バッハ系ドイツ人  バッハの息子たちの音楽
Wilhelm Friedemann Bach: Concerti W.F. Bach: Oeuvres pour clavecin C.P.E.バッハ:ヴァイオリンソナタ集C.Ph.E. Bach; 6 Hamburg Symphonies, Wq. 182 Bach: Die Kindheit Jesu (The Infancy of Jesus); Wachet auf (Awake) バッハ:6つのシンフォニア
 バッハといえば「音楽の父」と称される、有名な作曲家です。音楽に興味がない方でも、バッハの名前は聞いた事があると思います。ただし「バッハ」という作曲家が、ひとりではない、というのはご存じでしょうか?
 じつは、この「バッハ」、音楽を生業とした音楽家の一族なのです。現在では、ただ「バッハ」と言えば、ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)のことを指すのですが、このヨハン・セバスティアン以外にも、一族から優秀な音楽家を多数輩出しています。このため、ヨハン・セバスティアンのことを、他の一族と区別して「大バッハ」という言い方をすることもあります。
 当時、画家や音楽家という職業を子孫に受け継ぐ、というのは珍しいことではありませんでした。そもそも18世紀においては、現代のような「芸術家」という概念がまだ生まれておらず、画家も音楽家も、貴族や王侯に使える「職人」という位置づけだったのです。ただ、それにしてもバッハ家は、一族総出ではないかというぐらい、多くの人間が音楽を生業にしていた、という点で、じつにユニークな一族です。
 同じ名字を持つ人間が、同じ職業についている、ということから想像がつくように、当時の人々も、彼らバッハ家の人間を区別するのに苦労したことと見えます。アメリカのユーモリスト、フランク・サリヴァンは『忘れられたバッハ』(浅倉久志訳『忘れられたバッハ  ユーモア・スケッチ絶倒篇』ハヤカワ文庫NV収録)という作品の中で、このあたりの事情を茶化して書いています。

 そこで、彼らはバッハ一族を名前で区別するのをあきらめ、そのかわりにバッハ家の一人ひとりを、それぞれがオルガン奏者をつとめる都市に結びつけようと試みた。

 事実、当時のドイツでは、駅弁あるところ必ずバッハが住んでいた、といわれる。さて、そこでなにが起こったか? ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハは、ドレスデンの教会オルガン奏者だという理由で、ドイツ人からドレスデン・バッハと名づけられたとたん、ハレへ引っ越した。カール・フィリップ・エマヌエルは、ベルリンの宮廷オルガン奏者だという理由でベルリン・バッハと呼ばれたとたん、ハンブルクへ移った。

 同じ名字の親戚を、当人が住む都市の名前で呼ぶ、というのは日本でもある習慣ですね。ただ、上に引用した部分の内容、じつはフィクションではなく事実です。バッハ家の人間は引っ越し魔らしく、やたらと引っ越しているのです。
 さて、長くなりましたが、これからが本題。「大バッハ」ヨハン・セバスティアンは、今でこそ「大作曲家」ですが、生前にはそれほどの評価を受けていませんでした。腕のいい中堅作曲家、というのが当時の世間の見方であり、むしろ、彼の息子たちの方が有名だったのです。
 ヨハン・セバスティアンの息子たちのうち、4人が有名な作曲家になりました。今でこそ知名度は父親に及びませんが、彼らは、後の古典派へとつながる音楽史の潮流を作り出したという意味で、重要な位置を担っています。また、それぞれが父親とは違った魅力を持った音楽を作っています。そこで今回は、彼らバッハの息子たち4人の音楽を、簡単に紹介してみたいと思います。

 まずは、長男ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ(1710~1784)。通称「ドレスデンのバッハ」または「ハレのバッハ」。
 初めて誕生した男の子ということもあり、父親から溺愛されて育ちました。音楽的な才能は突出していたものの、克己心に欠ける不安定な性格だったため、世間的には大成せずに終わりました。
 しかし彼の音楽は、今聞くとなかなか魅力的です。いささか不安定ながら、ファンタジーに富み、幻想的とさえいっていい曲を書いています。当時の他の作曲家たちの曲と比べても、あまりに異質な曲調はオリジナリティの証明でしょう。オルガンやチェンバロなどの、鍵盤による即興曲には、先の読めない面白さがあります。

