幻視のミステリ  レオ・ペルッツ『最後の審判の巨匠』
4794927452最後の審判の巨匠 (晶文社ミステリ)
レオ ペルッツ Leo Perutz 垂野 創一郎
晶文社 2005-03

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 本邦では、幻想的な歴史小説『第三の魔弾』で知られるレオ・ペルッツ。彼のミステリ作品『最後の審判の巨匠』(垂野創一郎訳 晶文社)もまた、不思議な味わいを持った作品です。
 20世紀初頭のウィーンが舞台。かっての名優ビショーフが、取引先銀行の倒産で窮状にあることを、周りの人間は本人に隠していました。俳優としても落ち目になっていたビショーフがその事実を知れば、自殺しかねないことを知っていたからです。ビショーフの妻ディナに、かって恋心を抱いていたヨッシュ男爵は、自分でも無意識に、ビショーフに自殺を示唆するような言動を繰り返します。
 そんな中、客の一人、ゴルスキ博士のすすめで、ビショーフは「リチャード三世」の役を披露することになりますが、役作りのために、あずまやにこもったビショーフは拳銃自殺を遂げてしまいます。ヨッシュに対して反感を抱いていた、ディナの弟フェリックスは、ヨッシュを弾劾しますが、エンジニアのゾルグループは、拳銃が二発発射された事実から、これは別の犯人による犯行だと主張します…。
 この作品「ミステリ」として読むか、そうでないかで、評価がだいぶ分かれる作品だと思います。ミステリとして読むには、かなり無理がある作品なのです。前半は、論理的に殺人や真犯人の証拠を求めていくのですが、後半になると、もううやむや。何しろ「密室」が何の意味も持っていないのです。そもそも、謎の提出の仕方自体も、非常に下手というか、読者に対する吸引力が感じられません。
 ただ、ミステリとして読まなければ、もつれた人間関係の心理ドラマとして、なかなかのものです。かっての恋人の屋敷に通い続けるヨッシュ男爵の執着、ビショーフが破産したことに対する無意識の喜び、自分でもおさえきれず、言動のはしばしに見え隠れする妬み。その気持ちを見越したフェリックスの反感。このあたりの心理的なサスペンスは息詰まるようで、じつに迫力があります。
 ひとつ難を言うなら、ディナの心理にあまり触れられないところでしょうか。作品の中心にディナとヨッシュの関係が置かれているにもかかわらず、ディナ側に関する限り、ほとんど触れられないのです。この二人の関係をもっと深く掘り下げていけば、もっと上質の心理ドラマが生まれたろうと思うのですが、殺人が起きてから、ディナはほとんど登場場面がないのです。
 へたに本格ミステリ的な要素を導入しないで、心理サスペンスとして持っていった方が、完成度は上がったのではないか、というのは、個人的な考えです。
 この作家ならではの、幻想的な雰囲気は素晴らしいものですので、「ミステリ」というよりは「幻想小説」として読んだ方が楽しめる作品でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
舞台が魅力
ハンガリー=オーストリア二重帝国の首都”20世紀初頭のウィーンが舞台”という点にちょっと魅かれますね。今非常に興味のあるポイントの一つです。時代の雰囲気もよく出ているに違いありません。
題名もなかなか思わせぶり。ご紹介のストーリーとどうからんでくるのでしょう。
ヨッシュ男爵、過失の(無意識の)自殺の教唆は当時のウィーンでも不可罰だったでしょうけれど、基本的には密室殺人なんですね。意味のない密室とは、純粋密室で深い…?
【2007/11/26 21:43】 URL | 迷跡 #- [ 編集]


まあ同時代の作家ですから、雰囲気は間違いないでしょう。それ以上に、このペルッツという作家、語り口自体に、すでに幻想的な感じがします。

「意味のない密室」は、べつに哲学的なものとかではなくて、ただ単に、作者が密室の処理を忘れているだけだと思います。
【2007/11/27 19:40】 URL | kazuou #- [ 編集]


本篇も面白いですが、晶文社らしい美しい造本と垂野先生のあとがきも素晴らしい。
真犯人を探して駆けずり回るのは男性陣のみでディナは置いてけぼりですがラストに良いシーンがあってしんみりします。「スウェーデンの騎士」を買ってこれから読みます。
【2015/07/03 20:52】 URL | 奈良の亀母 #- [ 編集]


ほとんど「アンチミステリ」なので、幻想小説として読んだ方が楽しめる作品ですよね。
ペルッツのダークな面が強く出た作品だと思います。
【2015/07/03 21:24】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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