シニカルな視線  レイ・ラッセル『血の伯爵夫人』
血の伯爵夫人
血の伯爵夫人―モダン・ゴシックの真髄
レイ ラッセル 猪俣 美江子
朝日ソノラマ 1986-04

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 近年復刊された〈異色作家短編集〉にも収録されているアメリカの作家レイ・ラッセル。かって「プレイボーイ」誌の編集長をつとめたというだけあって、その作風は非常に多彩かつ技巧的です。ただ、アクの強い他の異色作家と比べてしまうと、インパクトに欠ける印象があるのは否めません。
 実際、〈異色作家短編集〉『嘲笑う男』の収録作品を読んでみても、ゴシックホラー『サルドニクス』以外は、どうもパッとしない感じです。
 しかし、邦訳されているもう一冊の短編集『血の伯爵夫人』(猪俣美江子訳 ソノラマ文庫)を読んでみると、「意外」といっては失礼ですが、なかなか味わいのある作品が並んでいました。それでは以下、収録作品について解説します。

 『彗星の美酒』 音楽に一家言ある「わたし」が手に入れたある古い書簡。それは19世紀末、イギリス人スタントン卿が、ロシアに滞在した折りに書かれたものでした。そこに登場する天才作曲家、チョロデンコに興味を抱いた「わたし」は、チョロデンコについて調べようと、方々に手をつくしますが、彼についての資料はおろか、彼が存在した証拠さえもが見つからないのです…。
 実在の作曲家が多く登場して、リアリティを高めています。ロシア音楽についての蘊蓄がたっぷりつめこまれた、知識人のラッセルらしい作品。芸術的な才能を手に入れるために、悪魔に魂を売った青年の末路とは…? テーマはオーソドックスながら、その処理の仕方がユニークです。後半、青年の末路を、オペラの台本の形で暗示するシーンは非常に技巧的。

 『ビザンチン宮殿の夜』 映画業界の大立者フリーモンドは、かって目をかけてやったにもかかわらず、自分を馬鹿にしている連中に復讐をしようと、彼らを自宅に招待します。密かに盗聴器を仕掛けたフリーモンドは、食事の席でその内容を聞かせてやろうと考えますが、そこに録音されていたのは、思いもかけない内容でした…。
 復讐に燃える傲慢な男が遭遇した、思いもかけない出来事とは…。O・ヘンリー風の哀感に満ちた展開が、最後の最後で皮肉なオチになってしまうのは、ラッセルならではでしょうか。

 『仮面の暗殺者』 南米の大統領の死を取材するために、現地を訪れた記者ストロー。大統領の死は暗殺ではないかと考えた彼は、もと女優の大統領夫人を怪しみ調査を始めますが…。
 これは意外にも「政治スリラー」でしょうか。調査が進むにしたがって明らかになる、複雑な人間関係が読みどころです。二転三転するクライマックスには驚かされます。

 『悦楽の分け前』 女性に全く相手にされず、自分の容姿にコンプレックスを抱いていた青年ソニー・グレイは、ある余興の席で行われた催眠術に興味を引かれます。素人でもすぐにマスターできると言われたソニーは、その催眠術を使って女性に迫ろうと考えます。目論みは成功しますが、たまたま女性の身辺を調べていた私立探偵に事実をつかまれてしまいます…。
 催眠術を使って女性をものにしようとする青年を描いた、願望充足的な話。なのですが、主人公の青年が、繊細で同情をさそうような人物に描かれているのがミソ。私立探偵に尻尾をつかまれた彼が気の毒になってしまうのです。結末はいささか安易なものの、題材から連想されるのとは、ちょっと違った読後感が面白いところです。

 『血の伯爵夫人』 若くして結婚したエリザベスは、最愛の夫が戦に出かけた後、その愛情を持てあましていました。そこに現れたジプシー女性ドロティアはエリザベスに快楽の味わい方を教え、またたくまに彼女の心をつかんでしまいます。やがて帰って来た夫は…。
 16世紀ハンガリーに実在した貴族、エリザベート・バートリを扱ったゴシック作品です。彼女は、つぎつぎと若い女性を殺し、吸血鬼伝説のモデルともなった女性ですが、この作品では、汚れを知らない無垢な女性として描かれます。残虐な行為に手を染めながらも、それはすべて周りの人間の言われるがままにされたことであって、彼女自身は最後まで純粋だった…とする解釈はなかなか面白いですね。

