振りまわされて  ボアロー、ナルスジャック『すりかわった女』
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 あなたは目覚めると病院にいます。しかし呼びかけられた名前は自分の名ではない。一体何が起こったのか? こんな魅力的なシチュエーションの物語。今回はボアロー、ナルスジャック『すりかわった女』(荒川浩充訳 ハヤカワ・ミステリ)です。ボアロー、ナルスジャックは、映画化もされた「悪魔のような女」で知られる、フランスのコンビ作家。悪夢のような心理的サスペンスを得意としています。
 主人公マリレーヌは、幼いころ両親を失い、伯父の富豪ビクトール・ルウーのもとで、いとこのシモーヌとともに育てられます。成長したマリレーヌは、伯父の会社の社員であったフィリップ・オセールと結婚しています。ルウーの病気の療養のため、マリレーヌは夫フィリップとシモーヌとともに飛行機でバカンスに出かけますが、突如飛行機が墜落してしまいます。シモーヌは死に、マリレーヌも重傷を負います。しかし目覚めたマリレーヌに対し、なんとビクトール・ルウーは、シモーヌと呼びかけるのです!

 老人の傷ついた思考では、疑問の起こる余地はまったくないのだった。二人のうち一人が生きていたら、彼の関心の的であるたった一人の娘シモーヌ以外であるはずがない。

 錯乱状態であり、余命も少ないと思われるルウーを見て、野心家のフィリップはあることを考えます。

 死んだのがシモーヌだったら、老人が死んだ場合、その財産は法律上姉のオルガと姪のマリレーヌの間で分けることになる。しかも税金がからんでくるから、手にはいる金はばかばかしいほどわずかだろう。ところが、生きているのが“娘”のシモーヌだったら、全財産が手にはいる。それならば、マリレーヌはシモーヌになればいい…

 意志の弱いマリレーヌはフィリップに促されるままに、シモーヌを演じ続けます。ルウー親娘が住むパリには彼女を見分けられる知り合いはいない…、そう考えた彼らはルウーの正気が戻らないことを祈りつつ、不安な日々を過ごします。ところが、ある日、身分証明書を作るためにシモーヌの抄本を取り寄せたマリレーヌは、思いがけない事実を知ります。シモーヌは父親に内緒で結婚していたのです。やがてその男ローラン・ジェルバンがマリレーヌに近づいてくるのです…。
 事故で死んだ遺産相続人になりかわる、というのはサスペンスにおいては、わりとよくある設定ではあるのですが、この作品は丁寧な心理描写と巧みなプロットで読ませます。
 このすりかわった女マリレーヌが、気が弱く優柔不断だというところがミソです。犯行も、夫である野心家のフィリップが勝手にお膳立てしてしまい、彼女は唯々諾々と従うだけです。そして後には、シモーヌの夫であったローラン、この男もなかなかしたたかな人物なのですが、そのローランにも一方的に主導権を握られてしまいます。
 本人はただの善良な女なのに、二人の悪党の間で葛藤に苦しむ様が読みどころです。常に受動的なマリレーヌが周りの男たちに振りまわされてゆく過程が説得力をもって描かれています。そしてマリレーヌは、唯一の理解者であるはずのオルガ伯母にも真実を告げられず、冷たくあしらわれてしまいます。そしてそれがまた結末の伏線にもなっています。
 複雑な人間関係と心理が生み出す、必然的な結末。非常によく練られたサスペンスの佳作です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

はじめましてこんばんはv-433
気が弱く、流されてしまう主人公というのはいいですね。いつバレるのかヒヤヒヤv-399しながら読めそうで興味が沸きます。
流され系でいうと、古畑任三郎シリーズの「間違えられた男」なんかおもしろかったな。
また拝見しにきますので、いろいろ紹介してくださいねv-422
【2006/02/25 20:04】 URL | 加納ソルト #- [ 編集]


加納ソルトさん、はじめまして。
そうですね、気の弱い人間というのは、現実では消極的だと思われがちですが、物語においてはストーリーを展開させるファクターとして、けっこうよく使われるようです。日本人の感性からしても優柔不断というのは、共感を呼びそうですしね。
フランスもののサスペンスというのは、けっこうこの手のものが多いんですよね。いわゆる「巻き込まれ型」というのかな、主人公は積極的な手を打てないうちに、事態が進んでしまうというやつです。
それでは、これからもよろしく。
【2006/02/25 21:09】 URL | kazuou #- [ 編集]


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怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
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