだけではありません。そこには人生に対する思索も感じられるのです。例えば次の作品。


-どこに一体
地球儀がこっそり こまっちゃくれて
白い、賢い、見きわめもつかぬ広漠たる壁にきいた
-どこに一体、僕らの理性はあるのかね

壁はしばらく考えたが
-君んところじゃお尻だね


『地球儀』より(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)



-おぼえていらっしゃる?
夕方、かげろうの妻がたずねた
-階段の上であの頃あなたのチーズのかけらを盗んだのを

老人らしい明るさでかげろうの夫が言った
-ええ、覚えていますよ
そして彼は微笑した-昔々のこと


『全生涯』より(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)


 小難しい哲学癖をからかうかのような『地球儀』の視点も魅力的ですが、注目したいのは『全生涯』の内容。
 一日しか寿命のない、かげろうの夫婦を描いています。人間から見れば「ついさっき」の出来事は、彼らにとっては「昔々のこと」なのです。その時間的なスケールのギャップが、おかしみを出しているのと同時に、その生涯の「繊細さ」と「はかなさ」をも表現しています。
 生物学者ユクスキュルが提唱したとされる「環境世界」論というものがあります。これは、どんな動物も、自分が生きるために必要な意味にしたがって、現実世界をとらえている、というものです。つまり人間には人間の「世界」があり、かげろうにはかげろうの「世界」がある、というもの。
 僕は、この『全生涯』ほど、その説をスマートに、詩的に表現した例を知りません。思えば、リンゲルナッツの作品に登場する「生き物」や「物」たちの独特の視点は、彼が「生き物」や「物」たちに「成りきって」いるからこそ、生まれたものなのでしょう。その意味でリンゲルナッツもまた、自分なりの「環境世界」を持っていたといえるのかもしれません。
 最後に、前回の記事で紹介した『郵便切手』の全文を引用しておきましょう。


男性の郵便切手が、はりつく前に
すばらしいことを体験した
彼はお姫様になめられた
そこで彼には恋が目覚めた

彼は接吻を返そうとしたが
そのとき旅立たねばならなかった
かくて甲斐なき恋であった
これは人生の悲劇である


ヨアヒム・リンゲルナッツ『郵便切手』(板倉鞆音訳『動物園の麒麟』国書刊行会収録)

この記事に対するコメント
これは凄い!
いいですねぇ。
『郵便切手』なんか抜群。
今ひとつわからないところもある『二個の分子が住んでいた』も、いろいろと考える楽しさに満ちています。
おっしゃるとおり、そんじゃそこらの短編小説では太刀打ちできない世界を内包していると思います。
【2008/02/05 20:26】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

味わい深いです
リンゲルナッツの作品は、短いなかにいっぱい想像力がつまっていて、読んでいて、とても面白いです。何より「気取り」や「晦渋さ」とは無縁なところが、いちばんの魅力でしょう。
『二個の分子が住んでいた』なんか、非常にシュールなんですけど、妙な味わいがあります。ナンセンスといえば、イギリスが本場ですが、それとはまた違った趣がありますね。
『郵便切手』に至っては、ある種の「センス・オブ・ワンダー」すら感じられます。
ときおり閃く叙情性は、ドイツ・ロマン派の遠い血筋でしょうか。
【2008/02/05 21:07】 URL | kazuou #- [ 編集]


こんばんは。
とりあえず図書館にあるので予約を入れてみました。
うーーん。系統としては合わないかもとおもいつつ。でも読んでみたくなりました。
【2008/02/06 20:08】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
おお、図書館にありましたか。
ひとによって趣味も違うので、無条件でお勧めはしませんが、リンゲルナッツは一般的な「詩」とはかなり趣が違って、物語性が強いので、ぜひ読んでみていただきたいです。
【2008/02/06 20:48】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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