 次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788)。通称「ベルリンのバッハ」または「ハンブルクのバッハ」。
 当時「バッハ」と言えば、この人のことを指すぐらい、広く影響力を持った作曲家です。ヨーゼフ・ハイドンも彼を尊敬していたとか。
 プロイセンのフリードリヒ大王に仕えるものの、意見の相違から大王と喧嘩別れをし、後にハンブルクの音楽監督に就任します。
 「多感様式」と呼ばれる彼の作風は、激しい転調が特徴的で、今聞いても刺激的な音楽です。とくに「ハンブルク交響曲」と呼ばれる交響曲群は傑作。形式的には似たような曲が多かった時代にあって、一度聞いただけで判別できるぐらい独創的な曲を書いた「天才」作曲家。

 ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハ(1732~1795)。通称「ビュッケブルクのバッハ」。
 バッハ家には珍しく、ひとつの都市にとどまりつづけ、平穏な一生を送りました。ヘルダー(1744~1803)との出会いから、文学的な要素を音楽に取り込みます。アクの強い兄弟たちの中にあって、適度に保守的、適度に革新的、というバランスのとれた作風です。

 ヨハン・クリスティアン・バッハ(1735~1782)通称「ミラノのバッハ」または「ロンドンのバッハ」
 ヨハン・セバスティアンの末っ子。バッハの息子たちの中で、唯一オペラに手を染めました。ミラノでデビューするも、後にロンドンに渡ります。カール・フリードリヒ・アーベル(1723~1787)とともに、公開演奏会の先駆となる『バッハ・アーベル・コンサート』を主催し、人気を博します。ここでクリスティアンの曲を聴いたモーツァルトが絶大な影響を受けたのは有名。
 オペラで鍛えただけあって、交響曲や鍵盤曲など他のジャンルでも、歌うような流麗な旋律が特徴です。一見してモーツァルトと区別がつかないぐらい似た作風を持っています(実際は、モーツァルトがクリスティアンを真似ているのですが)。

 カール・フィリップ・エマヌエルやヨハン・クリスティアンの音楽は、後にハイドンやモーツァルトに大きな影響を与えました。バロック時代から古典派のはざまにあたるこの時代、音楽史的には「前古典派」と呼ばれますが、バロックとも古典派とも違う、過渡期の荒削りながらユニークな音楽は、今聴いても充分な魅力を持っています。
 昨今では、モーツァルトしか聴かないモーツァルト・ファンなども多いと聞きますが、バッハの息子たちの曲で、モーツァルトの源流の一端にふれる、というのも貴重な体験ではないでしょうか。
 ちなみに、上で引用した『忘れられたバッハ』は、バッハ家に音痴の息子が誕生し、一族のもてあましものになる、というユーモア短篇です。これもなかなか面白いので、機会があったら、ご一読をお勧めしておきます。
この記事に対するコメント

kazuouさん>
「忘れられたバッハ」懐かしいです。
やはり日本人にはユーモア系はうけないんでしょうかね。
あのシリーズは
ハードカバー3冊が文庫本2冊に縮小されてしまい、絶版になってしまったんですから・・・
主題と関係ないことで失礼いたしました。
【2008/01/24 07:48】 URL | fontanka #- [ 編集]

ユーモア・スケッチ
浅倉久志編訳のユーモア・スケッチシリーズは、すごいいい企画でしたよね。
たしかハードカバーで3冊分、そのあともう一冊新編のアンソロジーが出たと記憶しています。
このシリーズを読んで思ったのは、同じユーモア小説でも、日本作家のものとは段違いにスマートだなあ、ということでした。非常にからっとしたセンスは、やっぱり日本人作家には真似できないところだと思います。
個人的には、スティーヴン・リーコックの作品なんかが好きでした。
バッハが好きなので、『忘れられたバッハ』はとくに印象に残ったんですよね。
【2008/01/24 20:38】 URL | kazuou #- [ 編集]


もう一冊はたしか「すべてはイブからはじまった」ですよね。
リーコックの「ABC物語」(数学にたとえて、A,BよりCは3倍も働いた云々)はとても好きな作品です。
浅倉久志が何かの本で自分はこれが気に入っていて自分で間違って2回翻訳してミステリマガジンに掲載してしまったといっていたと思います。

kazuouさんがリーコックがお好きとは、ウレシイです。
【2008/01/25 20:14】 URL | fontanka #- [ 編集]

浅倉久志
浅倉久志が同じ短篇を二回訳してしまったというのは有名(?)な話ですね。最近は「ミステリマガジン」にもめっきり載らなくなったけれど、浅倉久志のセレクションはとても楽しみにしていました。
最近「SFマガジン」のほうだと、たまに浅倉久志編訳のオールドSFシリーズが掲載されるので、これは楽しみにしているんですけどね。
【2008/01/26 09:28】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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