物語を変えろ!  マーク・フォースター監督『主人公は僕だった』
B000X4FHEM主人公は僕だった コレクターズ・エディション
マギー・ギレンホール エマ・トンプソン ウィル・フェレル
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2007-12-19

by G-Tools

 登場人物が作家に出会う…。メタフィクション的な小説では時折見られるこの手法。まさか実写映画化が可能だとは…。
 マーク・フォースター監督『主人公は僕だった』(2006年 アメリカ)は、奇想天外な設定ながら、人生の寓意を含んだ、良質な作品に仕上がっています。
 国税庁に勤めるハロルド・クリックは、面白みのない人間でした。計算が得意な彼は、何事も無駄なくこなす代わりに、仕事以外に何の趣味も持たずに、決まりきった日常を送っていたのです。
 そんなある日、ハロルドの耳に、聞き覚えのない女性の声が響きます。その声は、ハロルドの行動、そして心理さえも、的確な表現でナレーションしています。しかもその声は、周りの人間には聞こえず、ハロルド自身にしか聞こえないようなのです。
 相談を受けた文学部のヒルバート教授は、ナレーションの言い回しから、語り手は「全能の第三者」だと断定します。つまり「作家」がハロルドを主人公に、物語を語っているというのです。
 変わりばえのしない日常をただ描写していた「声」は、ある日ハロルドの死を予告します。どうせ死ぬなら好きなことをしてから死にたい、ハロルドはやりたかったことを始め、思いを寄せていた女性アナに告白します。
 人生が好転しだした直後、ハロルドはたまたまテレビに映った女性の声を聞いて驚きます。その声こそ、ナレーションの「声」だったのです。ヒルバート教授から「声」の主が女性作家カレン・アイフルであることを知ったハロルドは、また彼女の過去の作品は全て悲劇であり、主人公は必ず死んでいる、ということも知らされます。ハロルドは、彼女に会って、自分の運命を変えてもらおうと考えますが…。
 主人公の耳に、主人公を描写する作家の「声」が聞こえてしまう、という何とも人を食った設定の作品です。
 「声」はただナレーションをするだけであり、主人公に具体的な力を及ぼしたり、行動を妨げたりするわけではありません。
 しかし、主人公の仕事中にも「声」が聞こえて邪魔をしたり、思いを寄せている女性の前では、その恋心さえも「描写」されてしまうのには笑わされてしまいます。
 「声」が妄想ではなく、現実のものだと認識したハロルドは、文学研究者であるヒルバート教授に相談するのですが、この教授がしごく真面目に「物語」を特定しようとするのが面白いところ。これは悲劇なのか喜劇なのか? 全能の作家に主人公の運命は決められているのか? それとも登場人物のキャラクターがストーリーを進めるタイプなのか? 何もしなかったらどうなるのか試してみろ、という教授の助言に従って、家にこもっていたハロルドを襲うアクシデントも強烈。
 几帳面で数字にうるさい主人公の名前がクリックと、時計を連想させることからもわかるように、時計がモチーフとして、ところどころで用いられて、重要な小道具になっています。序盤で止まった時計の描写が、後半の伏線になっているというのも、非常に芸が細かいですね。
 自分の死期がわかってしまったときに、人は何をすればいいのか?という問題も重要なモチーフになっています。実際、死を意識することによって、主人公ハロルドの生き方は変わり、精神的な成長を遂げるのです。ただこの作品の場合、作者であるカレンによって、運命は変えられる可能性が残っているので、あまり切迫感はありません。
 その代わりに、クライマックスでクローズアップされるのは「主人公の死によって作品が傑作になるときに、主人公を生かすべきなのか?」という問題です。過去の小説の登場人物には、ためらいなく死を下してきたカレンも、自分の死の運命を知ってしまった主人公に対して、本当に死を下せるのか、悩みぬくのです。そして結末の下書きを読んだハロルドのとった決断とは…?
 自分の人生は、本当に自分の意志で生きているのか? 運命は変えられないのだろうか? なかなか考えさせるテーマを含んだ作品といえるでしょう。
 俳優陣による丁寧な演技はもちろんですが、何より、よく練られた脚本が素晴らしい。笑いの要素もほど良く挟まれた、ハートウォーミングな佳作です。
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主人公は僕だった

 「私はお菓子の力で世界をより良くすればよいと思った」  単調で規則正しい毎日を送る平凡な男ハロルド・クリック(ウィル・フェレル)は、ある朝、自分の生活を文学的に描写する女性の声が聞こえるようになった。その声は、自分の行うことを的確に予測していて気味が... 本ナビ!by Tamecom,・フォースター監督『主人公は僕だった【2008/01/12 19:40】

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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