幻想百科事典  キアラン・カーソン『琥珀捕り』
4488016383琥珀捕り (海外文学セレクション)
キアラン カーソン Ciaran Carson 栩木 伸明
東京創元社 2004-02

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 「百科事典」のような物語があります。ごく短い物語に「図書館」を再現したボルヘスの作品、または、どこからでも読める辞書を模した物語、ミロラド・パヴィチの『ハザール事典』。これらは「世界」をひとつの「物語」に封じこめてしまいたい、永遠に終わらない「物語」を作りたい、という願望のあらわれなのかもしれません。
 アイルランドの作家、キアラン・カーソンの『琥珀捕り』(栩木伸明訳 東京創元社)もまた、そんな「百科事典」小説の系譜に連なる作品です。
 短いエピソードでつながれた、連作短篇と呼べる作品ですが、それぞれの物語には、それほど緊密な結びつきはありません。それゆえ、各エピソードが羅列されたような印象を強く受けるようになっています。ただ、作者もまた故意に、そのような構成を選んでいるような感もあります。
 具体的には、語り手の「わたし」が語る、いろいろな物や人に関わるエピソードのあいまに、語り手の父親が語る「冒険王ジャック」の物語がはさまれる構成になっています。
 「冒険王ジャック」の物語は、どれも奇想天外な「ほら話」になっているのに対して、「わたし」が語るのは、主にペダンティックな知識や教養です。とくに繰り返されるのが17世紀のオランダや、オランダ絵画や画家に関するエピソード。日本でも人気のあるフェルメールを始めとしたオランダ絵画の部分は、この分野に興味のある方なら楽しめるでしょう。
 あとがきでも触れられていますが、「わたし」の語るパートは、本当に百科事典の一項目のよう。まるで、偶然に開いた百科事典の一ページを拾い読みするような魅力にあふれています。
 数えきれないほど様々なエピソードが登場しますが、個人的にいちばん印象を受けたのは、絵を描く「人魚」のエピソード。洪水の際に人間に助けられた人魚が、人に慣れるにしたがって絵を描くようになります。その評判が広まり「人魚」は有名になりますが、世話をしていた婦人がなくなると同時に火事になり、絵は全て失われてしまう…という話。絵につけられたタイトルが、全て海に関連するものであるところが、非常に洒落ています。
 作品全体にあふれる、饒舌なほどのエピソードや知識、これらが、この作品の第一の魅力なのですが、逆に言うと、そうしたものに興味を感じられない読者、もしくは統一のとれた物語構成をもとめる読者には、楽しみにくい作品であるとも言えそうです。ただ、「拾い読み」を許容する百科事典のように、つまらないところはどんどん飛ばして、自分の興味のある部分だけを「拾い読み」する。そんな楽しみ方も許してくれるような、ふところの大きい物語なので、いちど挑戦してみてはいかがでしょうか。
この記事に対するコメント

タイトルである『琥珀捕り』(Fishing for Amber)がなんとも洒落ていますよね。
琥珀=地球のタイムカプセルを釣る。
物語の万華鏡というか、kazouさんが仰るとおり統一性がないので”いっきに読む”という
本ではないけれど、寝る前に一つあるいは数話ずつ読むと楽しい夢が見れそうです。
自分に知識が増えたあと、また読むと更に楽しめそうな本ではないかと思いました。
【2007/12/31 17:25】 URL | shen #SgmGMb7Y [ 編集]

>shenさん
これはもうすでに「古典」の風格のある作品ですね。
正直、自分の知識が足らなくて読めていない、という部分も含めて、読み返すたびに新たな発見があるような作品だと思います。
「拾い読み」がこれほど似合う作品というのも珍しいのではないでしょうか。「漫然と」読んでもいいというか、むしろ「漫然と」読むべきであるような、不思議な味わいの作品でした。
【2007/12/31 20:31】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
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