勘違いの悲劇  アンブローズ・ビアス『修道士と絞刑人の娘』
B000J892O8修道士と絞刑人の娘 (1980年)
倉本 護
創土社 1980-04

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 アンブローズ・ビアスは、皮肉屋で知られたアメリカの作家です。毒舌に満ちた彼の作品のなかで、1892年発表の『修道士と絞刑人の娘』(倉本護訳 創土社)は、彼に似合わぬ純愛ロマン作品。というのも、この作品、かなり複雑な成立過程を持っているのです。
 ドイツの作家リヒャルト・フォスが、古い伝説に基づいて書いた『ベルヒテスガーデンの修道士』という作品がまずあり、それを、アメリカの作家アドルフ・ド・カストロが翻訳しました。さらに、カストロがビアスに翻訳に手を入れてほしいという依頼で、ビアスが書き直したものが、この作品です。つまりは、ドイツ作品の「翻案」といっていいのでしょうか。
 この辺りの成立過程は、かってわが国の芥川龍之介が行ったものと似ていますね。実際、芥川はビアスに影響を受けていたそうですし、なかなか縁浅からぬものを感じさせます。
 さて、物語のほうはかなりシンプルです。中世ドイツ、ベルヒテスガーデンにやってきた修道士アンブロシウスは、絞首人の娘ベネディクタに思いを寄せるようになります。しかし、絞首人の一族ということで、ベネディクタは、村人から差別を受けていました。彼女に関わったことで、アンブロシウスは山にこもらされることになります。
 そこで、父親を亡くしたベネディクタと再会したアンブロシウスは、ふたたび彼女に惹かれ、修道士としての義務と世俗の愛との葛藤に苦しみます。そんな折り、アンブロシウスは、村の有力者の息子ローカスがやってくることを知ります。ローカスがベネディクタを情婦にしようとしていると思い込んだアンブロシウスは、悩みますが…。
 純朴な青年が愛のために破滅するという、あまりといえばあまりに古風でストレートなストーリーです。ただ注目したいのは、全編がアンブロシウスの主観で進んでいるというところ。ベネディクタはローカスを愛している、ローカスは悪党である、と、アンブロシウスは思いこんでいるのですが、これらに対する客観的な証拠はないのです。
 さらに注目すべきは、最終章。この部分は原作に対して、ビアスが付け加えたとされているのですが、ここで、ローカスがベネディクタの異母兄であることが明かされます。これによって、物語はさらに悲劇性を増すように仕組まれています。
 社会に翻弄され引き裂かれる恋人、という単純な純愛物語が、ビアスの筆が入ることによって、深みを増しているわけです。一見、単なる純愛物語ではありますが、その効果においては、やはりビアスの作品だといっていいのではないでしょうか。
 この作品、正直に言って、ビアスの作品を全然読んだことのない方が読んでも、あまり面白くないと思います。「あのビアス」がこんな作品を…、と「構えて」読んだ方が、作品の面白みを味わえるのではないでしょうか。
この記事に対するコメント
最終章
じつは、ビアスを読むのは、ほとんどはじめてだったのですが、この作品の最終章を読んで、ひどいやつだなあと思いました。
最終章のおかげで、作品が立ち上がっているのは事実なんですが。
作品自体は、なんてことない細部が面白かったです。
ケーキを焼くところとか。
雄大な風景描写とか。
ビアスはなんだか気になるので、いずれ集中的に読んでみたいと思っています。
【2007/12/21 00:20】 URL | タナカ #- [ 編集]

>タナカさん
正直、作品の本筋自体は、素朴きわまりなくて、ちょっと退屈気味なので、読みどころは、やっぱりビアスの筆が加わっているところなんでしょうね。

もともとビアスは「皮肉屋」「つむじまがり」な作家だという認識なので、翻案とはいえ、こんな作品に手を染めている、ということ自体が驚きでした。
ビアスの本領はやっぱり短篇にあると思います。『生のさなかにも』とか『ビアス怪異譚』などの短編集は、今読んでも新鮮ですよ。
【2007/12/22 22:38】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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