 収録作品中では、やはり『血の伯爵夫人』がいちばんの力作といえるのですが、他の作品もなかなかに捨てがたい味があります。どの作品も技巧が凝らされていますが、その表面的な部分よりも、登場人物の情緒や哀感を描く部分の方に、この作家の本領があるような気がします。この作家、もっとストレートな人情ものやラブストーリーを書いたら、かなりのものになったのではないでしょうか。
 ただ、ラッセルはいくら人情もの的な展開になったとしても、必ず最後に皮肉なオチをもってきてしまいます。場合によっては、素直に「いい話」で終わらせた方が効果的な場合でも、シニカルな終わり方をさせてしまうのは、この作家の性格なのでしょうか。
この記事に対するコメント
この本は・・・
この本ブックオフの100円の棚に置いてあったので即買いしてしまったのですが、表紙からの印象で読んでない本の一つだったんですよね。意外とおもしろそう。今度読んでみます。ちなみに「嘲笑う男」は軽く読めて結構よかったんですよね。
【2008/01/14 20:50】 URL | ベネルクス #xWQIkCZA [ 編集]

いいなあ
この本、けっこう昔から探しているんですが、なかなか縁がないですねぇ。ネット古書店ならなんとかなるのですが、それなりに値段がついてますし。ベネルクスさんのようにたまたま入った店で100円でゲットするのが理想です(笑)。
個人的には、『インキュバス』というホラーでありながらバカミスという一冊でファンになっているので、あの手の作品をもっと読んでみたいですね。
【2008/01/14 21:21】 URL | sugata #- [ 編集]

>ベネルクスさん
この本に限らず〈ソノラマ海外シリーズ〉って、どれもカバー画の趣味が安っぽいんですよ。でもラインナップは、ものすごく貴重なものが多くて、今になって僕も探してます。
『嘲笑う男』もそれなりに面白かったんですが、収録作品があまりに小粒すぎた印象がありますね。『血の伯爵夫人』はその点、一編一編が少し長めということもあって、読みごたえがありました。
個人的にお気に入りなのは『彗星の美酒』でしょうか。ラッセルの才気が存分に発揮された、という感のある作品でした。
【2008/01/14 21:43】 URL | kazuou #- [ 編集]

>sugataさん
いやあ〈ソノラマ海外シリーズ〉って本当に見かけないですよ。同じく絶版のサンリオSF文庫は、値段はともかく、わりとよく見かけるんですが、ソノラマの方は、もの自体全然見かけないですもんね。
この本もちょっと高めの値付だったんですが、まあ常識の範囲内でしたので、よしということで(笑)。

『インキュバス』は僕も面白かったです。単純な怪物ホラーかと思ってたら、あのドンデン返しには驚かされました。ラッセルの未訳作品がどの程度あるのかは知らないのですが、あんな作品がまだあるなら読んでみたいですね。
【2008/01/14 21:52】 URL | kazuou #- [ 編集]

インキュバス
「インキュバス」、読んだことがあります。
「ホラーでありながらバガミス」という、sugataさんのコメントは言いえて妙ですね。
著者は、なにがなんでもドンデン返しをしなければ気がすまないひとなのかも。

「嘲笑う男」は買いましたよ。
邦訳された2冊のうち1冊を読んだんだからと、自分にいいきかせて。
まだ未読なんですが、「サルドニクス」はチェックしたいと思います。

〈ソノラマ海外シリーズ〉って、噂ばかりで、実物をみたことがないです。
ブックオフの100円の棚、気をつけてみなければなりませんね。
【2008/01/15 00:05】 URL | タナカ #- [ 編集]

>タナカさん
『インキュバス』もそうでしたが、ラッセルはどうも「ひねり」たくてしょうがない、という感じですね。実際の人物も、かなりひねくれた人だったんじゃないかなあ、という気がします。
『嘲笑う男』は、気の利いたショート・ショート集、といった感じの軽めの作品集なんですけど『サルドニクス』は、かなりの力作だと思います。この作品を読むためだけに買っても損はないと思いますよ。

〈ソノラマ海外シリーズ〉は、古本屋でも全然見かけませんね。あったとしても、だいたい3000~5000円ぐらいの値がついてます。シリーズ全冊揃えるのは夢のまた夢…。
【2008/01/15 21:18】 URL | kazuou #- [ 編集]


ソノラマ文庫は図書館にもなかなかなくて、大体きちんとした一覧を自分がチェックしていないせいもあるのですが、読んでいるものが少ないです。
「血の伯爵夫人」この表紙には見覚えがないので、読んでいないと思いますね。
すきなのは「冷凍の美少女」でしたが、これは「びんの中の手紙」で読めるようになったのでラッキーでした。
【2008/01/18 17:43】 URL | fontanka #- [ 編集]

>fontankaさん
ソノラマは図書館にも全然ないですね。あったとしても、盗まれちゃいそうな気がしますが。
カーシュとかデイヴィッドスン、スタージョンは、新たに短篇集が出て、ある程度読めるようになっていますが、まだまだ、このシリーズでしか読めない作品はいっぱいあるんですよね。手持ちで未読のものもまだいくらかあるので、そのうち紹介したいと思ってます。
【2008/01/18 19:41】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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